第38話「内緒話(?)」

 学校でのルナは、清楚なお嬢様のような感じで上品な笑みを浮かべながら、群がってくる学校の生徒たちを相手にしていた。

 婚約者がいることで敬遠をする男子たちがいる反面、やはりそういったことも気にしない男子たちもいる。

 しかしそういう人たちはアイラちゃんが追い払ってくれているので、俺は特に何かを心配する必要もなかった。


 人当たりのいいルナの評価はうなぎ登りで、瞬く間に学校で一番人気の座を獲得したようだ。


 そんな学校生活を過ごしている彼女だけど、家では――

「えへへ……明日の遊園地、楽しみです……」

 ――俺にくっついて離れない、甘えん坊へと変貌へんぼうする。


 ソファに座って、幸せそうに俺の腕を抱きながら肩に頭を乗せてきているので、かわいくて仕方がなかった。


「よく我慢したね」


 俺はそう言って、ルナの頭を撫でる。

 というのも、遊園地に行くと話した日から、ルナはずっと遊園地のことを楽しみにしていたのだ。

 その気持ちは日が経つに連れて膨れるばかりで、昨日なんて一人葛藤かっとうしているようだった。


 学校を休んででも遊びに行きたいけど、それは俺に迷惑をかける。

 そもそも駄目なことだ、みたいな感じで悩んでいたらしい。


 ちなみに、それを全てコッソリと教えてくれたのは、いつもルナの傍にいるアイラちゃんだった。


「明日は晴れるようでよかったです。雨でしたら、泣いてしまうところでした」


 天気予報によると、ちゃんと快晴らしい。

 せっかく楽しみにしていたのに雨で台無しになんてなったら、泣かないまでも本当にルナはショックを受けるだろうな。

 そうなったら部屋の中で一日中凄く甘えてきそうで、それはそれでとてもかわいいだろうけど、ルナが可哀想なので晴れでよかった。


「ルナの日頃の行いがいいおかげだね」

「聖斗様もですよ?」


 俺の言葉に対して、ニコッとかわいらしい笑みを返してくれるルナ。


 うん、本当にかわいい。


「今日は早く寝ないと駄目だよ?」


 既に宿題を終えて晩御飯も食べ終え、お風呂にも入り終えているので、後は寝るだけだ。

 今は寝る時間になるまで、いつものようにアニメを観ているだけだった。


「明日が心待ちすぎて、寝付けないかもしれません……」


 遠足前夜の子供かな。

 そう思いつつも、それだけ楽しみにしてくれているということなので、嬉しい気持ちしかなかった。


「それじゃあ、早めにベッドに入ろっか?」


 まだ普段寝ている時間よりも結構早いのだけど、ベッドに寝転がっていれば自然と寝付けるようになるだろう。

 俺も目を閉じて無心になることで、段々と寝られるようになってきた。


「聖斗様のおおせのままに」


 ルナは再度笑みを浮かべると、傍で立っていたアイラちゃんに視線を向ける。

 すると、ルナの意図を察したアイラちゃんがリモコンでテレビを切ってくれた。

 こういうことはアイラちゃんの仕事らしく、ルナがしようとすると彼女が嫌がるらしい。

 ほんと、王族や貴族もいろいろとあるよなぁと思う。


「アイラちゃんは、まだ寝ないの?」


 普段なら俺たちについて寝室に来るのに、今日は部屋から動こうとしないので、俺は声をかけてみた。


「少し、やることがありますので」

「明日では駄目なのですか?」


 ルナも意外だったらしく、小首を傾げて尋ねる。


「はい、すぐに寝室へ向かいますので」


 いったいなんの用事だろう?

 普通なら用事とかでも言いそうな気がするけど……わざと、誤魔化した?


「そうですか、アイラも明日は遊園地に行くのですし、夜更かしは駄目ですよ?」


 俺は気になったけれど、ルナは話を終わらせてしまった。

 そして、視線を俺に向けてくる。


「行きましょうか、聖斗様」

「あっ、うん……」


 なんだろう?

