第23話「とんでもない爆弾再び」

「王女、様……?」


 信じられない告白に、俺は思わず隣に座るルナを見つめてしまう。

 すると、俺の視線に気が付いたルナは、ニコッと優しい笑みを返してきた。


 この様子、冗談ではないのかな……?


 確かに、ルナは容姿や仕草から上品さが伺える女の子だ。

 改めて見ると、着ている服もお高そうなブランドものに見えてきた。


 何より、お付きであるアイラちゃんの異次元の凄さ。

 貴族よりも王族と言われたほうが、しっくりとくるかもしれない。


「王女様が、どうして日本に? そんなニュース、テレビでもSNSでも流れていなかったけど?」


 さすがと言うべきなのだろう。

 ルナと一緒に過ごした俺はかなり動揺しているというのに、何も知らなかったはずの莉音は全く動揺していない。

 淡々と、に落ちない点をアイラちゃんに尋ねている。


「もちろん、順を追って詳しくご説明はさせて頂きます。しかし、先にご質問にお答えさせて頂くのであれば、当然事情があったからになります」


 アイラちゃんも感情の起伏があまりなく、莉音と同じように淡々に答える。

 この二人が一緒にいると、変な緊張感があって居心地がかなり悪い。

 優しい笑みを浮かべながら隣にいてくれるルナが、唯一の救いだろう。


「その事情から、先にご説明願えないかしら?」


 莉音は腕を組み、疑うように目を細めながら小首を傾げる。

 なんだか、凄く意地が悪い子に見えてしまうが、説明を勝手に引き出してくれる莉音はこの場において俺にも都合がいい。

 だから、黙って見ておくことにした。


「…………」


 アイラちゃんはチラッとルナに視線を向ける。

 それにより、ルナは優しい笑顔で頷いた。

 ルナの許しを得たアイラちゃんは、再度莉音に視線を向ける。


「聖斗様は既にご存じかと存じ上げますが、ルナ様が日本を訪れられたのは今回で二度目になります」


 アイラちゃんがそう説明すると、莉音がジト目を俺に向けてくる。

 彼女との関係を隠していたな、とでも言いたげな目だ。


 莉音は凄く勘がいいからなぁ……。

 その際に、俺とルナが婚約者になるきっかけの出来事が起きたと思ったんだろう。


「二度目ってことは、おそらく聖斗が目当てというところかしら? 一度目は、どうして日本に?」


 どうやら莉音は、今回ルナは俺に会うためだけに日本へ来たと思ったようだ。

 さすがにそれだけで、わざわざ王女様が日本に来るのだろうか?


 …………やっぱり、婚約者云々うんぬんの問題かな……?


「ルナ様が初めて日本を訪れられたのは、大好きなアニメたちの聖地を巡る、思い出作りのため――というのが、表向きの理由です」


 表も何も、俺たちはいっさい理由を知らないのだけど、わざわざ前置きをするくらいには何かあるんだろう。

 ちょっと、聞くのが怖いな。


「本当の理由は?」


 こういう時、莉音は本当に物怖じしない。

 よくそんなにグイグイと聞けるな、と思った。

 ここは黙っていても、アイラちゃんから説明してくれただろうに。


「婚約破棄と、運命の相手を探すため――ですね。知っていたのは、私と第一王女だけですが」


 アイラちゃんはました顔で、再度とんでもないことを言ってきた。


 婚約破棄……?

 あれ、婚約者って彼女たちの言い分的には、俺だよな……?

 俺との婚約を破棄するために、わざわざ日本に来た?


