第36話「寝ぼけているお姫様」

「――んっ……」


 朝日が昇り、カーテンの隙間から日差しが部屋に入ってくるようになった時間帯。

 ルナが、ゆっくりと目を開けた。


「…………」


 寝ぼけているんだろう。

 眠たげなまなこでゆっくりとまばたきをしている。

 幼い子供のような表情に、朝から幸せな気分になった。


 俺は声をかけて目を覚まさせるような余計なことはせず、ルナの意識がはっきりするのをジッと待つ。


「んんぅ……」


 そうしていると、寝ぼけているルナが俺の胸にくっつくようにすり寄ってきた。

 そしてスリスリと甘えるように顔を擦り付けてくる。


 寝ぼけているように見えて、実は起きているのだろうか?


 そう思って見つめてみるも、目は再度閉じてしまっており、雰囲気からも意識がはっきりしているような感じはない。

 多分、寝ぼけたまま素で甘えてきているんだろう。

 俺を認識しているかは怪しいけど、あまりにもかわいいのでソッと抱きしめて、優しく頭を撫でてあげる。


「えへへ……」


 撫でられるのが好きなルナは、かわいらしい笑みをこぼしながら俺の体に腕を回してきた。

 優しく力を入れ、俺と同じように抱きしめ返してくる。

 スリスリと擦りつけてきていた顔は、今度は俺の胸に押し付けられていた。


 やっぱり、起きているのだろうか?


「…………」


 甘えん坊のルナに気を取られていると、ふと視線を感じた。

 それによって視線を感じるほうを見てみると、興味深げにアイラちゃんが俺とルナを見下ろしていた。


 いや、視線から察するに、どうやら甘えているルナを見ているようだ。


「おはよう、アイラちゃん。よく眠れた?」


 目が合ったので、一応挨拶をしてみる。

 すると、アイラちゃんは小首を傾げてしまった。


「私は必要なだけ睡眠を取りましたが、聖斗様は眠れなかったようですね?」


 俺の質問に対して誤魔化すように答えながら、アイラちゃんは俺が寝不足なことを見抜いてきた。


「ちゃんと眠ったよ」

「それが嘘だということくらいは、私にはわかります」


 心配をかけないように答えたのだけど、やはり簡単に見抜かれてしまったようだ。


 アイラちゃんの言う通り、俺はベランダでアイラちゃんと話した後、ルナと同じベッドに入ったものの、かわいくて煽情的な彼女の姿に刺激されて、眠ることができなかったのだ。

 彼シャツ姿のルナと一緒に寝るのは一度や二度じゃないけど、彼女が俺を好いてくれているのがはっきりとしたことで、今まで以上に彼女のことを意識してしまっている。


 元々一緒に寝始めた頃だってなかなか寝付けなかったのに、それが悪化してしまえば寝付けるはずがなかった。


「まだ起きるには時間がありますし、私が起こしますので寝坊の心配もございません。仮眠をお取りになられてはどうでしょうか?」


 俺の体調を心配してくれているのか、アイラちゃんのほうから仮眠を提案してくれた。

 俺はチラッとルナに視線を向けてみる。


 腕の中にいるルナは動きを止めており、またスヤスヤと寝息が聞こえてきていた。

 軽く甘えて満足し、また寝始めたんだろう。

 一緒に寝始めたばかりの頃もルナはなかなか起きれないタイプだったので、朝は弱いようだ。


 彼女がまた寝始めているのだし、俺も寝たらいいとは思うものの――正直、寝られる気がしない。


「中途半端に睡眠を取るほうがしんどそうだから、遠慮しておくよ」

「授業中に寝たりしませんか?」

「まぁ、それは……多分、今から仮眠しても結果は同じだから」


 寝ないとは言いきれない。

 もちろん起きておくように頑張りはするものの、ただでさえ授業は学生にとって睡魔との戦いなのだ。

 この寝不足の状態で寝ないと明言することはできなかった。


「自己管理ができなかったり、だらしなく見えたりすれば、王家からの評価が下がることはご理解頂ければと」


 アイラちゃんは遠回しに、お前の生活態度はちゃんと見られているぞ、と忠告をしてくる。

 教室にルナがいるのだから、護衛の人たちが遠巻きで見ているんだろう。

 同じクラスである俺も見られていて、それが王家に報告されるってことのようだ。


「あまり評価を下げると、婚約破棄ってことか……」

「いえ、それはございません。ルナ様が、お許しになられないでしょうから」


 思ったことを呟くと、アイラちゃんにすぐ否定をされてしまった。


「じゃあ、どうなるのかな……?」


 嫌な予感がして聞くのは怖かったものの、聞かないのも逆に怖いので、俺は恐る恐るという感じで聞いてみた。


「決まっています、その根性を叩き直すのです。強制的に」


 俺の質問に対し、アイラちゃんはとてもかわいらしくニコッと笑みを浮かべた。


 うん、やっぱりこの子Sだ。

 それも、ドがつくほうだと思う。


「その役目は、アイラちゃんが担うってわけだね……」

「ご理解が早くて助かります。私もルナ様が大切に想われている御方に厳しいことはなるべくしたくございませんので、そのようなことにならないよう先に忠告をさせて頂いています」


 本当かな……?

 そんなこと、思っているようには思えないけど……。


 むしろ、嬉々としてやりたがっているように見える。

 授業中、絶対に寝るわけにはいかないな……。


「――とまぁ、本気はおいておきまして」

「いや、そこ冗談っていうところじゃないかな?」

「もしもの場合は、実際に行いますので冗談ではございません」


 話の流れ的におかしくてツッコミを入れると、真顔で返されてしまった。

 おかしい、アイラちゃんが先にボケたくせに。


「アルカディアから持ってきておりますハーブの中に、寝不足や疲労によく効くものがありますので、すぐにお茶をれますね」


 アイラちゃんはそう言うと、キッチンのほうに向かってしまう。

 俺のためにハーブティーを淹れてくれるようだ。


 全く……いじわるなんだか、優しいんだかわからない子だ。


 まぁ多分、根が優しい子なんだろうけど。


 俺は心の中でアイラちゃんに感謝しつつ、くっついて眠り始めたルナへと視線を向ける。


 アイラちゃんがルナを見ていたのは、寝ぼけた顔や寝顔が見たかったからだろう。

 こんなにもかわいらしい寝顔は見ていて癒されるので、その気持ちが俺にはわかる。


「ルナはかわいくて優しい従者がいて、幸せだね」


 彼女に尽くしているアイラちゃんを思い浮かべながら、俺は子供のように無防備に眠るルナの頬を、優しく撫でるのだった。

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