 別にアイラちゃんが何をしていようと、彼女の自由なはずだ。

 それなのに、何かが少し引っかかる。


 とはいえ、女の子の予定を深く聞くのも良くないだろう。

 だから俺は、ルナと一緒に部屋を出た。


「――聖斗様は、本当にお優しいですよね」


 廊下に出てすぐ、なぜかルナが優しい笑みを向けてきた。


「えっ、なんで?」

「アイラの用事が気になるのでしょう?」

「…………」


 ば、ばれてる……。


「えっと……」

「ふふ、お顔に出ておりましたので」


 どう返したものかと悩むと、ルナは見抜いた理由を教えてくれた。


 顔に出ていたのか……。

 気を付けないといけないなぁ……。


「まぁ、そりゃあ珍しかったしね。ルナは気にならなかったの?」


 早々に切り上げていたから、あまり気にしていないのかと思った。

 しかし――。


「私も気にはなりますが、アイラが用件を言いませんでしたからね。私が聞いてしまうと、あの子は答えないといけませんから」


 なるほど、だから聞かなかったのか。

 本当に優しいのはルナだと思う。


 従者に、ちゃんと気を遣ってあげているのだから。


「――って、ごめん。スマホを忘れちゃった」


 俺は普段ソファに座っている時は机の上にスマホを置いているのだけど、先程アイラちゃんに気を取られていたので忘れてしまった。


「それでは、取りに戻りましょうか?」

「いや、ルナは先に行ってて。俺もすぐ行くから」


 リビングに取りに戻るだけだからすぐだ。

 わざわざルナについて来てもらうことでもないだろう。

 部屋を出て間もないし、アイラちゃんも用事をまだしていないだろうし。


 ルナは俺の言葉通り先に寝室へと向かった。

 彼女をあまり待たせるわけにもいかないので、俺は急いでリビングへと戻る。


『――えぇ、何も問題は起きておりませんし、ご心配なされていることも起きておりません』


 あれ、誰かと話してる……?

 リビングのドアを開くと、アイラちゃんの声が聞こえてきた。

 見れば、部屋の隅に行ってスマホで誰かと電話をしている。


 アイラちゃんは俺に気が付いたようで、チラッと視線を向けてきたが、机の上に置いてあるスマホに視線を向けたので、俺が戻ってきた理由も察したようだ。


 いや、スマホがあることで戻ってくるとわかっていたのかもしれない。


『それはあまり得策ではないかと。いくらお優しいルナ様でも、明日のことに横やりが入ればお怒りになるでしょうから』


 俺がいても気にしないようで、アイラちゃんは話を続けている。

 英語がわからないから、聞こえてもかまわないと思っているんだろう。


 ルナの名前が出た気がするけど……報告をしている感じかな?


 本人がいるところでは報告がしづらいから、こうして一人になったのかもしれない。


『そうですか……私は賛成しかねますが。えぇ、わかっております。私から見ての彼ですか?』


 スマホを手に取り部屋を出ようとすると、またアイラちゃんの視線が俺に向いた。


 今度は俺の話をしているのかな?


『私もまだ数日しか一緒におりませんので、断言はできませんが――少なくとも、人柄は優れているかと。ルナ様がお選びになられただけはあるかと存じます』


 いったいどんな話をしているのか。

 英語は全くわからないけど、なぜか優しい笑みを向けられてしまった。


『能力ですか? 日本の学生の平均くらいでしょうね。そうわめかないでください。その平均的能力でルナ様がお認めになられているということは――いえ、この話はしても無駄でしょうね。そろそろ私は行かないといけませんので、失礼致します』


 気を取られていると、電話が終わったようでアイラちゃんが何食わぬ顔で俺のほうに歩いてきた。


「なんか電話越しから凄く怒鳴り声が聞こえた気がするんだけど……?」


 アイラちゃんがうるさそうにスマホを耳から離していたので、ほぼ間違いなく相手は怒鳴っていたと思う。

 何を言ったらあれだけ相手が怒るのか気になるけど……。


「お気にならさないでください。子供のような御方が相手ですから、いつもこうなのです」


 やっぱり、アイラちゃんは話してくれないようだ。


「そうなんだ……?」


 アイラちゃんの上司って言ったらいいのかな?

 随分と大変な人が上にいるんだな……。


 そういえば、ルナの教育係って人もキンキンキャンキャン怒鳴る人だったし、そういう人が多いのかもしれない。


「アイラちゃんも大変なんだね……」

「えぇ、まぁ……昔から厄介です」


 珍しくアイラちゃんが愚痴る。

 よほど困らされているらしい。

 ルナ以外にはあまり付き従わない子だと思っていたけど、いろいろと苦労しているんだな。


 今度、ケーキでも買ってねぎらってあげよう。


 そんな話をしながら、俺たちは一緒に寝室へと向かったのだけど――

「密談は、さすがにどうかと思います……!」

 ――スマホを取りに戻っただけなのに全然寝室に行かず、挙句アイラちゃんと一緒に戻ったことで、頬を膨らませて拗ねたルナに怒られてしまうのだった。

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