第39話「悪魔の囁き」

「――ルナ、起きて。朝だよ?」


 アラームで目が覚めた俺は、自分の胸に顔を押し付けてきているお姫様に声をかける。

 くっついてくるのはいいんだけど、豊満なとある部分が思いっきり俺の体に押し付けられているので、いつも心臓に悪い。

 てか、無防備すぎていろいろとやばかった。


「んんぅ……まだぁ……」


 朝が弱いルナは、起きたくないという意思表示で、《イヤイヤ》というかのように顔を左右に振る。

 胸に顔を押し付けられているのにそんなことをするから、俺はくすぐったくて仕方がなかった。


「本日はおやすみですし、もう少し時間に余裕はあるかと」


 ルナの背中をポンポンッと優しく叩いていると、先に起きていたアイラちゃんが背中側から声をかけてきた。

 顔も洗い、服装も寝巻から普段着に着替えているので、あるじと真逆だ。


「まぁそうなんだけど……出るのが遅くなる分、遊べる時間は減っちゃうからね……」


 ルナは今日をとても楽しみにしていた。

 だから、出来るだけ遊ばせてあげたいのだ。

 そのためには、早めに家を出ないといけない。


 なんせ、遊園地の開園時間は十時とはいえ、俺たちの住んでいる場所からは電車とバスを乗り継いでいかなければならず、片道二時間はかかるのだから。

 朝ご飯を食べたり支度をしたりするなら、あまりゆっくりはしていられないだろう。


 ――というか、ルナが放してくれないと、俺が朝ご飯の支度をできない……!!


「昨晩はあまり寝付けなかったようですし、いつも以上にお目覚めにならないかと」

「あぁ、確かに……」


 一緒に寝ているからわかるけど、結局昨晩のルナは全然眠れなかった。

 頑張って寝ようとはしていたのだけど、やはり遊園地が楽しみすぎて興奮していたんだろう。

 寝たのは、日付が変わってからだったはずだ。


「う~ん、やっぱり寝かせておいてあげたほうがいいかな……? まぁ、俺を放してくれたらギリギリまで寝ててくれていいんだけど……」


 俺の体に回されているルナの手は片腕とはいえ、俺から離れないようにするためか、いつも無意識にギュッと服が握られている。

 腕もしっかりと抱きしめるかのように力が入っており、正直これで寝られているのが毎回不思議で仕方がない。


「くすぐれば無意識にお放しになるかと。その上、高確率で目を覚まされる可能性がありますので、お得ですよ」


 どう放してもらおうか思考を巡らせようとすると、アイラちゃんが悪魔のささやきをしてきた。


 そりゃあ、くすぐれば起きるだろうけど――絶対怒られる。

 誰がやるんだ、誰が――という話だ。


「アイラちゃんがやってくれるの?」

「私がしてしまいますと、ルナ様はお怒りになりますので。ここは婚約者である聖斗様のお役目かと」

「嫌だよ、俺が怒られるじゃないか」


 なんで無表情でこんな提案ができるんだ、この子は。

 冗談で言っているのか、本気で言っているのか判断が付きづらいんだけど……?


「いえ、聖斗様ならむしろお喜びになる可能性が」

「ないない。そんな嘘を言ったって、俺は乗らないよ?」


 くすぐられて喜ぶ人なんてそうそういないだろう。

 ましてや寝ている最中にするだなんて、大目玉を喰らいそうだ。


「それに、寝ている人にするのは危ないでしょ? ビックリするだろうから、万が一心臓でも止まったりしたら……」

「えぇ、そうですね。まぁおやりにならないとわかっているからこそ、ご提案しているだけですが」

「君は悪魔か……」


 俺がもし本気にしたらどうするつもりだったんだ。


 ――いや、力技でやる前に止めたんだろうけど。


「そのようなことよりも、今回の場合は然程さほど苦労することはありません。すぐにお目覚めになられるいい言葉がありますので」

「そんなのがあるなら、さっさと教えてくれたらよかったのに……」


 絶対この子、わざと俺を困らせてただろ……?

 見かけによらず、悪戯いたずら好きなんだよな……。


「聖斗様に経験を積んで頂き、いずれはスムーズにルナ様を起こして頂けるようになったほうがいかと考えました」


 そりゃあまぁ、アイラちゃんが声をかけるよりも、くっついて寝ている俺がルナに声をかけて起こすことが多いけどさ……。

 本来、お世話係である彼女のお役目だと思うんだけど……?


 まぁ、寝起きのルナは寝ぼけていてとてもかわいいし、起こしている時間も幸せなのでいいんだけどさ。


「そのいい言葉ってのは、なんで今回だけなの?」


 俺は思考を切り替え、シチュエーションが限定されている理由を尋ねてみる。

 すぐに起きる言葉があるなら、出来れば今後も使っていきたいんだけど……。


「条件が整わないとなりませんので。理由はすぐにおわかりになるかと」


 アイラちゃんはそう言うと、ルナの耳元に口を近付ける。

 それにより、俺の体に彼女の上半身が覆いかぶされてしまう。

 だけど、そこはやはり完璧な彼女らしく、ちゃんと俺の体に触れないようにしていた。


 というか、当たるような出っ張りがない。


「死にたいですか?」


 決して俺の顔は見えていないはずなのに、なぜかアイラちゃんが俺にとても冷たい目を向けてきた。

 目の奥には、怒りの炎が静かに燃えているように見えてしまう。


 おかしい、なんでバレた……?


「な、なんのことかな……?」

「とても不愉快な気配を、聖斗様から感じましたので」


 この子はやっぱり超人なのか!?


 思わずそうツッコミたくなる。

 人間離れした動きだけでも驚きなのに、考えていることまで気配で察しられるなんて人間技じゃない。

 そういえば、よく俺の思考を読んでいるところがあったけど、これも本当に気配から察しているとか……?


「安心してください。不愉快な考えをされた時は気配でわかりますが、普通にしている時は気配で考えていることを読み取るなど不可能です」


 うん、じゃあなんでその説明を今してきたの?

 絶対俺の心を読んでいるよね?


「聖斗様は、お顔に出すぎるのです」


 アイラちゃんは溜め息混じりにそう言うと、怒りは収まったのか再度ルナに視線を向けた。


 とりあえず、命拾いはしたらしい。

 後、今後は本当に顔に出さないよう気を付けようと思った。


『ルナ様、今日は土曜日です。待ちに待った、遊園地デートの日ですよ?』


 アイラちゃんは俺に話す時とは違う、とても優しい声でルナに話しかけた。

 英語だったけど、土曜日やら遊園地のことを言ったのはわかった。


 そんなことで、あの朝に弱いルナが起きるのか疑問だったのだけど――

『アイラ、すぐに支度をお願い致します……!』

 ――驚くほどあっさりと、ルナは目を覚ましたのだった。


 うん、やっぱりアイラちゃんにはかなわないな……。

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