第40話「必要なこと」

「――お待たせ致しました」


 ドアを開けると、ニコッとかわいらしい笑みを浮かべる美少女が立っていた。

 先程、着替えに戻ると言って部屋を出ていった、ルナだ。


 ルナが着ている服は、水色を基調としたお嬢様ふうのワンピースだった。

 襟は白く、かわいらしいリボンがされている。

 少し意外だったのは、オフショルダー――肩部分が空いていることだ。

 その空いている部分にはフリフリがついていてかわいらしいのだけど、肌をあまり見せそうにない王族にしては珍しいチョイスだと言える。


 ――いや、まぁ……肌を見せないか、という部分には疑問があるけど。

 なんせ寝る時のルナはいつも、彼シャツなのだから。


 とはいえ、少なくとも彼女が普段着ている私服は、夏なのにあまり肌を晒さないものだった。

 つまり、普段とは違う格好ということだ。


「とても似合っててかわいいね」


 デートと自分から言っていたくらいだし、力を入れた服装で来たのはさすがにわかる。

 だから、ちゃんと素直な気持ちを伝えてみた。


 こういう時、莉音だと褒めなければ不機嫌になるので、その経験を活かしているともいえる。


「か、かわいいですか? えへへ……」


 褒められたことが嬉しかったようで、ルナの表情がヘニャッとだらしなく緩む。

 子供のような笑顔は、相変わらず見ていると心がなごんでしまう。

 俺以外の人の前では、凛とした上品な大人の女性という感じなのに、俺の前だけではこうして素の一面を見せてくれるので、愉悦ゆえつ感があった。


「――電車の時間がありますので、そろそろ出発したほうがよろしいかと」


 まぁ、アイラちゃんもいるんだけど。


「そうだね、行こう」


 俺は時間のことを思い出させてくれたアイラちゃんに笑顔で頷くと、部屋のドアに鍵をかけてルナの隣に並ぶ。


「…………」


 歩き始めるとすぐに、ルナがチラチラと俺の顔を見上げてきだした。

 どうやら、俺の顔と腕を交互に見ているようだ。


 もしかしなくても――。


「今日は学校に行くわけじゃないし、好きにしていいんだよ?」


 ルナが何をしたいのか予想が付いた俺は、笑顔でうながしてみる。

 それがよかったようで、ルナの表情はパァッと明るくなり、満面の笑みを浮かべながら俺の腕に抱き着いてきた。

 もちろん、甘えるように頭が俺の肩に置かれている。


 やっぱり、抱き着きたかったようだ。


『――ふむ……やはり、聖斗様はただの優しい草食系男子ではありませんね。察しが悪いと思っていましたが、意外と向けられる好意を自覚すると、察しがいいような? 自分に自信がないだけなのかもしれませんね』


 何やら後ろでは、アイラちゃんがあごに手を添えながらブツブツと独り言を呟いていた。

 俺とルナのことに関して何か言っているんだろうけど、英語だから全然聞き取れず、無表情で言っているのもあって呪詛じゅそを呟いているんじゃないかと勘繰かんぐってしまう。

 正直に言うと、ちょっと怖かった。


 根は優しい子だとわかっていても、やはりまだあの子には慣れないようだ。


「そういえば、車で行かなくてよかったのかな?」


 駅へ向かって歩く中、俺は今更すぎることをルナに尋ねてしまう。

 というのも、スーパーへの買いものは歩いていくし、遊びに行く場合は電車で行く、という考えが頭に刷り込まれているので、車で行くという考えが思い浮かばなかったのだ。

 だから、聞くのが遅れてしまった。


 俺の質問に対し、ルナはチラッとアイラちゃんを見る。

 どうやらアイラちゃんの意図が何かあるようだ。


「日本におられる間は、普通の学生らしい生活を――とのことなので、車は手配致しませんでした。ルナ様にとっては電車やバスという乗りものは珍しく、こういう機会は大切にしたいのです」


 なるほど、ルナのためにあえて黙っていたわけか。

 確かに学校へは徒歩通学だし、アルカディアで乗る機会がなかったのなら電車もバスも珍しいだろう。


 とはいえ――。


「そこまで遠くない距離は車で行ってたんだろうけど、さすがに新幹線くらいには乗ったことがあるんじゃない?」


 車で長距離移動は限界がある。

 もちろん、泊まりながら移動をすれば不可能じゃないけど、忙しそうな王族がわざわざそんなことをするとは思えない。


 だから、新幹線に乗ってるなら電車はそこまで珍しいものでもないと思ったのだけど――

「遠距離の移動は全て、アルカディア家が所有しておりますジェット機で致しますので、わざわざ新幹線は使用致しません」

 ――俺の想像を軽く超えてきた。


 自家用ジェット機ってことか……。

 やっぱり、超大金持ちの王族は違うな……。


「俺、飛行機なんて中三の修学旅行でしか乗ったことないよ……」

「でしたら、アルカディアにお越しになられた際には是非……! 空の旅デートというのも、素敵ですよね……!」


 アイラちゃんが代わりに説明をするから黙っていたルナが、急に目を輝かせながら話に入ってきた。

 この様子を見るに、ルナが空の旅デートをしたいようだ。


「アルカディアに帰らずとも、日本で購入したり貸し切りにしたり――などの手段はありますが、目立ってしまいますものね」


 やはりなんだかんだ言って、アイラちゃんはルナにかなり甘いのだろう。

 お姫様のとんでもない提案を、実現する方向で思考を巡らせている。

 正直、デートのためにジェット機を買ったり、貸し切りにされたりなどしたら、一般人の俺は申し訳なさすぎて胸が痛くなるんだけど……。


 まぁ目立ちたくないという意図があるので、日本で実現されることはない……はず。


 これ、ルナがお忍びで来てなかったら、普通に実現したんだろうなぁ……。


「実際のところ、アルカディアって俺は入って大丈夫なのかな?」


 旅行で行くお金持ちとかもいるくらいだから、多分大丈夫なのだとは思うけど――なんせ、立場が立場だ。

 第一王女と第八王女以外はあまり歓迎してくれそうにないのに、行っても大丈夫なのかという不安がある。


「どのみち、いずれは足を運んで頂く必要がございますので。ですよね、ルナ様?」


 アイラちゃんは淡々と答えてくれた後、珍しい言い方でルナに話しかける。

 こんな確認の仕方、一緒にいるようになってから初めて見た気がする。

 というか、かなりわざとらしい。


 話を振られたルナはといえば――

「そ、そうですね、大切なことですから……」

 ――なぜか、顔を赤く染めていた。


 ……なんで?


 彼女の反応が意外すぎて、俺は思わず首を傾げてしまう。

 ルナはそんな俺から照れくさそうに視線を外し、なぜか俯いてしまった。


『結婚のために、顔合わせが必要ですものね……』


 彼女はブツブツと何かを呟いたのだけど、生憎英語なので聞き取れなかった。


「ルナ、どうしたの……?」

「い、いえ、なんでもございませんよ? ご心配、なさらないでください」


 気になったので尋ねてみるも、笑顔で誤魔化されてしまった。

 その笑顔が無理に笑っているように見え、俺は更に心配になってしまう。


 いったい俺に、今後何が待ち受けているのだろうか……?


 少しだけ、不安になった。

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