第4話 助け絡まれ疑われ
クラス委員に任命されるという俺の高校生活を脅かす大事件が起こった次の日。
春にしては少々暑く俺は珍しく学ランを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくっている。
いつものように腕を枕にするのではなく、机に火照った頬と腕を当てるような感じで放り投げる。
「寺川君おはよう。今日は暑いね」
たった今、登校した白守さんが机に荷物を置いてセーラー服の裾をバタバタし始める。
ちょうど白守さんの方を向く形で頬を当てていたので捲れたセーラー服から綺麗な肌が──
頭が目に入ったものを理解する前に咄嗟に逆側を向く。
「寺川君。また変な──あ、ごめんね」
どうやら自分の失態に気付いたようでしりすぼみになりながら謝ってくる。
返事みたいに息を吐く。
「その腕──」
ボソリと白守さんがそう呟くのが聞こえた。
腕? と思いつつ目の前にある腕を見る。
多分、白守さんは俺の古傷のことを言ったのだろう。白い跡が5㎝強走っている。
これは確か──
「やっぱり……」
暖かさに溢れた声が俺の鼓膜を震わす。
逆側を向いてる俺にはその
***
その日の昼休み。
逃げるように教室から出て昨日の部室棟の屋上前のスペースを陣取り、お弁当を広げる。
少しすると階段を上がる足音が聞こえてきた。
覗くように白守さんが顔をひょっこりと出す。
某お笑い芸人か、とツッコミを入れたくなったがそれを押し殺して弁当箱を突く。
当たり前のように白守さんがこちらへやってくる。
昨日、散々考えた。もう答えは出ている。
そもそも先に俺が見つけた場所だ。譲ってやる道理もないしこれも無視すればいい話。
「し、失礼するね」
改まったような態度で白守さんは俺の横に腰を掛ける。
──横!?
思わず飛び上がりそうになるが我慢だ我慢。
動揺した(こういう)時は確かヒッヒッフーだ。ヒッヒッフーヒッヒッフー。
「ら、ラマーズ法?! い、いきなりどうしたの?」
白守さんは驚いたが、すぐにクスクスと笑い始めた。
そして自分のお弁当を広げて手を合わせる。
「いただきます」
挨拶をするがすぐにお弁当に箸を伸ばさず大きく深呼吸をする。
横目で何してるんだ、と思いながら食事を進めた。
「な?!」
次に驚いたのは俺だ。
白守さんがいきなり左腕に絡んできた。腕を組む要領で俺のあばらと左腕の間にに自分の右腕を通す。
俺が混乱で固まる中、白守さんは少し食べ辛そうにかつ、嬉しそうにお弁当を頬張る。
無視しているのだから振り払うのは違うし、かといってこのまま受け入れるにも……。
脳みそが爆速で回転し続け頭の中を焦がさんとする。
そして限界を超えた俺の脳みそがたどり着いたのは──
考えるのをやめた。という答えだ。
白守さんが上機嫌でお弁当を食べてる傍ら、俺は機械的にお弁当の中身を箸で運んで、口に入れ、咀嚼して、飲み込む、をただひたすら続けた。
***
脳みそがオーバーヒートの余熱でまだ熱く感じる放課後。
鉛のように重く感じる頭を引きずるようにゆっくり歩く。
廊下を歩いていると見慣れた姿を目撃する。白守さんだ。
近くには男子の──先輩が立っていた。なんとも顎が特徴的な先輩だ。
学年は上履きにあるラインの色を見れば分かる。 俺達1年生は青、2年生は赤、3年生は緑だ。
今もじりじりと白守さんを壁際に追いつめている先輩の上履きには緑のライン。つまり3年生。
取り巻きっぽい女子はなんとも雅な顔をしている。上履きの色を見る感じ2年生、3年生の金剛グループのようだ。
ノロノロと歩いているうちに白守さんの背中が壁に付く。取り巻きが羨ましそうに歓声を上げた。
そして顎が特徴的な先輩は右手を壁に付ける。つまり壁ドンだ。
それに対して白守さんは苦笑している。
「わたしが壁ドンすることで喜ばぬ女子はいなかった」
何言ってんだこいつ、と口に出しそうになる。
気付くと自然と早足になり、気付いたら白守さんと先輩の間に入っていた。
「なんだ、貴様は?!」
「すんません。こいつ俺の連れなんで」
そう言って先輩の腕を軽く叩き落とし白守さんの手を握る。
逃げるようにその場を去った。取り巻きの先輩がブーイングしている声が俺の背中を突き刺す。
階段を下りてる辺りで白守さんが何やら手を動かしてるが今は気にしている場合ではない。
昇降口に到着したが例の先輩達が追ってくる気配がなさそうだ。
ほっと息を撫でおろし緊張を解く。
そして周りの視線に気付く。ある視線は見守るように生暖かく、ある視線は北極圏の氷よりも冷たくこちらを見ていた。
ふと俺の手に少しひんやりとしっとりとした感覚が──
「が、がが」
「え、えへへ」
声にならない音を発する俺に気恥ずかしそうに笑ってる白守さん。繋がれたてを見ると指と指を絡ませるように握っている。
俺は手を握っただけだから──さっきの階段辺りでもぞもぞしてたのって!
