第2話 俺はボッチ飯が食べたい

 オリエンテーションをスキップできない広告動画を見るがごとく眺めながら先程の自己紹介の時間を思い出す。




 ──壇上に立つ白守さんはやはり、周りの女子とは一線を画すレベルで美少女だ。

 スカウトを生業としている人間はなぜ声をかけなかったのか。と思ってしまうほどである。


「──女子中から来ました白守美雪です。昨日はお騒がせしてしまってごめんなさい。訳があってごく一部を除いて男子には触れません。簡単に言ってしまえば男性恐怖症です」


 綺麗な動作で深く頭を下げる白守さん。

 静まり返るクラスメイト達はただその様子を見るだけだった。

 俺はすぐ逃げてしまったので分からなかったが、恐らく大変だったのだろう。


「触られたら殴ってしまうのを我慢するのが精一杯です。これからたくさんご迷惑をおかけすることがあると思いますがよろしくお願いします」


 何かに耐えるように白守さんは拳を胸の前で抑える。

 確か最初、白守さんが男子に触られた時もそんな動作をしていたような気がした。不安な時の癖なのかもな。なんて考えながら白守さんが頭を下げる様子を見守る。


 今度こそ返ってきたのは拍手だった。

 なんとなくその拍手には業務的な物を感じた。

 もう一度頭を下げて壇上から下りて席に戻る白守さん。


 その様子を眺めてた俺に白守さんは笑顔を向けてきた。

 殺意に近い何かが俺の脳天を貫く。

 俺だって触れないそっち側だぞ。なんでそんな視線を向けるんだ?


