第1章 お隣さんと過去
第1話 お隣の席の白守さん
自転車を押しながら指定された駐輪スペースへ向かう。
通常の鍵とロックチェーンの鍵を閉める。これで大丈夫だろう。入学早々自転車を盗られて目立つこともない。
同じ新入生の間を上手く避けながら昇降口へと向かう。
ここでも同じ出身校の人同士であろう人が固まって話していた。
中にはぎこちない印象を受ける連中もいた。前の学校で何かあったのかな?
なんて余計な詮索を内心しながら昇降口横に立てられた簡易的な掲示板を眺める。
俺の
1年2組の22番。気持ち悪い数字の並びだな。2年になっても同じ組、同じ出席番号だったら笑うぞ。
と思い、内心で小さく笑う。
さて、と組と出席番号さえわかればあとは──
「キャッ!」
昇降口に向かおうと体の向きを変えた時、女子生徒に当たってしまった。
普通に考えればクラスを確認するためにここには人が密集するんだからもう少し周りに気を使うべきだった。
「ごめんなさい──あれ?」
謝る女子生徒の声を無視してその場を去る。
顔も見ずに行ったから後で声もかけられることもない。だろう。多分。
昇降口で靴を履き替え少し奥に進んだところで周りを見回す。
壁には教室まで案内があった。それに従い進むと簡易的な看板も用意されており、迷うことなく、自分のクラスに着いた。
「ふう……」
指定された自分の席に付き、一息つく。
道中、同じ新入生以外にも先輩らしき人も見かけた。『~先輩の兄弟』だかなんか騒いでたり、『あの子かわいい』なんて言ってた人もいた。本当に平均以上の偏差値の学校なのか?と疑問を抱くほどであった。
まぁ、俺には関係ないけどな。と内心呟く。
予定通りであればもうすぐ──
「ほらぁ、座れ」
そう言いながら中年男性が入ってくる。
もちろんだが生徒ではない。このクラスの担任の先生だ。
白髪交じりの黒髪でスーツをそれっぽく着こなしてる。
「じゃあ、まずは入学式の流れを──」
新年度お決まりっぽい説明が始まる。
俺はそれをBGMにしながら机に置いてあった書類に目を通す。そこには明日の持ち物や何をするか書いてあった。
座席表もあったので適当に目を通す。やはり、知らない人しかいない。ヨシ。
「じゃあ、廊下に出席番号順に二列に並べよ~」
話の内容をまともに聞くこともないまま説明は終わり、先生がそう言って廊下へと誘導し始める。
席を立ち、軽く首を鳴らして廊下に並ぶ。
新しい風が響く廊下を俺の
***
「じゃあ、書類を忘れないように。自転車通学のやつは特にな」
退屈な入学式が終わり、軽めの伝達を済ませ先生がそう締める。
出席番号1番の生徒が号令をかけさせられて、それぞれ頭を下げた。
挨拶の後すぐに書類をファイルに突っ込み、カバンに入れる。これでとりあえず、初日は問題なく──
「寺川君──だよね?」
唐突なことだったので反射的に声のした方を見てしまった。
そこには美少女がいた。比喩ではない。そこにある真実であった。
きちんと手入れされてると思われる髪の毛は真っ直ぐな清流を想像させるほど美しい。こちらを見る目は曇りのない綺麗な黒。闇というより宝石と例えた方がいいほどだ。
美少女を目が合った一瞬、世界が水没したような感覚がした。
『傾国の美女』なんて言葉があるが将来、そうなるであろうという確信を持ってしまうほどだ。
すると頭の中に過去の映像がフラッシュバックする。
──隣の席同士仲良くやろうぜ。よろしくな。
そう言って俺に手を伸ばすアイツ。
俺はそれが最悪の結末に繋がるとも知らずにその手を取ってしまった──
後悔が、苦しみが、怒りが心を締め付ける。
それを振り払うように小さく何度か頭を振った。
「えっと、どうしたの?」
一言もしゃべらない俺の顔を配そうに覗き込みながらお隣の──確か
ボーッとしている場合じゃない。俺は両手で頭を挟み、強引に前を向かせ押し黙った。
「え? いや、その無理があるんじゃないかな? 今、目も合ったよね?」
それでも俺は黙り続ける。開いてしまった扉を無理矢理閉めて鍵を何重にもかけるように。
ついには俺の体を揺らし始めた白守さん。それを無視し続けていると嫉妬や怒りのこもった視線を感じた。
