第24話「真相」

「へぇ、体の関係、ねぇ……?」


 アイラちゃんの爆弾発言により、莉音の突き刺さるように冷たい目が俺へと向けられる。

 おかげで、俺は冷や汗が止まらなかった。


「ちょっ、何を……!?」


 もちろん、そんな事実がない俺は声をあげる。

 しかし――。


「私どもがこのお部屋にルナ様をお迎えに上がった際、ルナ様の服装は、聖斗様が普段学校で着ておられるワイシャツと――パンツだけでした」


 アイラちゃんがそう言うと、再度莉音の冷たい視線が俺へと向く。

 その目は《部屋に連れ込んでいたのか》や、《彼シャツってことは完全に事後じゃない》とでも言いたげだった。

 当然、俺の冷や汗は滝のように勢いを増す。


「いや、それはルナがその格好を望んだだけで――!」

「その際にルナ様は、聖斗様とのご関係を、一緒に寝た仲であり、優しく抱き合った仲だとご説明なさりました。つまり、我々はそういう・・・・ご関係・・・にあるものだと、判断したのです」


 アイラちゃんは感情を表に出さない無表情で、淡々と説明をしてきた。

 つまり、ルナが彼シャツ姿で、俺と抱き合ったり一緒に寝たりした仲だと言ったせいで、暗に《体の関係を持っている》と言ったように捉えられたわけだ。

 彼女がしていた格好からして、アイラちゃんたちがそう捉えるのも仕方がない。


 だけど――実際は、体の関係なんて持ってないのに……。


 ルナの煽情せんじょう的な姿を見ても、手を出さないようにグッと我慢をしていたのだから。


「随分と一人暮らしを謳歌おうかしていたようね?」


 莉音がゴミを見るような目で、口角を吊り上げながら小首を傾げる。

 目と口元が合っていなくて、非常に怖い表情だ。

 後で詰め寄られる未来が容易に見えてしまう。


「婚約者がいるにもかかわらず、別の男性と行為に及んだことが知られると、王家の威信いしんに関わります。そして誤魔化そうにも、じきに相手方にも知られてしまいます。そのため、女王様方は婚約を白紙に戻し、既にご関係を持っている聖斗様を、新しい婚約者とすることに決められました」


 相手方とは、元婚約者のことだろう。

 ルナが結婚した場合そういった行為に及ぶだろうから、既に経験済かどうかはわかってしまうはずだ。

 だから、婚約自体を取り消したというわけか……。


 そして、俺が新たな婚約者に――って……。


「俺、よく無事でいられますね……?」


 王女様に手を出しただなんて、普通ならタダで済まないんじゃないだろうか……?

 連れ去られて、向こうの法で裁かれてもおかしくないレベルだと思う。


「ルナ様はお忍びで日本を訪れていたわけですから、大事おおごとにするわけにはいきません。何より、ルナ様が聖斗様との婚約を望まれていることが大きいです。ルナ様が愛しておられる御方を――よもや、殺すわけにはいきませんでしょう?」


 殺す、という言葉を言った瞬間、初めてアイラちゃんの表情が動いた。

 それも、《ふっ……》と鼻で笑う、意味深で意地悪な笑みだ。


 この子――実は、結構癖がある子なのか……?


 今の笑みが、いったいどういう意味だったのか知りたいような、知りたくないような……。


「聖斗と出会ったのは、偶然なのかしら?」


 そんな中、冷静に莉音は質問をする。

 ここまで来ても冷静でいられる彼女は、本当に凄い。


「はい。建前はともかく、実際のルナ様は運命のお相手を探す旅をなされており――偶然、聖斗様に助けて頂いたことから、聖斗様に強くご関心を抱かれたのです」


 アイラちゃんの説明を聞き、ある言葉がチクッと胸に突き刺さった。

 些細なことなのかもしれない。

 だけど俺は、そのことを気にせずにはいられなかった。


「助けた、というのは?」

「ルナ様は、東京から順にアニメの聖地巡りをしつつ――脱走の機会を伺っておりました。そして、ここ岡山県にて脱走をなされたのですが――数時間ほどで、護衛に捕まってしまったのです」


 どうして、アニメ好きなのに秋葉原がある東京ではなく岡山にいたのかと思ったら、そういうことか。

 ここ岡山もとあるラブコメアニメの舞台になっており、聖地がいくつかある。

 ルナはそれ目当てで岡山に来て、そのままアイラちゃん協力のもと、脱走したということだ。


 ――んっ、護衛……?


「やっぱり俺が倒しちゃった人たち、護衛の人たちだったの!? 誘拐犯じゃなく!?」

「おや、気が付いておられたのですね?」


 俺の質問に対し、アイラちゃんはキョトンとした表情で首を傾げる。


 そりゃあまぁ、ルナがさっき洩らしたからね…!

