第25話「謝礼金」
「ルナ様……」
ルナの発言にいち早く反応したのは、意外にもアイラちゃんだった。
無表情なのに、少し不満そうに見えた気がする。
「アイラの
ルナはそう言うと、チラッと莉音を見る。
既に体の関係を持っていることを知った莉音が、俺を問い詰めたり、冷遇したりするということを、ルナは察したんだろう。
……ゴミを見るような目を莉音は俺に向けてきていたのだし、それも当然かもしれないけど。
「そう……まぁ、聖斗に手を出す度胸なんてないと思ってたから、信じてはいなかったわ」
莉音は素直にルナの言うことを信じたようだ。
だけど、待ってほしい。
あのゴミを見るような目――絶対莉音は、俺がルナと肉体関係があると思っていたはずだ。
さすがにそれくらいはわかる、
「でも、その女王様たちは信じているのでしょ?」
莉音の圧は弱まり、試すような目でルナを見る。
説明をしていたアイラちゃんではなくルナに尋ねたのは、ルナが自分から話すようになったからだろう。
「えぇ、その通りです。真実を知っていますのは、アイラと第一王女のお姉様だけですから」
おそらく、名前を言っても俺たちにはわからないと思ったんだろう。
ルナはわざわざ、第一王女と表した。
先程からアイラちゃんも他の王女と切り離した言い方をしていたし、第一王女とルナは特別仲がいいようだ。
まぁルナなら、誰とでも仲良くできそうだけど。
「そこまでして聖斗と婚約関係になろうとするなんて……それほど、元婚約者は酷い相手だったのかしら?」
「いえ、そうではありません。ルナ様は先程申し上げました通り、国民からも人気が高く、王位継承権は第七王女にもかかわらず、第二位です。つまり、もし第一王女に何かあった場合は、ルナ様が女王を継ぐことになり――婚約者も、慎重に選ばれました」
長ったらしい説明だからか、アイラちゃんがまた話に割って入る。
ここからはまた、彼女が説明をしてくれそうだ。
「慎重に選ばれたってことは、貴族として力がある家の長男とかかしら?」
「えぇ、アルカディアでも遥か昔から王家を支える優秀な家系の貴族であり、国内でも一、二を争う美男子として評判のお相手でした。もちろん、人柄も優れている御方になります」
「…………」
アイラちゃんの説明を聞くと、莉音が俺の顔を見てくる。
そして何も言わず、視線をルナへと向けた。
「そんな相手がいて、どうしてわざわざ婚約を破棄する必要があるの? ましてや、選んだ相手が日本の一般家庭の学生だなんて、納得がいかないわ」
俺も莉音と同じ気持ちだ。
てっきり、王家を敵に回すようなことをしてまで婚約破棄をしたというから、酷い相手なのかと思ったけど――話を聞く限り、そうではない。
むしろ、進んで婚約者としてお願いしたようなレベルの相手じゃないだろうか?
ルナは、いったい何を考えているのだろう?
