第6話 実質無期延長

 頭にボールをぶつけられた翌日。

 起きたらボールと入れ替わったなんて事もなく、まだ少し痛むがたんこぶもだいぶ引っ込んだ。


 朝、いつもの時間に教室着いた俺は落ち着かなかった。

 まるでクリスマス前日の子供のような気分だ。もしかしたらラブレターを下駄箱にいれた女子はこんな気持ちなのかもしれない。

 来て欲しいけど、まだ覚悟ができてないから来て欲しくない、そんな心境だ。


 言っておくがそういうことは期待していない。なんて誰に言っているか分からない言い訳をしていると白守さんが教室へ入ってきた。

 俺を見つけるなり、少し早足で移動して隣の席へ腰を掛ける。


「おはよう。寺川君」

「おお、お、おはよう」


 ファストフードのCMなら「しゃべったあああああぁぁぁぁ!!」と騒ぎ出しそうなくらい白守さんの表情が輝く。

 あまりのテンションの上がり方なので身構えてしまう。


「あ、昨日はありがとう。保健室まで運んでくれたんだってな」

「うん。大変だったよ」

「よく1人で運べたな」

「それは──夢中で、ね」


 少し歯切れが悪いな。力が強いことって思われるのは嫌だったのか? 火事場の馬鹿力的なものならそんな恥ずかしがるようなことではないだろうに。

 今どき『女の子らしく~』なんて言うやつなんて時代錯誤が過ぎる。


「というわけで5分は経ったな今日の分おしまい」

「え~! 延長できないの?」

「俺はカラオケじゃないんだぞ」

「いくら?」


 そう言いながら白守さんは財布──和柄のがま口を取り出してきた。

 白守さんがセリフがセリフなので周りからはまたもや俺を疑う視線が向けられる。


「わ、分かったから。財布しまって、な?」

「いいの? やった」

「はぁ……。こんなことならあんなこと書かなきゃよかった」


 頭を抱えながら机に倒れこむ。口から体中の空気が抜けるかのように息を吐く。


 『今日は本当にありがとう。そして今までごめん。1日5分くらいなら、話してもいい』


 昨日書いた内容を思い出して鈍い音を立てて机に頭をぶつける。

 『でもこれ以上迷惑かけたくないから関わらいでくれ』って書けばよかった。くそ~、何やってんだよ昨日の俺!


 そんなことを思っても昨日の俺は俺自身なわけで……。はぁ……。


「なんでそんなこと言うの? 私は嬉しかったよ」

「俺は自分の軽率さが恨めしいよ」


 そんなやり取りをしているうちにチャイムが鳴る。

 少しして担任が入ってきて出席を取る。


「そうだ寺川、頭大丈夫か?」

「それは誤解を生むのでやめてもらえませんか?」

「冗談だ冗談。元気そうで良かった」


 クラスメイトがドッと笑う。思わず暖かなため息が出る。

 ってか保健室の先生、言いふらしやがったな。この様子だと白守さんが俺を運んだことは言ってないの、かな?

 そうだとしたら俺と白守さんへの配慮の差がえぐくないか?


