第18話「手取り足取り」

「……♪」


 現在ルナは、ボウルに入れた黄身と白身を鼻歌を歌いながら箸で混ぜている。


 調味料を入れてる際に、ボウルの中に砂糖を入れた時は驚いていたけど、甘みがあっておいしいことと、フワフワの玉子焼きになりやすいことを伝えると、彼女も納得してくれたようだ。


「これくらいでよろしいでしょうか?」


 混ぜ終わったルナは、俺にボウルの中身を見せてくる。


「うん、十分だね。それじゃあ、混ぜ終わった卵液をこれでこしていこっか」


 卵液に入れた調味料もしっかりと混ざってよく溶けていたので、俺はしまっていたこし器をルナに見せる。


「このまま焼くわけではないのですね……」

「別にそのまま焼いてもいいんだけど……このひと手間てまを加えることによって、滑らかできめ細やかなものになり、フワッとした玉子焼きができるんだよ」


 せっかくルナに食べさせるのだから、よりおいしいほうがいいに決まっている。

 正直俺一人だったら面倒くさいと思い、こしたりしないことが多いんだけど、それはそれだ。


「そういったひと手間を惜しまずにされていることで、聖斗様のお料理はいつもとてもおいしいのですね」


 まるで尊敬するかのように、熱っぽい瞳を向けてくるルナ。

 うん、胸が痛い。


「あはは……よし、もういいかな」


 数度こした後、俺は先に玉子焼き用のフライパンを温める。


「これもひと手間というわけですね……」


 食材を入れずフライパンだけ温めている様子を見て、ルナが折り曲げた人差し指を顎に添えながら、ウンウンと頷いていた。

 真剣に料理を覚えようとしているのもあり、集中していて理解が早い。


「これもフワッと焼くためのコツだね。予熱っていうんだけど、予め温めておくことですぐに卵に火が通って、いい感じに生地が出来上がるんだよ」

「知らないことばかりです……」


 普段料理をしない人間だと、こういった前準備などは知らなくても仕方がない。

 知るには、誰かに教わるか、自分で調べるか、自分で失敗して学んでいくか――ということしかないだろうし、そのためには料理をしようと思う必要があるのだから。


 まじめに学んでいるルナは、すぐに料理も上達するだろう。


「よし、温まったね。じゃあ、サラダ油を入れて――」


 ここからはルナにやらせてみようと思い、彼女に説明をしながら指示をする。


「――こちら、一度に入れないのですね……」


 一度に全部の卵液を入れようとしたルナを止めると、彼女はシュンッとしてしまった。


「うん、卵液は三回に分けて入れたほうがいいんだ。だいたいでいいから、三分の一の量を入れてまずは焼き、それをフライパンの三分の一のところまで折りたたんだら、また卵液を入れて焼く感じだね」


 そう説明すると、ルナは言った通り三分の一の卵液をフライパンに投じた。

 そしていい感じに焼けると、俺の指示に従い上手に折りたたむ。


 思った以上に綺麗にできたので、彼女は器用なんだろう。


 そのまま、ルナは玉子焼きを焼いていき――

「できました……!」

 ――見るからにフワフワで、綺麗な黄色をした玉子焼きが出来上がると、ルナは《見て見て!》と言わんばかりに俺に見せてきた。


「うん、上手にできたね。ルナは料理の才能があるよ」


 お世辞抜きに上手にできているため、俺は笑顔で彼女を褒めた。

 それにより、上品でおしとやかな彼女の顔は、子供のようにかわいらしい笑顔になる。


「えへへ……そうでしょうか……? 聖斗様が、教えてくださったおかげだと思います……」


 褒められて嬉しい、というのがルナから凄く伝わってきて、俺も頬が緩んでしまう。

 本当にかわいい子だ。


「焼き方はお手本を見せずに口で説明しただけだったのに、ルナは綺麗に作れたんだから凄いよ」


 本当は手本を見せたほうがよかったとは思うけど、そうすると量が多くなってしまう。

 だから口頭で説明をして、実際はルナにしてもらったんだけど――ぶっつけ本番で綺麗にできたのだから、ルナには才能がある。


「それじゃあ、早速切ってみようか?」


 次の料理を作る前にルナに包丁を体験させようと思った俺は、包丁を取り出した。

 それにより、包丁を見たルナは息を呑んでしまう。


「やっぱり怖い?」


 料理に慣れてないんだから、普通なら包丁の扱いは怖くても仕方がない。

 しかし、ルナは――。


「だ、大丈夫です……」


 緊張をしながらも、俺から包丁を受け取った。


「無理はしないようにね。持ち方は――」


 俺は念のため包丁の持ち方を教えて、料理を切る際に支える左手の形――いわゆる猫の手も、一緒に教える。


 ルナは俺の見様見真似で、玉子焼きに左手を添えたが――。


「あの……一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか……?」


 いざ切り始めるというタイミングで、ルナは上目遣いに俺を見てきた。


「どうしたの?」

「その……手を、添えて頂けませんか……?」

「えっ?」


 ルナの言っている意味がわからず、俺は首を傾げてしまう。


 手を添えるって……俺に、玉子焼きを押さえろってことかな……?

 それはさすがに怖いな……。


 自分が切るなら何も問題はないが、料理経験がない子が切るのに左手で支えるのは怖い。

 それなら、自分で切りたいくらいだ。


 だけど、それは俺の早とちりだったようで――

「アニメのように、後ろから手を取って頂いて、切り方を教えて頂きたいです……」

 ――どうやらルナは、二人羽織ににんばおりのように後ろから俺に手を動かしてほしいようだ。

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