第13話「甘えん坊の彼女と凛とした彼女」

「――ルナ、そろそろ離れて?」


 もうすぐ体育館に着くということで、腕を組んで歩いていたルナに声をかける。

 タメ口で話しているのは、同い年だったとわかったからだ。


 俺のお願いに対して、ルナは――。


「…………」


 まるで捨てられる仔犬かのような表情で、目をウルウルとさせながら俺の顔を見上げてきた。

 凄く離れたくなさそうだ。


「うっ……」


 当然、こんな表情をされた俺は罪悪感が湧いてしまう。


 しかし、このままだと他のクラスの生徒たちに変な目を向けられるし、他の先生たちもよく思わない。

 何より、俺と兄妹であることが学校の生徒たちに知られている莉音を、怒らせることになりかねないので……。


「ごめんね、他の人たちの迷惑になるから……」


 俺は再度、ルナの説得にかかることにした。


「あっ……わたくしとしましたことが、申し訳ございません……。聖斗様と再会できた喜びのあまり、舞い上がってしまいました……」


 やはりルナはいい子のようで、我に返ると申し訳なさそうにしながら離れてくれた。

 彼女はそのまま、俯きがちに俺の隣を歩いていく。


 現在は出席番号順で二列になっているので、年度の途中に留学してきたルナは一番後ろに並ぶことになるはず。

 だけどまぁ、本来の名前で考えれば俺の前の番号になるわけで、列の位置的には俺の隣になる。


 先生も何も言わないから、ここでいいんだろう。

 そんなことよりも、悲しむ彼女の顔を見たくない。


「誰も怒ってないし、気にしていないから落ち込まなくていいよ。俺もルナと再会できて、凄く嬉しかったし」


 ルナの様子が気になった俺は、笑顔でフォローをしてみた。

 それによりルナは安堵したように息を吐いて、笑顔で俺の顔を見つめてきた。


「ありがとうございます……。本当はこのような強引なことをしてしまい、聖斗様に嫌われてしまうのではないかと心配をしておりましたので……」


 どうやらルナ自身、自分がやっている問題行動に自覚はあったようだ。

 それならなおのこと、どうしてこんなことをしたのか聞いてみたくはあるが――この後、説明をしてくれると言っていた。

 その時になって聞けばいいだろう。


 今は下手に会話を続けてボロが出るのが怖い。

 ましてや、これから体育館に入るのだし。


「後のことは家でゆっくり話そうか。俺がルナを嫌うなんてこと、ありえないから気にしないで」


 俺はルナが変に自分を追い詰めないよう、大切なことを簡潔に伝えた。


「……聖斗様は、相変わらずお優しすぎます……」


 それがルナにとってよかったようで、彼女の表情から思いつめたものはなくなった。

 今は、これで十分だろう。


「――ねぇ、桐山君って今まであまりパッとしない感じだったけど……」

「うん、優しいけど異性としては……って思ってたけど、実は結構いい男だったんじゃ……?」

「どんな男でも振り向かせることができそうなアルフォードさんが、ゾッコンになってるくらいだもん……。私たち、男を見る目がなかったのかもね……」


 何やら後ろでは女子たちが小声で話しているけど、多分俺とルナのことに関して言っているんだろう。

 離れたとはいえ、周りからしたらいちゃついているようにしか見えなかっただろうから、それも仕方がない。


 そんなことを考えながら体育館に入ると――。


「あれ? あの後ろ姿は……」


 俺たちが並ぶべきところの二つ隣に列を作っているAクラスの最後尾に、日本では珍しい銀色の髪の子を見つけた。

 小柄でツインテールヘアーの彼女は、多分――。


「アイラちゃんって、俺たちと同い年だったの……?」


 銀髪の少女はアイラちゃんで間違いなく、どう見ても年下にしか見えなかった俺はルナに尋ねてみた。


「そのことに関しましても、のちほどお話をさせて頂きます」


 質問に対して、ルナは何か意味ありげに返してきた。

 この言い方から察するに、やっぱりアイラちゃんは俺と同い年ではないんだろう。


 となると、年齢を偽って学校に留学できる彼女たちは、本当に何者なんだ……?


 てか、ルナも俺と同い年じゃない可能性が出てきたのか……。


 とはいえ――年齢を女性に聞くなんて失礼だし、変わったとしても一歳か二歳くらいだろうし……まぁ、いっか。

 タメ口を使っていても、ルナは嫌そうな顔をしていないし。


「わかった、ありがとう」


 とりあえず、ルナにお礼だけ言って俺はまた前を向く。


 アイラちゃんがAクラスってことは、莉音と同じクラスか。


 ……偶然、だよな?

 さすがに狙って、アイラちゃんをそのクラスにしてはいないと思うけど……。

 莉音のことは知らないだろうし……。


 そんなことを考えてAクラスに視線を向けると、莉音が俺のほうを見ていた。

 俺と目が合った後その視線は隣にいるルナに向き、《なんで留学生がその位置にいるの?》とでも言いたげにキョトンとして首を傾げる。


 あの様子を見るに、俺とルナの騒動は知らないらしい。


 まぁ先程起きたばかりのことだし、それは当然かもしれないのだけど。


 でも、知られるのは時間の問題で――ルナのこと、どう説明したら納得してもらえるだろうか……。


 とまぁ、俺は莉音に気を取られているんだけど、他の生徒たちといえば――


「な、なんだよ、あのめっちゃかわいい子!」

「くそ、一年生だったのか! 俺たちのクラスに来てくれたらよかったのに!」


「いいなぁ……お友達になりたい……」

「凄く上品な雰囲気を纏っているんだけど、どこかのお嬢様……うぅん、お姫様だったり……?」

「ばか、お姫様がこんな学校に来るわけないでしょ。きっと人柄よ」


 ――みんな、ルナに注目しているようだった。


 一年生から三年生までの全クラスが、ルナに視線を向けているようだ。

 やはり、それだけ彼女は目を惹いてしまう存在なのだろう。


 当の本人はといえば、先程までの甘えん坊のような姿とは打って変わり――まるで別人かと思うくらいに、凛として上品な佇まいになっていた。


 一緒に過ごした数日間で俺のルナに対するイメージは、子供のような甘えん坊という感じだったのだけど、迎えが来た時の彼女は今のように凛として堂々としていた。

 いったいどちらが、彼女の素なのだろう?


 俺はまだまだルナに対して知らないことが多すぎるので、これから少しずつ知っていけたらいいなぁっと思うのだった。

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