第27話「かわいらしいおねだり」

「また、二人きりになってしまいましたね……?」


 構ってほしそうにソワソワとしているルナは、わざわざ言葉にしてきた。

 俺から誘うのを待っているんだろう。


「アニメ、見よっか?」


 既に晩御飯の買いものも済ませているため、もう後はご飯の時間までのんびりすることができる。

 莉音や俺に説明をして疲れもしただろうし、ゆっくり休んでもらいたかった。


「あっ――ありがとうございます♪」


 ルナは声を弾ませながらお礼を言うと、俺にくっついてきて肩に頭を乗せてきた。

 この体勢を気に入っているんだろう。

 彼女のような美少女にくっつかれて、俺は鼓動が早くなり大変なのだけど、ルナは幸せそうに頬を緩めているので駄目だとは言えない。

 そのままいつものようにテレビをつけ、配信サイトのアニメを映す。


 そうして、ルナが好きなアニメを見ていると――。


「聖斗様は、私にお聞きしたいことはございませんか?」


 突然、ルナが俺に尋ねてきた。


「急にどうしたの?」

「莉音様はいろいろとご質問をなされておりましたが、聖斗様は黙っておられましたので……」


 どうやらルナは、俺が遠慮して何も聞かなかったと思っているようだ。

 まぁ正直、話についていくのでいっぱいいっぱいになってたんだけど――。


「莉音が聞きたいことは聞いてくれたってのと、俺にとって嫌なことがなかったからね。ルナが隣にいてくれるだけで、俺は十分なんだよ」

「――っ」


 笑顔で言うと、ルナは息を呑んで俺から顔を背けてしまった。


 どうしたんだろう?

