第35話「求められていること」

「余計なこと、か……確かにそうかもしれないね」


 俺が考えていたことは、ルナに釣り合っていないということだった。


 じゃあ、どうするのか――と考えた時に、多分自分をルナと釣り合うように磨く、という考えには至らなかっただろう。

 頑張れば届くというのならもちろん磨くけど、頑張ったところでルナのところには到底届かない。


 そうなれば身を引くしかなく――今のルナを見る限り、それは彼女を悲しませることになるはずだ。


「ありがとうね、アイラちゃん」


 俺が馬鹿な答えを出さないように止めてくれたアイラちゃんに対し、俺は笑顔でお礼を言う。


「いえ、私はごく当たり前のことしかお伝えしておりませんので」


 そんな俺の言葉に対し、アイラちゃんはまた無表情に戻って素っ気ない態度を見せた。

 まるで、あまり他人に感情を見せたくないみたいだ。


 まぁ幼いのにルナのお世話係兼護衛をしているくらいだから、何か訳アリなんだろうけど……。


「それはそうと、俺はルナの婚約者としてどうしていればいいのかな?」


 関係として婚約者になったものの、王族の婚約者ならいろんなしがらみやら、しきたりがありそうだ。

 漫画やゲームの世界だと、特別な特訓を受けさせられたりしそうだけど……。


「今のところは特に何も。王家も、ルナ様と聖斗様の今後に関しましては、頭を悩ませておられますので」

「そうなの?」

「はい。本来であれば聖斗様もお連れしてルナ様はアルカディアに――となるはずですが、ルナ様も、他の王女の皆様も、それを望んでおりませんので」


 強制的にアルカディアに連れていかれるわけじゃない――というのは安心だけど、少し意外だった。

 高校卒業後すぐに、アルカディアに連れていかれるんじゃないかと思っていたから。


「ルナは、アルカディアのことが嫌だったりするのかな?」


 故郷なのに、帰りたくないというのが引っかかった。

 元々、普通の生活に憧れていたようだし――嫌なことがあるんじゃないかと。


「いえ、ルナ様は祖国のことを愛しておられます」


 しかし、俺の勘は外れたようだ。


「じゃあ、どうして……?」

「聖斗様のことを一番にお考えになられていること、王家のいざこざやしきたりなどになるべく聖斗様を巻き込みたくないこと、アルカディアに戻ってしまうと王家の暮らしに戻ってしまい、今のような生活を送れなくなってしまうこと、などが理由かと」


 話を聞く限り、俺のことを優先してルナは帰りたくないと考えているようだ。

 そこに俺と離れる選択肢はないということにホッとしつつ、優しい彼女に気遣わせてしまっていることが気になりもする。


 だけど――正直、王家のいざこざなどに巻き込まれないのは、有難かった。


 俺が王家に入れてもらえたとしても、うまくいく未来が見えないから。

 王族や貴族に必要な教養とか、全くないし。

 なんなら、英語がほとんど話せないしね……。


「他の王女は、ルナの気持ちを優先して合わせてくれている感じかな?」


 ルナが戻りたがらない理由はわかったけど、他の王女たちがルナの帰りを望まないとは思えない。

 ということで、そう予想してみたんだけど……。


「第一王女と、第八王女はそうでしょうね」


 どうも、そうではないらしい。

 言い方的に、第二から第六王女は別の理由があるようだ。


「他の王女たちは、何を考えているの?」


 こんなもったいぶるような言い方をされてしまえば、当然俺も気になる。

 だから聞いてみた。


「お伝えしました通り、王位継承権第二位は、ルナ様でございます。それはつまり、第一王女に万が一のことがあった場合――ルナ様が、女王を継ぐということになります。当然、ルナ様の姉君あねぎみたちにとっては、面白い話ではございません」


 まぁ普通なら、生まれた順に継承権は付けられる気がする。

 それなのに第七王女のルナが第二位になってしまえば、確かに第一王女を除いた姉たちは思うところがあるだろうな。


「ルナは、その人たちから嫌われているということ?」


「そう単純な話でもないのです。ルナ様は誰からでも愛される性格をしておりますので、他の皆様もルナ様を嫌ってはおられないでしょう。しかし、心の底では邪魔な存在と思っておられる。王女といえど、嫉妬や劣等感は抱かれますので」