 ――いや、ありえない。

 そもそもルナと俺に接点なんてなかったし、日本に来たのが二度目の彼女は、俺との婚約関係を嬉々として語っていた。


 それに俺の家は一般家庭で、父さんも普通のサラリーマンだ。

 アルカディアの王族と繋がりがあるはずがない。


 となると、元々ルナは誰かと婚約をしていたんだろう。

 とても綺麗な子だし、王族や貴族なら政略結婚などがあっても不思議じゃない。


「それで、聖斗が運命の相手に選ばれた、と……。その辺もじっくりと詳しく聞きたいところだけど……」


 莉音はまた、俺にジト目を向けてくる。

 その辺の説明は俺にさせるつもりのようだ。


 でも、俺に聞かれたところで答えられることなんて、限られてるんだけど……。


「まぁ、それは後でいいわ。それよりも、本当に王女様なら、そんなこと許されないのではないかしら?」


 俺から後で聞きだすつもりの莉音は、再度話を戻す。

 それにより、アイラちゃんはコクリッと頷いた。


「はい、本来であれば許される行為ではなかったでしょう」


 アイラちゃんがそう言うと、ルナは俯いてしまう。

 そして、ソ~ロリと俺の手を握ってきた。

 やっぱり、向こうでいろいろとあったようだ。


 俺はルナの手を優しく握り返す。

 すると、彼女は嬉しそうに俺の目を見てきた。


 うん、やっぱりルナは笑顔が良く似合う。

 暗い表情なんてしてほしくなかった。


「しかしルナ様は、幼い頃より王族らしく振舞うことを心掛け、女王様たちの言うことを素直に聞いてこられました。そんなルナ様は、凛々しくて優雅であり、才覚にも恵まれておられたことから、八人おられる王女様方の中で、次期女王となられる第一王女に次ぐ支持を国民から得られております。いくら女王様方でも、無下にすることはできませんでした」


 えっと……つまり、ルナの人気が高くて、彼女を無下に扱うと国民から文句が出る、とかそういうこと……?

 てか、ルナって八人姉妹なのか。

 凄いなぁ……。


「だから、こうして聖斗のもとに婚約者としてこられたっと? さすがに都合が良すぎないかしら?」


 話についていくのが精いっぱいの俺に対し、莉音は素早く頭の中で整理をしているようだ。

 どうしよう、話についていけなくなるかもしれない。


「もちろん、すんなりとはいきませんでした。結婚相手は、自分でお決めになりたいという――ルナ様が生まれてこられて、初めての我が儘ではありましたが、それでも婚約者が決まっている事実は重く……決まってしまった時から、ルナ様は反対の意思を伝え続けられました。ですが、それでも女王様方を説得できず――その代わりに、日本への旅を許可して頂いたのです」


 王族として振舞っていたルナはわからないけど、一緒に暮らしていたルナはかなり乙女おとめな性格をしていた。

 恋人らしいことをするにも憧れを見せていたのだから、結婚に関しても憧れがあったのだろう。

 そこを、他人に決められるのを嫌がるのは無理もない。


 いい子だからこそ、今まで親の言う通りで生きてきたけれど、こればかりは譲れなかったんだろうな。


 そう俺が頭の中で整理している間にも、アイラちゃんの説明は続く。


「そして、日本を訪れ――ルナ様は賭けに出られました。その賭けに見事に勝たれたルナ様は、アルカディアへ戻り一ヵ月近くの交渉を続けられたのです。結果的には、二つの事柄が決定打となり、こうして許しがおりました」


 アイラちゃんはそう説明をしている間に、チラッと俺の顔を見てきていた。

 俺も関係している、ということだろう。

 実際、日本に来たルナと俺は関わり、一緒に暮らしたのだし。


「その二つの事柄とは?」


「一つ目は、ルナ様を溺愛されておられる第一王女をはじめとしました、第二から第六、そしてルナ様の妹君であらせられる、第八王女がルナ様を擁護なされたこと。王女様方全員がルナ様側に付かれている以上、女王様が不利というのは想像にかたくないと思います」


 確かに、将来国を担う人たちと敵対するようなこと、たとえ国のおさであっても避けたいだろう。

 自分が退しりぞいた後を任せることになるのだから、関係が悪くなっていると自分の生活がおびかされかねないのだから。


 まぁルナは仕返しとか腹いせとかしないだろうけど、他の王女たちの性格なんて知らないしな。

 莉音みたいな『やられたらやり返すまで気が収まらない』タイプが相手だと、なおのこと慎重になるだろうし。


 そんなことを呑気に考えていると――

「そして、二つ目の理由ですが……ルナ様が、聖斗様と体の関係をお持ちになられたからです」

 ――とんでもない爆弾が、アイラちゃんによって放り込まれたのだった。

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