全てを破壊するバッファローの群れ

如月千怜【作者活動終了】

第1話 魔王の尖兵

 エフェメールには三分以内にやらなければならないことがあった。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、自らの防衛拠点に迫っている。

 早急に出陣しなければ、突破されるだろう。



「私が出る。ガブリエル副長、これよりあなたに指揮を一任します」

「…………」


 元ヒジリ隊隊長のガブリエルは、若き戦士を育てるために副隊長に降格した前歴を持つ。

 ガブリエルが育てるべき後輩は、当のエフェメールであった。


「……やむを得ませんね。許可します」


 ヒジリ隊は巫女が集う支援部隊。故に前線で戦える人材はほぼおらず、今戦えるのはエフェメールただ一人である。


「ですが決して油断なさるな。私のような老骨より早く死ぬことがあったら、決して許しはしませんよ、隊長……いや、エフェメール」


 この頃彼らの里では奇妙な現象が起き続けている。

 十年ぶりに現れた悪竜『皆殺しの魔王』に住処を追われた野生動物達が、種の隔たりを持たず進撃してくるというものだ。

 象のような巨体故に天敵を持たぬものや、肉食獣である虎や狼のみならず、普段なら捕食者達の格好の餌であるガゼルやウサギすらも時にそれに加わる。この現象を彼らは『百獣悪鬼変化』と呼んでいた。

 ――だが、バッファローだけが群れを成すという現象は、今までは平時でこそ時たま見るものの、皆殺しの魔王が現れてからは一度もなかった。


「……では、行ってくる」


 ――このままでは時間がない、そう判断したエフェメールは、女性で初めて上忍として認められた剛脚で跳躍し、砦から飛び降りながら受け身をとった。


 そして迫ってきたバッファローの群れに対し、炎魔法で迎撃し、彼らを恐慌させていく。


「……すごいっ」


 砦の上で準備をする巫女達は、その凄まじい技量に驚愕した。


「……言ったでしょう、彼女は親の七光りなどではないと」


 ――実を言うと彼女らは、ついさっきまでエフェメールのことを、族長の養子だから戦士長に選ばれたと笑っていた。


「これでもあなた達は、あの子より自分の方が隊長にふさわしいと言い切れますか?」


 ガブリエルが、一人の隊員にそう説いた。さっき自分自身でひっぱたいたばかりの隊員であった。


『彼女の戦士としての才は本物だ。口を慎め』

『若い彼女に経験が足りないのは当然のことだ。だからそれまで私が補佐すると族長様と決めた』


 エフェメールはまだ司令官としての実績を全く詰んでいない状態であった。指揮に関しての実権は降格後もなおガブリエルが主導となっている。

 ――だがそれは、族長とガブリエルが話し合って決めた、エフェメールへの教育方針であった。


「……たった一人であの大群に挑むのは、英雄の才覚を持つものか、ただの猪武者か。司令官としては後者だが、戦士としては前者ね」


 ――巫女の長は、冷静にそう呟いた。

「何をしているのです、あなた達」


 そのまま彼女は、配下の巫女達に命ずる。


「見とれている暇はありませんよ。あなた達は自分の仕事をするのです」

「は、はい!!」


 エフェメールが炎でバッファローを混乱させている内に、ガブリエル率いる巫女の弓部隊は矢を限界まで引き絞り、エフェメールに近づこうとしてきたバッファローの群れ目がけて放つ。

 百名の射手から放たれた矢は雨霰と降り注ぎ、バッファローの命を無慈悲な勢いで奪っていく。この防衛戦の勝敗は、早くも決しつつあった。



――だが、彼らはあくまで、魔王が意図せず造り出した先遣隊に過ぎない。

 先代族長を殺した悪竜――皆殺しの魔王は、今の族長様を未亡人にし、エフェメールをはじめとした多くの子供達を戦災孤児にした。そして戦士達が命がけの抵抗で撃退に成功したのにも関わらず、十年以上経った今でも奴は生きていた。

 まだまだ彼らの戦いは、始まったばかりであった……

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