幸せになってね

 私のことなんか忘れて幸せになってね、と言われたので忘れることにした。

 忘れてしまったので、その言葉を誰に言われたのかは思い出せない。男だったのか女だったのか、歳上だったのか歳下だったのか。その疑問は流れゆく日常のなかで、棘にもささくれにもならず、木の葉のそよぎのようにたまに聞こえるだけ。

 それでもこうして胸の中に残り続けている。その度に自分を振り返る。

 問題ない。大丈夫。日々は順調。体は健康。お金はあるし、仕事もある。鏡の前で頷く。

 幸せになっている。

「本当に?」

 背後から何か聞こえた。大丈夫、すぐに忘れる。

「忘れられなかったくせにね」

 大丈夫、すぐに忘れる。闇の中で笑っている。


 終【お題:忘れる(2024/02/03)】

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