「私は、自分でお相手を選びたいのです。決められた御方との婚約など、認めるわけにはいきません」
初めて、ルナが静かな怒りを見せる。
揉めていたようだし、いろいろと思うことがあるのだろう。
「まぁ、気持ちはわからないでもないけど……」
ルナの表情が演技ではないと莉音も感じたようで、あからさまに否定をすることはしなかった。
しかし、納得いかないのもわかる。
国を導く王家という立場であり、お相手も優れた人格者を用意してもらっているのに、それが自分が選んだ相手じゃないから嫌だ――というのは、聞きようによっては子供だ。
だけど――それだけ、ルナにとって譲れなかった部分だということもわかる。
なんせ彼女は、アイラちゃんの説明を聞いた限り、今までは王家としてあるべき姿を演じて頑張っていたようだから。
彼女が俺と二人きりの時見せる姿が多分本当の彼女で、他の人たちがいる時に見せる姿が王家としてあるべき姿、という感じなのだろう。
そこまで割り切って取り繕っている彼女が、それを崩してまで主張しないといけなかったのが、婚約者を選びたいということだったのだ。
夢見る乙女みたいなルナの性格を考えれば、そこを譲りたくないのは当然だろう。
「揉めるのも、当然ね」
莉音はルナと女王が揉めていたことを持ち出す。
心情としては女王よりの考えなのだろう。
外面のルナしか見ていない莉音がそう思うのも、仕方がない。
「元々、ルナ様は幼い頃から、婚約者に関しては自分で選ばせて頂くようにお願いしておられました。そして女王様方も、ルナ様のお願いをお聞きになり、婚約者は用意しないように約束をしておられたのです」
「それがどうして、婚約者を用意されているの?」
ルナを庇うように説明したアイラちゃんに対し、莉音はすぐに納得いかない部分を尋ねる。
「それは、今まで素直に女王様の言う通りに従っていたルナ様であれば、婚約者を用意して外堀を埋めてしまえば、言うことを聞かれると判断されたからです。女王様方は、ルナ様をきちんと見ておられなかったので、そうお考えになられたのでしょうが――」
アイラちゃんはそこで言葉を止め、ルナを見る。
ルナの本当の性格を、女王たちは知らないのだろう。
まさかルナが、こんな強引な手段に出るなんて想像もしなかったんだろうな。
「……大方、わかったわ」
アイラちゃんがそれ以上の言葉を
莉音のほうから話を終わらせてしまった。
しかし、完全に終わらせたわけではないようで――。
「あなたたちが話したことが、全て真実だという仮定で進めさせてもらったとして、婚約者と決めるなら一方的とはいかないでしょ? 私たちの親の合意は、得ているということね?」
確かに、今までの話は全てルナ側で起きていたことだ。
莉音が指摘した通り、婚約者と断定しているには俺たちの親の合意が必要なはず。
王族だから、そこを無視して強引な手段も取れるのかもしれないが――多分、ルナはそんなことを望まない。
そして、莉音が父さんたちに電話した時の反応を見るに――。
「えぇ、
「たまたま、ね……」
アイラちゃんの言葉に対し、莉音は目を細める。
莉音が引っかかるのも無理はない。
彼女はあまり外に出たがらない性格で、休日は自分の部屋でのんびりと過ごすタイプだ。
夏休みの時も、ほとんど外出をしなかっただろう。
多分長時間外出したのは俺の部屋に来ていた日くらいで、偶然その日に重なるとは思えない。
莉音が不在のタイミングを狙った、と考えるのが当然だ。
何より、父さんたちが莉音に何も説明をしていないのがおかしい。
彼女のことも調べていたようだし、話を付けるのに邪魔をされると思ったんだろうな。
「謝礼金というのも気になるわね。要はうちの親は、大金で聖斗を売ったのかしら?」
「謝礼金には、ルナ様を助けて頂いたお金――とは別に、こちらのお願いを聞いてもらうお礼分も含まれていることは確かです。しかし、王族ということだけではなく、絶世の美女でありながら、人格者であられるルナ様と婚約できるのですよ? ご子息の幸せをお考えになられた時、婚約という道を選ぶのが普通の親ではありませんか?」
「…………」
小首を傾げて莉音を見つめるアイラちゃんを、莉音は不服そうに睨む。
しかし、言い返すことはしなかった。
――いや、言い返せなかったのかもしれない。
俺の意思は含まれていないが、確かにそんな好条件を断わる親はそういない気がする。
「ご納得、頂けましたか?」
黙り切った莉音に対し、あえてアイラちゃんは彼女を
この子、やっぱりSだよな……。
莉音に屈辱感を味わわせたいようにしか、見えないもん。
そんな中、莉音は――
「えぇ、納得したわ。うちの親が了承したことに関してはね。ただ、まだ疑問が一つだけ残っている。そちらに答えてもらっていいかしら?」
――どうやら、まだやりあうようだ。
自分が納得するまで追及はやめない子だし、残り一つと言っているから、好きにさせておけばいいだろう。
それで莉音が満足してくれたらいい。
そんな呑気なことを考えていると――
「婚約者として聖斗を選んだのは、
――莉音がしたのは、俺が先程心の中で引っかかった部分に関する質問だった。
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