 でも、何かの間違いだと思いたかったよ…!


「嘘でしょ……。俺、まじでとんでもないことをしたんじゃ……?」

「なるほど、後になって気が付かれた感じでしょうか」


 俺の反応を見て、ルナを助けた時は気が付いていなかった、とアイラちゃんは結論付けたようだ。

 もちろん、その通りなのだが。


「まぁ、知らなかったとはいえ――王女を連れ帰ろうとした我々の邪魔をしたわけですから……本来であれば、命の保証はなかったですね」


 今度は、ニコッととても素敵な笑みを浮かべるアイラちゃん。


 あっ、この子わかりづらかったけど、絶対ドSだ。

 俺を困らせて心の中で楽しんでいる。


「アイラ、もう聖斗様を困らせるのはおやめなさい」


 この状況を見かねたようで、ルナがアイラちゃんを注意した。

 それにより、アイラちゃんがコホンッと咳払いをする。


「失礼致しました。もちろん、その件に関しましても不問となっておられますので、ご安心ください」


 どうやら、護衛の人たちを倒したことも許されているようだ。

 ルナも問題ないと言っていたから、ちゃんと言っていたように話はついてるんだろう。


 しかし――。


「それでも俺、あの人たちに謝らないと……。知らなかったとはいえ、悪くない人を傷つけてしまったんだし……」

「そうおっしゃられると思い、既に呼んでおります」


 アイラちゃんはそう言うと、ドアを開ける。

 すると、二人の黒服男性が立っていた。


 そう、俺が倒してしまった二人だ。


「準備良すぎない!?」

「先を読むのも、私の仕事ですから」


 クイクイッと眼鏡を指で上げる仕草をするアイラちゃん。

 もちろん、アイラちゃんは眼鏡なんてしていない。


 なんだこの子、無表情のくせに実は面白い子だぞ……。


「アイラちゃんって、何者……? 凄すぎない……?」

「アイラはとても優秀な子なのです」


 俺の言葉を聞いたルナは、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 アイラちゃんのことを褒められたのが嬉しかったようだ。


「ルナ様には到底及びませんが。二人とも、こっちに来て」


 どうやら立場はアイラちゃんのほうが上のようで、男性二人はアイラちゃんの指示のもと、彼女の隣へと移動した。

 年齢的にはおじさんと言っても良さそうな人たちなのに、まじで彼らを従えるアイラちゃんは何者なんだ……。


 そんなことを思っていると、アイラちゃんがチラッと視線を向けてくる。

 謝るならさっさと謝れ、ということだろう。


「あの、すみませんでした……。暴力をふるってしまって……」


 俺は二人の前に行くと、頭を下げた。

 すると――。


「「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした……!」」


 なぜか、全力で土下座をされてしまった。


「えっと……?」

「聖斗様は、既にルナ様のご婚約者にあたります。つまり、先程申し上げました通り、我々からすればあるじに近しい存在なのですよ。もちろん、我々の主はルナ様ですから、優先させて頂くのはルナ様になりますが」


 なるほど、それであの威圧的だった黒服二人がこんなふうに下手に出ているのか。

 なんだか、居心地悪いな……。


「俺はただの一般人ですし、別に偉いわけではありませんので、そんなにかしこまらないでください。普通の少年として、扱って頂けたら十分ですから」


 ペコペコとされるのに慣れていない俺は、笑顔で黒服二人に伝えた。

 アイラちゃんは年下のようだから、敬語とか使われても違和感はないのだけど、自分よりも二回りくらい年上の人たちに下手に出られるのは居心地悪い。

 だから、思ったことを伝えたのだけど――。


「やはり、ルナ様が選ばれた御方……! 器が大きすぎます……!」

「失礼を働いた我々を許してくださり、その上なんと寛大なお言葉を……!」


 なぜか全くわからないけど、俺の評価が上がっていた。


 普段どういう環境にいるんだ、この人たち……。


「あなたたちはもういい。話が進まないから、下がって」

「「はっ……!」」


 俺が謝ったことでもう用済みと言わんばかりに、アイラちゃんは二人を下がらせた。

 この子が怖くて、あの二人は従順なのかもしれない。


「さて、お話を戻させて頂きますが――」

「その前にアイラ、私からお話をさせてください」


 アイラちゃんが説明に戻ろうとすると、ルナがさえぎってしまった。

 それにより、アイラちゃんはペコッと頭を下げる。

 その様子を見たルナは、笑顔で莉音に視線を向けた。


 そして――

「先程私と聖斗様は体の関係を持っている――とアイラは説明なされましたが、ご安心ください。そのような事実は、ありませんので」

 ――莉音が抱える誤解を、自ら解いてくれた。

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