第17話「初体験」

「――沢山、注目されちゃってたね」


 買いものを終えてマンションの部屋に帰った俺は、肩をすくめながらルナに笑いかける。


 前に下着を買いに行った時とは違い、今回のルナは変装をせずに素のままで買いものに出かけた。

 その服装も上品でお洒落なものだったため、ルナの魅力を引き上げていたのだ。


 おかげで、道中やスーパーでみんなルナに視線を奪われていた。


「ごめんなさい、迷惑でしたよね……?」


 俺が嫌味を言ったと捉えたのか、ルナは不安げに俺の顔色を窺ってくる。

 別に苦言が言いたかったわけではなくて、大変だったねという感じで苦労を分かち合いたかっただけなんだけど……。


「注目されることはルナのせいじゃないんだから、謝らないでほしいな。それに、ルナが魅力的だから注目されてるんだと思うし、堂々としていたらいいと思うよ。ほら、私綺麗でしょ、みたいな?」


 ルナが暗い表情をしていたので、俺は冗談めかしながら言ってみた。

 でも最後はともかく、それまでのことは実際そう思っている。


 悪い意味で注目されているわけじゃないんだから、胸を張っていればいいはずだ。


『魅力的……えへへ……』


 あれ……?

 俯いちゃった……?


「ルナ……?」


 てっきり《そんなこと、言いませんよ》みたいな感じで笑顔を返してくれるかと思ったのに、彼女は俯いてしまった。

 もしかして、キモいと思われたのかな……?


 ルナの反応が思ったものと違ったため、俺は途端に不安になってきた。


 しかし――

「い、いえ、なんでもありませんよ……?」

 ――顔を上げたルナはニコッと笑みを浮かべていた。


 というか、若干口元が緩んでいる気がする。

 思い過ごしだったようだ。


「よかった……それじゃあ、ご飯の支度しよっか?」


 俺はルナの笑顔にホッと安堵しつつ、買ってきた食材をマイバッグから取り出す。

 そしてキッチンで手を洗ってから、ルナに視線を戻した。


「二人分でいいんだよね?」

「はい、アイラも明日からは食事を共にさせて頂きますが、本日は私たち二人きりです♪」


 アイラちゃんはルナと一緒に隣の部屋で暮らすらしい。

 だから一緒に食べるかと思いきや――今日は必要ない、と買いものの最中にルナが言ってきたのだ。


 お昼ご飯は、クラスメイトたちと食べるのかもしれないけど――どうして、晩御飯も別なんだろう?

 明日からは一緒に食べるってことだから、今日は何か用事が入っているのかな?