 う~ん……。

 理想の国とわれるアルカディアのお姫様たちで、しかもルナのお姉さんたちだから、ルナと同じような性格の人たちを想像していたけど……そうでもないらしい。


 あの子は人を見る目があるということだし、汚い大人たちを幼い頃から見ていたのなら、腹に一物かかえる姉たちのことも理解しているだろう。

 自分が日本に行くと言った時に、姉たちが賛同してくれたことを、あの子はどう思ったのだろうか。


 少し、心配になった。


「もしかして、嫌がらせとか妨害をしてきたりする……?」

「その心配もご無用かと。ルナ様が目の上のたんこぶでなくなった以上、ルナ様に嫌な感情を抱かれることはありませんし、何より今余計なことをして万が一にでもルナ様がアルカディアにお帰りになることになれば、お困りになるのは王女の皆様ですから」


 なるほどね……。

 となると、そちらも心配しなくて大丈夫そうか。

 ルナが日本にいれば、彼女も安全なわけだし。


「ですが――第八王女だけは、わかりません」

「えっ……?」


 ホッとしたのもつか

 アイラちゃんが、不穏ふおんなことを言ってきた。


「第八王女って……ルナの妹だよね……? あれ、彼女はルナの気持ちを優先してくれた子で……」

「えぇ、第八王女は、ルナ様のことが大好きな御方なので。当然、ルナ様の気持ちを優先される御方ですが――大好きだからこそ、時には厄介なことにもなりかねないのです」

「……?」


 アイラちゃんの言っている意味がわからず、俺は首を傾げる。

 大好きなのに、嫌がらせをしてくるとは思えないけど……。


「その上、第八王女は私と同じ年齢なのにもかかわらず、少々性格が幼いところがございます。時にはバ――目を覆いたくなるようなことを、なさってしまう御方なので」


 えっ、今馬鹿って言いかけた?

 絶対言いかけたよね?


 そう思うものの、アイラちゃんの無表情が《ツッコミは許さない》と物語っている気がした。

 だから俺は余計なことを言わないよう、口をつぐむ。


「何か対策とかしておいたほうがいい……?」


 よくわからないけど、厄介なことをしてくるなら準備はしておきたい。

 そう思ったのだけど――。


「いえ、あまりお気になさらなくて大丈夫でしょう。ルナ様がお味方なされている以上、第八王女がお相手になることはございませんので」


 淡々と告げるルナちゃんだけど、多分この子、第八王女のことがあまり好きじゃないんだろう。

 今の言い方的にも、敵対することはない、というニュアンスではなく、敵ではない――格が違う、みたいなニュアンスに聞こえた。


「まぁ、それならいいけど……」

「聖斗様はそのようなご心配をなさるよりも、ルナ様のことをお考えください」


 アイラちゃんは、第八王女のことは置いといて、ルナのことを考えるよううながしてきた。

 確かに、ルナのほうが遥かに大切だ。


「どうしたら、ルナは喜んでくれたり、ルナのためになるのかな?」


 特に深い考えはなく、なんとなく思ったことを聞いてみた。


 しかし――それが良くなかったようで、アイラちゃんには呆れたような目を向けられてしまう。


「それは明白でしょう。ルナ様のことを、沢山甘やかしてあげてください」


 何を今更――と言いたげな目で、アイラちゃんは答えてくれた。


 まぁ間違いなく、甘やかしてあげたらあの子は喜んでくれるだろうな……。

 愚問ぐもんだったか……。


 そんなことを考えていると、アイラちゃんは言葉を続けるように口を開く。


「ルナ様は、みなの前では凛々しくて優雅に振る舞っておられますが、それは王族としてそうあるように求められているからです。本当のルナ様はとても甘えん坊なのですが――そのことを知っておられるのは、第一王女と私くらいでした。そんな中、聖斗様には素をお見せになられているのは……本当のルナ様を、聖斗様に愛して頂きたいからです。ですから聖斗様は、今のルナ様と向き合って頂き、沢山甘やかして頂ければ十分でございます。そして、日本で沢山遊びに連れて行ってあげてください。ルナ様は、遊園地などに行ったことがございませんので」


 そう教えてくれたアイラちゃんは、また優しい笑みを浮かべているのだった。


 本当に、ルナのことが大好きなのだろう。

 そして俺も、彼女が喜ぶ姿が見たいので、今度の休みにはルナを遊園地に連れて行くことを心に決めたのだった。

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