第33話「言葉にする代わりに」

「えへへ……」


 ベッドの中で体を抱き寄せ、優しく頭や頬を撫でると、ルナは子供のようにかわいらしい笑みを浮かべた。

 とても幸せそうで、見ていて心がなごむ。


 アイラちゃんは何も言ってこないし、卑猥ひわいなことをしなければ許されるんだろう。


「ルナは撫でられるのが好きなの?」


 誰が見ても今のルナは、撫でられることを喜んでいるように見える。

 猫が撫でられる際、目を瞑りながら頭を押し付けてきたりするが、ルナも自分から頭を押し付けてきたり、頬を擦り付けてきたりしていた。

 だから、聞いてみたのだけど――。


「……聖斗様だから、ですよ……? 誰でもいいわけではございません……」


 ルナは恥ずかしそうに、俺の胸に顔を押し付けてきた。

 どう捉えられたのかはよくわからないけど、《俺だから》と言われて嬉しくないはずがない。

 この子は、甘え上手だと思う。


 まぁルナからすると、素で甘えてきているだけなんだろうけど。


「これからも、撫でていいのかな……?」


 ルナがあまりにもかわいすぎて、頭を撫でたくなる時がある。

 その時は我慢しているし、彼女から求めてくれない限り自分からは撫でづらかったのだけど――ルナが撫でられるのが好きなら、事前にオーケーをもらえれば問題ない気がした。


「いいも何も……わたくしは、とても嬉しいですよ……?」


 俺の質問に対してルナは、顔を俺の胸から離して期待したような熱っぽい瞳を向けてきた。

 言葉にしている通り、撫でられたほうが嬉しいんだろう。

 それなら、これからは人目がない限り遠慮しなくて良さそうだ。


「そっか、安心したよ」

「聖斗様はお優しいので、私にお気遣いをしてくださっているのでしょうけど……私は、聖斗様にしていただけることでしたら、なんだって嬉しいのです……」


 ルナはそう言うと、甘えるようにまたスリスリと顔を俺の胸に擦り付けてきた。

 さすがに言葉にしている通りではなく、嫌がることをすれば当然嫌がるはずだ。

 言っていることは要するに、遠慮せず甘やかしにこいってことだろう。


 俺もルナを甘やかすのは好きなので、嬉しい限りだった。


「そんなこと言って、俺がとんでもないことをしたらルナはどうするの?」

「かまいません、既に婚約者なのですから。責任を取って頂ければ、十分なのです」


 それはつまり、責任を取らなかったら許さないぞ、ということのようだ。

 まぁ結婚するまでは性行為をするつもりはないようだし、彼女は多分キスレベルのことを言っているんだろうけど。

 純粋そうなので、それより先の知識はあまりなさそうだ。


 ――いや、アイラちゃんあたりが吹き込んでいるのか……?


 この子のいたずらというか、ルナにいろいろとさせているところを見るに、教えていてもおかしくないと思った。


 実際、王家の教育ってどうなんだろう?

 どこまで教えているのか……それは、気になってしまう。

 なんせ、今後は俺にも大きく関係するのだから。


 性行為は結婚までしないとか言ってるくらいだから、そういう行為があることは知っているはずだけど……うん、本当どうなんだろう……?


「…………」


 そんなことを考えていると、背中側から視線を感じた気がした。

 多分、アイラちゃんが上半身を起こして、ジッと俺のことを見つめているんだろう。


「大丈夫、強引にするなんてありえないから……」

「……?」


 俺が言った意味がわからなかったようで、ルナがキョトンとした表情をする。

 だけど、この言葉を投げかけた相手にはちゃんと意味が通じたようで、背中に感じていた視線はなくなった。

 そして布が擦れるような音がベッド下から聞こえてきたから、また寝直したようだ。


 ……危なかった……。 


 ルナが結婚してからを望むなら、俺もその意思は尊重したいし、尊重しなければならないと思っている。

 だから、強引にすることはないんだけど――アイラちゃんが俺の仕草を勘違いしてしまう可能性が、十分にあるのだ。

 誤解を招くことは避けたほうがいいだろう。


 もし誤解を招けば――現在俺の背中側で息をひそめている小さな女の子によって、この世から消されることになるかもしれない。


「えっと……もし、何か思うところがあったら遠慮なく言ってね? 俺は察しが良くないから、言ってもらったほうが助かるんだ」


 俺は誤魔化すように、ルナに笑顔を向けた。


「それは……難しいです……」

「えっ?」


 彼女から返ってきた答えはとても意外なもので、俺は思わずルナを見つめてしまう。

 ルナは顔を上げて俺のほうを見たのだけど、頬をほんのりと赤く染めながら目を逸らしてしまった。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「甘やかしてください、とお伝えするのは……中々に、お恥ずかしいのですよ……?」


 そう教えてくれると、ルナはまた俺の胸に顔を押し付けてきた。

 今度は甘えるようにではなく、照れ隠しをするかのようにグリグリと顔を押し付けてくる。


 なんだ、このかわいい生きものは。


「そ、そっか、ごめんね」


 ルナが恥ずかしそうに悶えているので、俺は謝りながら頭を撫でる。


 だけど、少し弁明をさせてほしい。

 俺が伝えたかったのは、嫌なことがあったら遠慮なく言ってほしいってことだったんだけど……ルナは、甘やかされることしか頭にないようだ。

 どこまでもかわいくて、俺のツボにはまってしまう。


 ただでさえ見た目は絶世の美女並に美しくてかわいいのに、中身までかわいすぎるとか反則だ。

 こんなの、ほとんどどころか男なら全員惚れるんじゃないのか、と言いたくなる。


「言葉にするのはお恥ずかしいですが……そのような気持ちになった場合は、こうさせて頂きます……」


 俺が謝ったからか、ルナは続けて代案を出してきた。

 それは――今現在している、顔を俺に擦り付けてくる行為を指しているんだろう。


 言葉にするのは恥ずかしいから、行動で示す。

 後は察してくれ、とのことだ。


 これのほうが、恥ずかしい気もするんだけど……。


「うん、わかったよ」


 こうやって甘えてきていること自体がとてもかわいいので、俺には受け入れる以外の選択肢なんてなかった。


 とはいえ、人前でこんなふうにされてしまうと困るのだけど。

 周りの目が気になってしまうし、あまりいちゃいちゃを見せつけるようなことはしたくないのだ。


 その後は、ルナは俺の胸に顔を擦り付けてきたり、自分から手を繋いできてニギニギと握って遊んだりなど、好き放題甘えてきていた。

 俺はただ彼女がすることを受け入れるだけで、その合間に頭を撫でたり頬を撫でたりしていただけだ。


 それでも――凄く楽しくて、心地いい幸せな時間だった。


「――すぅ……すぅ……」


 やがて甘え疲れたルナは、俺にくっついたままかわいらしい寝息をたてだした。

 アルカディアから来てもないし、転校だったり莉音の相手だったりで、疲れてもいたはずだ。

 このままゆっくりと静かに寝させてあげたい。


 そう思った俺は、ルナの眠りが深くなるのを待ち――二時間ほどして、ベッドから出た。

 そしてそのまま、ベランダへと出るのだった。


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