 耳がほんのりと赤くなっている気がするけど……。


『とても嬉しいですが……聖斗様は直球でおっしゃられるので、困ります……』


 何やらルナは英語をブツブツと呟いている。

 独り言なんだろうけど、やっぱり何を呟いているのか気になってしまう。

 なんせ、呟いているのは状況的に、俺のことだろうから。


「ルナ、どうかした……?」

「い、いえ、なんでもございませんよ? 聖斗様にそのようにおっしゃって頂けて、私は幸せです」


 俺のほうを再度見たルナは、頬を赤く染めており、ニコッとかわいらしい笑みを浮かべた。

 もしかしなくても、照れていたのかもしれない。


 やっぱり、かわいい子だよな……。


 王女様――要は、お姫様なわけだけど、こうして接する彼女はそこら辺にいる一般的な女の子とそう変わりない。

 何か壁を感じたり、別世界に住んでいるように感じたりすることもなく――親しみやすい子だ。


 王女様らしくあろうとする凛とした彼女も素敵だとは思うけど、俺はこの天然で優しく、そして甘えん坊な彼女のほうが好きだった。


「これからどうなるのか、とか、王女様の婚約者ってことは、大変な日々が待ってるのかもしれないけど――俺、頑張ってみるよ」


 未だ婚約者という実感はなく、どういうことを求められるのかわからないけど、ルナは頑張って俺のもとに帰ってきてくれたんだ。

 今度は俺が頑張る番だろう。


 ……まぁ、アイラちゃん並に戦闘技術を身に着けろ、とか言われたらついていける自信はないのだけど。


「私の都合を一方的に押し付けてしまっただけですのに……本当に、嬉しいです……」


 ルナはそう言うと俺の腕に抱き着き、スリスリと甘えるように顔を擦りつけてきた。

 本当にかわいくて仕方がない。


 むしろ俺からしたら、ルナみたいな容姿性格共に半端なくかわいい子が、一般人の俺を選んでくれたんだ。

 嬉しくはあっても、迷惑なことなど一つもなかった。


「王女様と婚約だなんて、それこそルナが大好きなアニメや漫画みたいだね?」


 常識的に考えて、現実でこんなことが起きるなど普通はありえない。

 みんなに言ったところで、誰も信じないだろう。

 夢を見ているとか、二次元との区別がつかなくなったとか思われるのがオチだ。


「ふふ、それは私も思います。聖斗様が私を助けてくださったことも、アニメのようだったのですよ?」


 ルナは嬉しそうに俺の言葉に同意してくれる。

 彼女の言う通り、さらわれそうになっている場面に出くわし、女の子を助けること自体普通はありえないことだった。


 まぁ実際は攫われそうになっているわけではなく、連れ帰られそうになっていただけなんだけど――それでも、ありえないはずだ。


 あれから、全てが始まったんだよな……。


「火事場の馬鹿力って奴なんだろうね。今振り返っても、もうあんなふうに助けることはできないと思う」


 ルナが言っていたけど、あの黒服二人は厳しい訓練を受けていたらしい。

 そんな人たちに、スポーツもせずのほほんと生きてきた俺が勝てたことは、奇跡でしかないのだ。

 二度目はないだろう。


「あの時の聖斗様は、まるでお姫様を助けに来られた、勇者様のようでした」

「さすがにそれは言いすぎだよ」


 もし勇者なら、あまりにも頼りなさすぎる。

 国など一瞬で魔王に滅ぼされそうだ。


「私には、そのように見えたのです」


 俺が笑ったのが気に入らなかったようで、ルナはプクッと頬を膨らませた。

 見た目や他の人がいる時の彼女からは想像がしづらいけど、やっぱり根は子供のようなところがある。


「ごめん、馬鹿にしたわけではないんだ……」

「もちろん、わかっておりますが……」


 ルナはまだ不満そうに、グリグリと顔を俺の腕に押し付けてくる。

 俺はそんなルナに困る反面、かわいいとも思ってしまった。

 

 正直癒されているまである。


「あっ、そういえば……」

 

 ルナを見つめていると、ふと気になっていたことを思い出し、尋ねてみることにした。


「莉音は尋ねなかったけど、ルナが偽名を使っているのは王女様だということを隠すため?」


 彼女が学校で名乗ったのは、ルナーラ・アルフォードという名前だった。

 しかし、実際の名前は全然違い――王女ということも、明かしていない。

 その理由として考えられるのが、身分を隠すためだ。


「はい、王女であることが知られてしまいますと、自由が利かなくなってしまい、危険も出てきますので。私だけではなく、聖斗様にも危険が及んでしまいかねませんので、偽名を使うようにさせて頂いたのです」


 やはり、俺の勘は当たっていたようだ。

 というか、それくらいしか考えられないから、外しようもないのかもしれないが。

 だから莉音もわざわざ聞かなかったんだろう。


「アイラちゃんも偽名なの?」

「聖斗様は、アイラのお話ばかりです。私よりも、アイラのほうがお気になるのですか?」


 アイラちゃんのことを尋ねると、ルナは再び小さく頬を膨らませてしまった。

 どうやら勘違いされてしまったようだ。


「ち、違うよ? 恋愛感情はなくても、気にはなるでしょ? ルナといつも一緒にいる子なんだし」


 決して恋愛感情でアイラちゃんが気になっているわけではない俺は、すぐに理由を説明した。

 こんな話で拗ねるだなんて、あまりそういうイメージはないけど、ルナは嫉妬深いのかもしれない。


「それなら、よろしいのですが……」


 一応納得してくれたらしく、ルナは小さく頷いて俺の目を見てくる。


「アイラは、正式名です。名前を公表されていない子ですので、わざわざ偽名を使う必要もない、と判断されたようです」


 ルナの言い方的に、ルナとアイラちゃんで決めたわけではないようだ。

 そういうのを考えて決める人たちがいるんだろう。


 用心をするなら、一応アイラちゃんも名前を変えたほうがいいと思うが……。


 王家などの身内でしか名前を知られていないのなら、問題はないようだ。


「お話を変えさせて頂くのですが、王女である私と一緒にいることに関する不安があるかもしれません。ですが、安全面に関してはご安心頂ければと考えております。アイラをはじめとした優秀な護衛たちが、変装をして私たちを常にお守りしてくださっていますので」


 ルナは、俺の気持ちを理解してくれたはずなのに、アイラちゃんの話を強引に終わらせるように別の話をしてきた。

 先程はアイラちゃんに関して自慢げに話していたのに、複雑な感情があるんだろう。

 彼女の前ではあまり、アイラちゃんを褒めたり気にかけるようなことは言わないほうがいいのかもしれない。


 それはそうと、通りでアイラちゃんがルナからあっさりと離れていたわけだ。

 俺は気が付かなかったけど、帰っている最中も別の護衛の人たちがついてくれていたらしい。


「それなら安心だね」


 何も不安に思っていないよ、というのが伝わるように俺は笑みを浮かべた。

 その気持ちが通じたのか、ルナはその話に関して続けて何かを言うようなことはせず、俺の肩へと頭を乗せてくる。


 そして――

「聖斗様……頭を、撫でて頂けますか……?」

 ――話すことやアニメよりも甘えたくなったらしく、かわいらしいおねだりをしてきたのだった。 

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