第34話「夜空の下で二人きり」

 ベランダに出ると、街灯以外の明かりはついておらず、辺りはシーンと静まり返っていた。

 物寂しさを覚えるような雰囲気だけど、俺は嫌いではない。

 空を見上げると、満天の綺麗な星と満月が輝いている。


 都会だと家やらお店やらに電気がついていたり、田舎ほど空が澄んでいなかったりするなどの話を聞くので、こんなにも綺麗な夜空を見られるのは田舎の特権なのかもしれない。


 そんな中俺は、誰に話しかけるわけでもなく独り言を呟いてしまう。


「お姫様の、婚約者……か」


 本当にこれでよかったのかな、という気持ちがいてくる。


 ルナはとてもかわいくていい子だし、あの子の笑顔を見ることも、あの子に甘えられることも凄く好きだ。

 何より、彼女と一緒にいる時間はとても幸せに思う。


 ――だからこそ、自分の不釣り合いさが気になった。


 立場や身分、見た目や人柄に関して、俺は全然ルナと釣り合っていない。

 王族として裕福な暮らしをしてきた彼女が、満足して幸せな日々を暮らせるような環境を、俺なんかに作れるのだろうか……?


 そんな不安に、呑まれそうになる。


「――眠れませんか?」

「――っ!?」


 不意に声をかけられ、俺は慌てて後ろを振り返る。

 そこには、無表情でジッと俺の顔を見上げてきている、アイラちゃんが立っていた。


「ごめん、起こしちゃったかな?」

「ご心配はいりません。まだ眠りについていなかっただけですので」


 俺が寝ていないから、ルナに変なことをしないか警戒していたのだろうか?

 幼いんだし、ちゃんと寝てほしいところだけど……。


「一応お伝えしておきますが、私はルナ様とは二つ、聖斗様とは三つしか年齢が変わりません。あまり、子ども扱いをしないようにお願い致します」


 俺は顔に出してしまったのか、アイラちゃんは不満そうに目を細めた。

 三つということは……俺が今十六だから、十三歳ってことか。

 十分子供のような気がするけど……。


 言葉にすると怒りそうだから、言わないけど。


「ルナも、年下だったんだね」

「お誕生日をお迎えになられておられないだけですので、ご心配なきよう」


 なるほど、学年自体は偽っていないということか。

 俺は既に誕生日を迎えているから、年齢差が生まれているだけのようだ。


「そっか、安心したよ」


 恋愛的な意味ではなく、倫理的な意味で。

 普通に俺と同じ学校に通いたいという理由で、年齢詐称をされていると後ろめたくなるからね。


 まぁそれを言うと、アイラちゃんは年齢詐称をしていることが確定してしまったのだけど、この子の場合はルナを守るためだから仕方がない。


 ――と、割り切るしかなかった。


「何かご心配ごとがございますか?」


 もう年齢についての話は終わったと思ったんだろう。

 ベランダに出て夜空を見上げていた理由を、アイラちゃんは尋ねてきた。


「…………」


 普通なら、誤魔化したほうがいいのかもしれないけど――。


「やっぱり、どうしても考えちゃうんだ。俺なんかが、ルナの婚約者でよかったのかなって」


 きっとこの子には見透かされてしまう。

 そう思った俺は、いっそ正直に話して、彼女に話を聞いてもらうことにした。


「ルナ様と比較をされてしまった場合、おそらく対等な男性などこの世に存在は致しません」


 やはりアイラちゃんは、ルナが大好きなのだろう。

 そうでなければ、あるじとはいえ普通こんなことを言いはしない。


「それでも、マシな男の人はいるでしょ? ほら、元婚約者の貴族の人とか」


 話に聞く限り、地位、見た目、人柄などでルナに大きく劣ることはないようだ。

 少なくとも、俺よりは圧倒的に上な男性だろう。


「もう既にお伝えしたことですが、ルナ様は聖斗様をお選びになりました。それが全てなのです」


 ルナが選んだ以上、ごちゃごちゃ言うな。

 単純な比較の問題じゃないんだ、とアイラちゃんは言いたいんだろう。


「ルナは俺のどこがよかったんだろうね?」


 純粋な疑問と、根拠がほしかった。

 ルナは莉音に対して熱弁をしてくれたけど、本当にそれが全てなのだろうか?

 過ごした時間でいえば、普通の人の感覚では《表面や取り繕った部分くらいしか見えてない》と言われてもおかしくない。


「……ルナ様は、とても賢くてお優しい御方ですが、お人好しではございません。幼い頃からいろいろな大人を見て育ったことにより――人を見る目には、けておられる御方です。そのルナ様に選ばれたのですから、もっとご自身に自信を持ってください」


 アイラちゃんはそう言うと、俺の左胸に自身の右手を添えてきた。

 言葉にしている通り、ちゃんと自信を持てということなのだろう。


 確かに、王族ならいろんな大人を見る機会がありそうだ。

 きっと、下心やら野心を秘める大人たちを沢山見てきたのだろう。

 純粋で天然なお姫様みたいだから、悪い人間など知らないと思っていたけど――むしろ、逆だったようだ。


 それにしても――こうして二人きりで話すと、アイラちゃんの印象がだいぶ変わる。

 相変わらず無表情で淡々と話しているけど、言葉には優しさが込められているような気がした。


 やっぱり根は優しい子なのかもしれない。

 タイプは違うけど、莉音みたいな子だ。


「自信、か……。人柄はルナに保証されてるのかもしれないけど、お姫様を不自由なくやしなうのは難しいと思うよ……?」


 おそらく、生活費などはルナが苦労しないように王家から出してもらえるだろう。

 だけど、結婚してまで王家に頼らなければいけないようであれば、男として駄目だと思った。


 好きな女の子くらい、自分で養いたい。


「それも、ご心配はいりません。ルナ様は、王家やアルカディアのような暮らしを求めておられませんので」

「えっ、そうなの……?」


 いい暮らしをしている人はそれが基準になっているから、てっきりルナもそういった暮らしを求めていると思ったけど……。


「一度でも、今の暮らしにルナ様が不満の言葉をおっしゃられましたか?」

「それは……」


 言っていない。

 むしろ、とても幸せそうにしてくれている。


 でも、それは……ルナが、凄く優しい子だから……俺に気を遣っているだけだと思う。


「ルナ様は昔から王女である生活ではなく、一般家庭のお嫁さんになることを夢見ておられました。今の生活はルナ様にとって、夢のような生活なのです。ですから、わざわざ王族のような暮らしを求めたりなど致しません」


 アイラちゃんの言葉を聞いて思い出した。

 ルナは何度か、《憧れていた》という言葉を漏らしていた。


 そっか……最初から、深く考えることはなかったんだ……。


「ルナ様の幼き頃からの夢は叶えられ、今もとても幸せそうに暮らされておられる。ルナ様にとっては、聖斗様がお隣にいてくださるだけで十分なのです。余計なことをお考えになられるのは、もうおやめください。逆に、ルナ様を不幸にしかねませんので」


 そう言ってくれたアイラちゃんは、ニコッとかわいらしくて優しい笑みを浮かべたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る