 ――とまぁ気になるけど、あまりアイラちゃんのことばかり聞いて、ルナに勘違いされても困る。

 それよりも、初めて料理をするという彼女が怪我をしないように、ちゃんと気を配っておかないと。


「包丁は持ったことがあるのかな?」

「いえ、初めてになります」


 となると、包丁の持ち方から教えたほうが良さそうだ。

 正直、扱ったことがないなら持たせるのも怖いんだけど……。


「包丁を使う作業はやめておく?」

「いえ、やってみたいです……」


 やっぱり料理をするなら、包丁も使ってみたいよな……。

 本当に気を付けておかないと。


「最初は定番の、玉子焼きを作ってみようか」

「いきなり、難易度が高いですね……」

「えっ、そうかな?」


 玉子焼きは、卵を溶いてフライパンで焼くだけの比較的簡単な料理だと思うけど……。

 まぁ玉子を巻くのは、慣れるまで難しいっていうのはあるかもしれない。


「卵、上手に割れるでしょうか……?」


 ルナは不安な様子で上目遣いに俺を見つめてくる。


 あっ、なるほどそっちか。

 料理をしたことがないなら、卵を割ったことがないのもわかる。

 そして卵は、慣れるまで綺麗に割るのが難しいのだ。

 下手にやれば、殻が混ざってしまう。


「見てて」


 言葉よりも見せたほうがいいと思い、俺はキッチン台のたいらな部分に優しく卵をぶつける。

 そして卵にヒビを入れると、ヒビの中心に両手の親指を少し押し込みながら左右に広げ、ボウルへと中身を落とした。


「殻が……少しも入っておりません……」


 ボウルを覗き込んだルナは、感心したように呟く。


「大丈夫、ルナもできるよ」


 小さい頃からしてるため、さすがに殻を入れるようなミスはしないんだけど、そんなことを言うとルナのプレッシャーになると思った。

 だからそういうことは言わず、彼女を励ましてみる。


「私がしてしまうと、殻が入ってしまいそうです……」

「入ったら入ったで仕方がないよ。やらないと上達しないし、やってごらん」


 俺は笑顔でルナに新しい卵を渡す。

 実際、殻が入ったらボウルから殻を取り除けばいいだけだ。

 ちょっと手間ではあるけど、それは俺がやるので問題ない。


「平らの部分に、優しく当てたらいいからね?」


 そう言うと、ルナは不思議そうに俺の顔を見てきた。


「聖斗様は先程もそうなさっておられましたが、どうして角ではなく平らの部分なのでしょうか?」


 ルナは疑問に思ったらしく、俺に尋ねてくる。

 別に反発の意思が合ったり、納得がいかなかったりするわけではないだろう。


 ヒビを入れるなら、角にぶつけたほうが簡単と思うのも仕方がない。


「ん~、そうすると殻が入りやすくなっちゃうんだよね。平らの部分でヒビを入れたほうが殻が入りづらいから、俺はそうやってる感じかな」


 料理の勉強をしているわけではないので理屈はわからないけど、実際に今まで料理をして試してきた経験がそう言っている。


 ――というよりも、これは莉音に教えてもらったものだった。

 俺も最初は角で割ろうとしていて、莉音に注意されてしまったのだ。

 だから、ルナに偉そうなことは言えない。


「そうだったのですね……不躾ぶしつけな質問をしてしまい、申し訳ございません……」


 ルナは姿勢を正し、深く頭を下げてきた。

 やっぱり礼儀正しくて、育ちの良さが垣間かいま見える。


 早く、彼女のことが知りたいんだけど――いったい、いつ話してくれるんだろう……?

 いい加減、話してくれてもいいと思うけど……。


 そんなことを考えながら、俺は笑みを浮かべる。


「うぅん、こういうふうに習う時は疑問に思ったらすぐなんでも聞いたらいいんだよ。むしろ、わからないのに聞かずにしようとするほうが良くないかな。日本にはことわざで、《聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥》ってのがあるんだけどね、聞いたらその時は恥ずかしい思いをするかもしれないけど、聞かなかったら生涯知らずに過ごして恥をかき続ける、みたいな意味なんだ。知ったかぶりをするよりも、ちゃんと聞いたほうが自分のためになるから、遠慮なく聞いてほしいな」


 ルナは別に聞くことを恥ずかしいなどと思ったわけではないはずだけど、俺に迷惑がかかると思って質問をされなくなってしまうと困るので、ことわざを用いて説明をしてみた。


 実際、こういった教えをう時は聞いたほうがいいと思う。

 間違った知識を得てしまうと、誰かに指摘されるまで気付くことができないパターンが多いのだから。


 まぁ、他人に聞くより自分で考えて答えを出せ、みたいなことを言う人も多いみたいだから、場合によるんだろうけど。

 誰かがいないと答えが出せないようでは困る場合もあるだろうし、考える力も身に着かない、というのもわかる。


 でも今に限って言えば、絶対に聞いてもらったほうがいい。

 少なくとも、俺は聞かれることが迷惑だなんて思わないし、聞いてもらったほうが嬉しいのだから。


「ありがとうございます……聖斗様はお優しくて、私も安心できます……」

「あはは、こんなことで怒ってしまうようだと、教えるのは向かないからね。それよりも、やってごらん」


 俺はルナに卵を割るように促す。

 それによって、ルナは覚悟を決めた表情で――優しく、卵をキッチン台にぶつけた。


「……割れません……」


 しかし、卵のぶつかった部分を見たルナは、悲しそうに表情を曇らせる。


「ヒビも入ってないね。大丈夫だよ、それでいいんだ。後ほんの少しだけ力を加えて、もう一回叩いてごらん。ヒビが入るまで、何度でもやったらいいんだよ」


 俺がそう言うと、ルナは優しく何度も卵をキッチン台にぶつける。


 やがてヒビが入ると、ルナは嬉しそうに俺の顔を見てきた。

 だから俺はニコッと笑みを返し、先を促す。


 ルナは俺がした時のことを思い出しているのか、目を瞑って数秒を開けた後、ゆっくりと卵を広げ始めた。


「――できました……!」


 綺麗に黄身と白身だけが落ちたボウルを覗き込むと、ルナはパァッと表情を明るくしながら俺を見てきたのだった。




=======================

【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(≧▽≦)


次回、いちゃいちゃお料理タイムです……!

(既にいちゃついている気がしないでもないですがw)


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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