「ぐぅ……」
「あ……」
唸るような声を出して白守さんと繋がれた手を解く。白守さんは風船が手から離れはるか上空へと行ってしまったような寂しい声を出した。
構わず恥ずかしさを振り切るように学校の敷地をいつもの倍速で出て行った。
その時、俺のスピードはメロスを超えていただろう。そのくらいの自信があった。
***
次の日、俺は学校に来てから忙しそうに手を動かしていた。
といってもメモ用紙にメッセージを書いているだけだが。
誰に対してか、それは白守さんだ。
咄嗟の行動とはいえ、白守さんに馴れ馴れしく触ってしまったのだ。
下手をすればセクハラで訴えられてしまう。執行猶予付きで残りの学校生活を送らなくてはならなくなってしまう可能性もあるのだ。
だから
『昨日は悪かった。これで忘れてくれ。あと迷惑かけたくないからもう近付かないでくれ 寺川』
誰でも分かるような字で書いてセロハンテープで貼り付ける。
結露した表面のせいで滑り落ちそうな気がしたが、何とかくっついた。
こっそりと白守さんの上に缶を置き、いつものように突っ伏して時間をつぶす。
少しすると白守さんが教室に入ってくる。それを合図に男子は白守さんの進路を空ける。
もううちのクラスでは男子は白守さんに近付かないことが当たり前になっている。その分、俺が嫉妬の視線で焼かれそうになるが……。
幸い、白守さんは昼休み以外で俺にベタベタ触ることはあまりないから
席に着いた白守さんが俺の置いたものに気付く。
カバンを机にひっかけて大切そうに缶を手に取った。貼ってあるメモにも気付いて剥がして胸ポケットから取り出した生徒手帳に挟む。
いや、何してるの白守さんや。
すると白守さんはしばらく缶とにらめっこし始めた。何事かと観察しているとやっとゆっくりと缶を開ける。
鳥が餌をついばむようにちょっとずつ炭酸飲料を飲み進めている。
もしかして、炭酸苦手だったのかな? なんて思いながら白守さんから視線を外す。
すると脳裏に嫌な記憶が走りだす。
──やっべ今月使い過ぎて60円しかない。
自嘲するように笑うアイツ。それに自分も60円しか持ってないと伝える俺。
ちょうどいい感じのサイズの飲み物が自販機で売っていたので割り勘して2人で回し飲みをした。
──うまかった。
そう無邪気な笑顔で言ったアイツ、肯定する俺。その笑い声は晴天の空に響いていた──
「ねぇねぇ聞いた?」
「なになに?」
嫌な記憶のフラッシュバックに顔をゆがめていると偶然、クラスの女子が話しているのが耳に入った。
興味はなかったがBGMとして聞き流す。
「昨日、白守さんと男子が手繋いでたんだってぇ」
「ええ! ってことはえっと、あいつ。なんちゃら川じゃない?」
「そうだよね! うちも思った! でねでねそいつ白守さんの手を振りほどいたんだって」
「え~、ひっどーい」
「だよね~」
本人達はそれなりに声を抑えてるつもりなのだろうが、その声はクラス中に響いていた。
クラス中の視線が俺へと集まる。この時、俺と白守さん以外のクラスメイトの心は1つになっていたのだろう。
教室の中はヒソヒソ話で溢れ始めた。
「ち、違うの! 寺川君はえっと……」
教室の空気を壊そうとしてくれたのは白守さんだ。
みんなに呼びかけるように話そうとするが言葉がうまく出ない様子。
「長いのをたくさんえっと……」
顎の長い先輩とたくさんの取り巻きな。訳の分からんこと言う先輩だったな。
それらを振り切ろうと──
「と、とにかく必死に私をリードしてくれて、それでそれで……」
ん~~~っと白守さん。これ以上はやめて欲しいかな?
クラスメイトの視線が俺の急所を確実に付くような勢いで刺さってくるんだけど。
「優しく、してれたの。だから寺川君を悪く言わないで!」
シーンと静まり返る教室。
俺の心臓の音が自棄に大きく聞こえる。
みんなを代表して女子が口を開く。
「でも、寺なんとかが白守さんの手を振りほどいたって……」
「う、うん。それは本当」
白守さんんんんんんん!! ちょっとそれは誤解を! 招くってええええええぇぇぇぇぇ!!!
俺の懸念通り、クラスメイト達がヒソヒソ話を加速させる。中には携帯で誰かとやり取りをし始める奴も出た。
この日、俺は『白守さんを〇り捨てた屑野郎』として学年中に悪名が広まってしまった。
誤解が解けるのに時間がかかったのは言うまでもない。
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