第19話「重なり合って」

「それは、さすがに……」


 体を重ねることになるので、緊張してしまう。


「……今更のような気もしますが……?」


 俺がなんで躊躇ちゅうちょしているのか、ルナは察しているようだ。

 かわいらしく小首を傾げ、純粋な瞳でジィーッと見つめてきていた。


 うん、確かに今更な気もしなくはないけど……。


 だって、既に抱き合った仲だし。

 なんならかくまっていた頃のルナは、下着の上に俺が学校で着ているワイシャツを身に纏っていただけだったので、今より遥かに状況はまずかったと思う。


 なんせ、夏だから俺も半ズボンだったので、普通に足の肌と肌が当たったりしていたのだから。


「た、確かに、今更かもしれないね」


 ルナの純粋な瞳によって、自分だけ意識しているように感じてしまった俺は、意識してないとアピールするために彼女の要求を呑むことにした。


 ――まぁ、無駄な足掻あがきのような気もするのだけど。


「怖くて、一緒にやりたいのかな?」


 誤魔化す意味で、俺はルナがお願いしてきた理由を尋ねてみる。


「いえ……こういうのに、憧れていましたので……」


 しかし、ルナが一緒にやりたい理由は違うようだ。

 彼シャツにも憧れていたし、恋人らしいことに憧れてやりたがっているんだろう。


 それなら、仕方がない――と、自分に言い聞かせた。


「それじゃあ、いくよ……?」

「はい……」


 念のため確認すると、ルナはコクリッと頷く。

 その頬はほんのりと赤く染まっており、どこか動きにぎこちなさを感じさせる。

 

 いざやるとなると、彼女も少し緊張しているようだ。


 俺はルナの後ろに回り、驚かせないように気を付けながら優しくルナの右手に自分の右手を重ねた。

 一応、ルナの手の甲というよりも、包丁のの部分を意識して手で持つ。


 左手はさすがに重ねる必要がないだろう。


 そうして、俺はルナの上から玉子焼きを見ようとしたのだけど――

「み、見えない……」

 ルナの豊満な胸により、まな板の上に置いた玉子焼きが完全に隠されていた。


「えっ?」


 俺の声に反応したルナは、キョトンとした表情で俺のほうを振り返った。

 本人には見えているんだろう。


「い、いや、なんでもないよ……」


 俺は慌てて笑顔を作りながら誤魔化してしまう。


 だって、言えるわけがない。

 ルナの胸が大きすぎて、玉子焼きが見えないだなんて。


 でも、このまま見えない状況で切るわけにもいかない。

 間違ってでも、ルナの手を切るどころか、傷一つ付けるわけにはいかないのだから。


 どうすればいいんだ……。

 何か手はないのかな……?


 状況が状況だけに、俺は必至で思考を巡らせる。


「聖斗様……?」


 俺が動こうとしないからだろう。

 ルナは不思議そうに再度俺の顔を見てきた。


「ごめんね、ルナ。少し下がって、ちょっとだけ前かがみになってくれるかな?」


 なんとか答えを絞り出した俺は、ルナの上半身を倒してもらうことにする。

 下がってもらうのは、単純に上半身を倒すだけでは玉子焼きとルナの体が被ると思ったからだ。


 もうこれは俺が何に困っているのか言っているようなものだけど、天然なルナは気付かない可能性が高いと思う。


「はい……こうでしょうか?」


 ルナは言った通り俺が下がった分自分も下がり、上半身を傾けてくれる。

 しかし、本当にちょっとしか傾けてくれなかったので、まだ玉子焼きは見えない。


「ごめん、もう少しいいかな?」


 これでは意味がないので、更に倒してもらうようにお願いする。


「はい、わかりました」


 素直な彼女は何も疑問を抱かず、上半身を更に倒してくれる。

 おかげで、やっと俺にも玉子焼きが見えた。


『――っ。せ、聖斗様が私の背中に乗っかられていて……聖斗様の体温を感じます……』


 だけど、この体勢はルナにとってしんどいのか、彼女は英語で何かを呟いた。


 俺の名前を出した気がするけど……?


「ごめん、しんどいかな……?」

「いえ、とても幸せすぎます……」

「えっ?」


 幸せ?

 なんで?


 ルナの答えが思ったものと違い、俺のほうが疑問を浮かべてしまう。


「あっ……な、なんでもありません。それよりも、そろそろ切りませんか?」


 ルナが幸せと答えた意味を考えようとすると、何かに気が付いたようにルナはかしてきた。


 何を慌てているんだろ……?


『聖斗様は意識されておられないようですから……ここで意識をされてしまいますと、離れられかねませんものね……』


 彼女はまた英語でブツブツと呟き始める。

 先程よりも声は小さく、全然聞き取れない。


 だから再度尋ねようとすると――

「私は力を入れないようにしておきますから、聖斗様のお好きなように動かしてください」

 ――俺が声を出すよりも早く、彼女がニコニコとしたとても素敵な笑顔を向けてきた。


 この笑顔を見る限り、怒ってはいないようだから……気にしないほうがいいのかな?


 あまり尋ねると、しつこい男だと思われかねないし。


「うん、それじゃあ動かすね。怖かったら遠慮なく言ってくれたらいいから」

「聖斗様がついてくださっていますのに、怖いものなどありません」


 念のため言っておくと、とても素敵な笑顔と温かい言葉を返されてしまった。


 この子は、出会って間もない俺に変な信頼を寄せ過ぎている気がするけど――寄せられている身からすると、悪い気はしないどころか普通に嬉しい。


 本当に、とても素敵でかわいい女の子だと思う。


 どんな環境で育ったら、こんなにも素直で優しく、気遣いができる性格になるのか聞いてみたかった。

 莉音以外の女の子をあまり知らない俺からすると、ルナのような女の子と接するのは凄く新鮮だ。


 その後はルナと仲良く玉子焼きを切り、他の料理は玉子焼きが冷めないように俺一人で作ったのだった。


 もちろん、ルナは近くでずっと俺が料理をするところを見ていた。

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