 理不尽な視線に内心で首をかしげながら他人の自己紹介を聞き流す。

 そしてすぐに俺の番が来た。

 気だるげに立って教壇に立つ。


「寺川恭平です。よろしく」


 軽く頭を下げて席へ向かう。

 クラスメイト達は『え? それだけ?』という視線を向けてきたがそれを無視して席に座る。

 戸惑う空気の中、次の生徒が俺の横を通って壇上へ向かった──




「──早く終わってくれ」


 それは目の前の退屈な時間オリエンテーションに対してなのか高校生活に対してなのか自分でも良く分からずに小さく呟いていた。

 俺の声は先生の声にかき消され空しく教室の底へ沈んでいく。


 ***


 退屈な各教科のオリエンテーションも終わり、学校生活初の昼休み。

 午後はただ教科書を受け取るだけ、らしい。


「寺川君、良かったら一緒にお昼食べない?」


 開幕、白守さんからのお誘いにカバンから出そうとした弁当箱を引っ込める。

 恐る恐る、見えてる範囲で周りを見るとクラスメイト(主に男子)が何人か見ていた。

 やめてくれ。そんな目を向けるな。俺はそんなつもりはないから。安心しろ。


 俺が返事をしないからなのか白守さんは俺の視界の端からチラチラ顔を覗いてくる。

 小さく灯った明かりのような笑顔が暗がりを照らしているようだ。


「横失礼するね」


 そう言って机をくっ付けようとした瞬間、カバンを持って立ち上がり教室を出た。

 どうぞ、俺の机も使って優雅なランチを。俺は別のところで食べるから。


 教室を出る際、しっかりと扉を閉めて廊下に出る。

 どこで食べるとかあてはないが、探索がてら良い感じのところでも探すか。


「待ってよ寺川君。なんで置いてくの?」

「げ」


 どこに行こうかと考えていると後ろから白守さんの声が聞こえる。驚きでよく分からない声を出してしまった。

 正直、他人の敏感な事情を利用するのは嫌なのだが、これも平穏な学校生活のためだ。


「白守さんと食べたくないから教室から出たの。ほら戻った戻った」

「そんな寂しい事言わないで──」


 白守さんが少し嬉しそうにした瞬間、俺はその小さな肩を軽く押して突き放す。

 これで白守さんは昨日のような状態になるだろう。──この隙に。


 チリチリと胸を焼くような罪悪感を重い空気とともに吐き出して白守さんから逃げる。


 ***


 俺が辿り着いたのはコンクリ造りの校舎から伸びてる違和感のある渡り廊下を抜けた先。

 確か、『部室棟』という名前だったか。


 俺達の教室のあるのは『特別棟』言われていて俺達の教室のある階下に特別教室が多いから、だそうだ。

 んで部室棟は特別棟と事務室や会議室のある『管理棟』と呼ばれているところの間から渡り廊下が伸びている。


 少々埃臭い。だからほとんどだれも寄っていないのだろう。

 『部室棟』というのだからもう少し賑やかでも良いような気がするが、俺にとっては都合がいいので助かる。


 適当に階段を上がり、固く閉ざされた屋上への扉を背に弁当箱を広げ手を合わせる。

 1人で使うには広すぎるスペースには俺が弁当箱を突く音しか響いていない。

 ようやく訪れた平穏。少々悪いことをしてしまったが、これは全てこの時のため──


 不意に水の波紋に当たったかのような感覚がした。何とも言えない感覚だ。

 もちろん、俺が今いる所が水没しているわけでもないし、プールでお弁当を食べているわけでもない。そもそも柏藤うちにプールはないし。

 近くにある水といっても俺の飲み物くらいだ。


 妙な感覚に疑問符を浮かべていると階段を登る音がこちらに迫ってきていた。

 ここは行き止まり──つまり逃げ場はない。

 別に知らない人なら帰ってもらうだけだ。居座るのであれば俺が立ち去ればいい。


 足音の主がいったい誰なのかと身構えていると。


「やっと見つけた」


 え? なんで? なんで男子おれに触られたのに平気なんだ?

 俺はさっき確実に白守さんの肩に触ったはずだ。少し手に残った制服越しの体温は本物だったはず。

 本来なら白守さんは男性恐怖症で動けなくなる、はずだ。


「水筒忘れっちゃって一回取りに教室に戻ったんだ」


 そう言って高さ20㎝くらいの水筒を軽く掲げる。

 いや、そうじゃなくて。

 なんで白守さんは俺の目の前で平気でいられてるんだ?


「今度は前失礼するね」


 俺の気持ちも知らず笑顔をこっちに向ける白守さん。そのままお行儀よく座りはお弁当を広げた。

 綺麗に詰められた弁当は視覚的に食欲を誘う。

 和食中心のお弁当。ざっと見るだけで手作り弁当だというのは分かった。

 俺の冷凍食品だらけの弁当とは比べ物にならない。いや、冷凍食品も旨いぞ。最近のは特に。


 誰に対してか分からないフォローを心の中でする。

 ハッとなって自分の頭を掴んで白守さんのお弁当から自分のお弁当に目を向けさせた。


「何やってるの? 寺川君。おかしいの。じゃあ、いただきます」


 俺の行動にツッコミを入れてから挨拶をしてお弁当を食べ始める白守さん。

 恥ずかしさに頭、疑問に頭を熱されながら考えを巡らせる。そんなことも知らずに白守さんは弁当を食べ進める。


 脳みそが悲鳴を上げそうな熱を帯びた辺りに1つの仮説が出た。

 ──白守さんの男性恐怖症の症状からの回復が早い。

 それなら今回の理由は説明がつく。でも昨日の騒ぎはかなり大事になっていたような雰囲気だったのが引っかかる。

 よく思い出すと俺が白守さんを軽く付き飛ばした時、騒ぎになっている声は聞こえなかった。

 目の前の当事者に聞くわけにもいかないし……。


 ため息をついて、無心で弁当を食べ進めた。

 味も触感も楽しめず、胃の中に食べ物を詰め込む作業。

 そして、軽く手を合わせて急いで弁当箱を片付ける。


「もう行っちゃうの? もう少し一緒にいようよ」

「……」


 寂しそうな白守さんの制止の声に一度、足を止めてしまうもののなんとか振り切り、階段を駆け下りる。




 ──いや~今日も食った食ったぁ。

 給食をたらふく食べて腹をさするアイツ。

 それをゲラゲラ笑いながらその腹を叩く過去の俺。仕返しに俺の腹を押すアイツ

 周りもそれを見て笑う。そんな時間が楽しかった──




 胃からこみ上げそうな物は感情なのか先程かきこんだお弁当か。

 それを必死に抑え込みながら早足に教室へと戻った。

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