 ***


 昼休み、珍しく俺の後ろからなかなか離れない白守さんを引き連れ、いつもの場所になりつつある部室棟屋上前の踊り場へ。

 いつもの場所に腰を掛けると少し落ち着きのない様子の白守さんは俺の横へ座る。


 その様子に気付かないふりをしつつ心の中に疑問符を浮かべた。


「いただきます」


 学校では初めてだろうか。そう挨拶してお弁当の中身をつつく。

 白守さんはツチノコでも見つけたような顔をしてこちらを見つめていた。

 ──悔しいが、可愛い。


 いけないいけない。

 内心で頭を全力で振る。なんてことを思ってるんだ俺は。


「いただきます」


 白守さんも手を合わせて自分のお弁当に手を付け始める。

 今日は流石に腕を絡めながら、というのはなさそうだ。良かった。

 あれ、俺も食べ辛かったんだよな……。


「寺川君」

「なんだ?」

「ん~、呼んでみただけ」

「あのなぁ……」


 なんかどっかで見たことあるようなやり取りをされて思わず引いてしまう。

 そんなに口をきいてらえるのが嬉しいのだろうか。俺だぞ。別に誰でもいいような気がするが。

 こころなしか白守さんの食べる速度が速い。


 なんとなく対抗するようにお弁当の中身をかきこんでしまう。


「げほっげほっ!」


 米をのどに詰まらせてせき込んでしまう。

 胸を叩きながら適当に買った缶ジュースで流し戻した。


「もう、落ち着いて食べて」

「ごめん。少し急ぎ過ぎた」


 息を整えている間、白守さんが優しく背中をさすってくれた──


「って吐かないから!」

「おー、ツッコんでくれるんだ」


 せき込んだせいもあってぜぇぜぇいってしまう。。

 それをニコニコしながら見守る白守さん。そして何事もなかったようにお弁当に戻る。


「「ごちそうさま」」


 ほぼ同時に食べ終わり、合わせて挨拶をする。

 辺りまではあるが5時限目までまだ時間がある。どうしたものかと話題を探していると。


「ん?」


 急に白守さんが立ち上がる。トイレにでも行くのだろうかと、その様子を見ていると俺の後ろに移動した。

 俺の頭に何かついているのだろうかと疑問符を浮かべていると。


「えい!」

「お! え? なんだよ」


 白守さんが背後から抱きしめてくる。俺の首筋に白守さんの息がかかってこそばゆい。

 唐突のことで混乱して考えがまとまらない。

 とりあえず振りほどこうとするが白守さんの腕はなかなか解けない。


「ちょっと待ってって。誰か来たらどうするんだよ!」

「誰も来ないからこうしてるの!」


 ささやくような声で白守さんの腕にさらに力が入る。こうなるとどんなに動き回っても拘束という名の抱擁から逃れられない。

 というかさっきから背中に当たる感触が体にさわる。2つの意味で。

 無理矢理認識しないようにもがくがそろそろ限界に達しそうだ。


 ちょうどいいタイミングで5時限目の予鈴が鳴る。

 一瞬の隙をついて拘束から逃れた。


「あ」


 寂しそうな白守さんの声を背にして恐怖かそれ以外の感情か分からないものが俺の心臓をいつもの倍くらい脈動させる。

 混乱で手元が狂いそうになりながらも片付けをし、教室へと向かった。


「そ、そのな、そういうのは好きな人にするもんだ。勘違いするから、な?」


 去り際、自分でも何を言ってるのか分からないことを口走り。

 白守さんを置いていく。


 ***


 放課後。気持ちは少し落ち着いたものの多少の混乱が頭の中で渦を巻いている。

 それを吐き出そうと大きく息を吐く。


 カバンを持って立ち上がると白守さんが俺を待っているようにこちらを見ていた。

 他の生徒もいるのに白守さんの目を細めた笑顔しか目に入らない。

 『学校1の可愛さ』と言われても納得がいく。だからこそ──


「『話す』とは言ったけど『一緒に帰る』とは言ってないからな」

「もういいじゃん! 帰ろ?」

「可愛く言っても無駄だ。また変な噂が立つ」

「私は別に気にしないのに~」

「俺が気にするの。目立ちたくないんだよ、こっちは」

「もう手遅れじゃないかな?」

「……」


 確かに、と思った自分に腹が立った。

 白守さんのせいで計画が狂って迷惑だと思う自分がいる反面、白守さんとなら楽しい学校生活になるかもしれないと期待する俺もいる。

 どれが自分の本心なのか、今は分からない。


 でも学校生活を平穏に過ごしたい気持ちは変わらないはずだ。

 だから、だから──


「逃げるんだよォーー! ス〇ーキーーー!!」

「誰ぇ?」


 俺のセリフに呆気を取られる白守さん。これで振り切れるなら俺もこの高校生活苦労しない。

 当たり前のように白守さんが追いかけてくる。後ろを振り向かなくても分かる。


「は、話してるんだからこれくらい我慢してよ!」

「やだ! 一緒に帰ろう! 週7でいいから!」

「週7はおかしいだろおおおおおぉぉぉぉ!」


 土日休みなんだからせめて週5だろ。いや、こういう交渉を持ち出すなら週1からだろ! それか曜日で決めたりするもんだろうが!

 必死に逃げてるせいで勢いが殺しきれずに2人組の女子の間を割り込むように走り抜ける。


「ちょっと!」

「ご、ごめん!」


 強くぶつかってしまったので驚きと怒りの声が聞こえたので振り返って謝る。

 ちょうどその時、白守さんが2人の間に出来た隙間を縫おうとしていた。しかし、俺はその後ろに白守さんより早く走る男子が目に入った。

 後ろから追いかけてくる他の男子の方を見ている。つまりよそ見をしている状態だ。このままだとまずいかもしれない。


「あ──」


 危ない、そう言おうとするがもう間に合わない。

 女子の間に入った白守さんは走ってくる男子を避けることはできない。白守さんより速度が出ている男子は止まることもできないわけで──


「ぶない!」


 言葉を出し切った頃には男子は白守さんと衝突し、白守さんはぶつかった勢いで四つん這いになるような形で床に倒れこむ。

 慌てて白守さんの方へきびすを返す。


「ご、ごめん」

「触らないで──ください。白守さん、男性が苦手なので」


 よそ見をする男子──の先輩への怒りと自分が逃げなければこうならなかった、という罪悪感で渦巻く心を抑えながらそう言う。

 この事態に野次馬が寄ってくる。

 とりあえず白守さんを安全な場所──保健室へ運ばなければ。


「白守さん、俺につかまれる?」


 とりあえず手を出してそう言ってみるが白守さんは小刻みに震えながら小さく首を横に振る。

 次に白守さんを背にする形でしゃがむ。


「これならどう?」


 返事は聞こえないが縋りつくように小さく震える身体が俺の背中に乗る感覚がした。

 首に手が回ったのを確認してゆっくりと立ち上がる。

 そして周りの人が開けてくれた道を一礼して通り抜けて保健室へと向かった。

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