クラスメイトが何人かが白守さんに絡まれているのを見ているのだろう。
当たり前だ。思わず見とれてしまうほどの美少女なんだから入学式前から目立つのが普通。ましてや彼女にしたい女子として目を付ける奴がいてもおかしくない。
そんな存在に声をかけられた男なんて攻撃の対象になるじゃないか……。やばい。なんとか切り抜けなくちゃ。
「白守さん。良かったらこの後、みんなで親睦会するんだけどさ来る?」
「え? いや私は今寺川君とお話してて……」
ナイスだ。よく分からないクラスメイトその1。そのまま白守さんをどこかに連れて行ってくれ。
強く祈りを飛ばしながらバレないように机の横にあるかばんを手に持つ。
逃げるタイミングを計るため、白守さんの方を横目で見る。
「気になるならこの彼も連れてきていいから、ね?」
そう言って俺を親指で指してクラスメイトの男子が白守さんの肩に手を置く。
俺はお断りだ。なんで金も減るわ、絡みたくないやつと絡まされるわで地獄以外の何ものでもない所に行かなきゃいかんのか。
これで白守さんは俺から離れて行ってくれるだろう。無視する俺なんかと話すよりもあっちの方が楽しいはずだ。だから──
しかし、この後俺が予想しえなかった事態が起こる。
「──────」
白守さんは言葉を失い、うつむいて震え始めたのだ。それは極寒の地にいるように。なにかの衝動を抑えるように胸の前で強く握った拳を抑え込んでいる。
次第に震えが大きくなり、垂れ下がってる髪の毛の間からでも分かるほど顔が青ざめている。
これはヤバいんじゃないか? それはクラスの人達も感じたようだ。
「白守さん大丈夫?! どうしたの? あんた白守さんになにしたの?」
「──お、俺は何もしてないぞ!」
「とりあえず保健室──どこだっけ?」
「せ、先生だ。先生を呼ぼう!!」
それぞれがパニックになりながらも白守さんを助けようと思い思いの行動をし始める。声をかけた男子はただただ戸惑って立ちつくしていた。
その中、俺はこれ幸いと、騒ぎに乗じて逃げるように帰った。
なぜか右腕の古傷がうずいた。これは中学生2年生特有の
思わぬ形だが、これで俺の印象は薄れてくれるだろう。
胸を小さくひっかいたような罪悪感を押し殺して息を吐く。
そうだ。帰って寝て忘れよう。
学校の廊下を早足で歩いていく。
***
「寺川君、昨日はごめんね。驚いたでしょ?」
翌日の朝、提出書類の準備をしていると気まずそうに白守さんが声をかけてきた。
確かに驚いたが。ただそれだけだ。俺には関係のないこと。
頬杖をついてあくびをする。
「寺川君。そのさ──」
白守さんが何か言いかけた瞬間、教室の扉が開かれ、担任が入ってきた。
一部のクラスメイトはそれを合図に急いで席に着いた。
「ほら、まだ立ってるやつ席に着け~」
話し込んでいるクラスメイトに着席を促し、それを見守る。
「そうだ。白守、昨日は大丈夫だったか?」
「は、はい。その節はご迷惑おかけしました」
「というわけだ。白守には事情があるから男子は白守に触らないようにな」
訳の分かってないクラスメイト半分、残念そうな返事中するクラスメイト半分と言った感じか。その中、俺は納得がいっていた。
新しい環境に慣れてないせいだと思っていたがなるほどね。男性恐怖症みたいなものか。
先生が詳細を語らなかったのだから、かなりの事情なのだろうと推察していた。
じゃあ、なおさら白守さんとは関わらない方がいいわけだ。隣なのがネックだが気を付けていけばいい。
「気を取り直して自己紹介に入ろう」
場の空気を変えるためか先生が何度か手を鳴らしてそう言う。
恒例行事、自己紹介が始まった。
例の少女、白守さんはそこそこ良い女子中からわざわざ進学してきたようだ。そのまま高等部に行けただろうになんでだろ?
自己紹介の中で改めて昨日のことを謝り、詳細を話さないものの『ごく一部』を除いて男性に触れられないことを説明し自己紹介を進めた。『ごく一部』ね。誰なんだろ? せいぜい父親くらいだろうか。
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