第8話「お別れ」

『い、いったいこれはどういうことですか……!? ご説明をして頂きたいです……!』


 眼鏡をした女性は、顔を真っ赤にして眉を吊り上げながらルナに詰め寄る。

 めちゃくちゃ怒っているようで、ルナを庇ったほうがいいかと思ったのだけど――ルナに、手で静止されてしまった。


『…………』


 眼鏡の女性の隣にいた童顔の少女は、ジィーッと俺の顔を見つめてきている。

 この子たちは、いったい何者なのだろう……?


『どういうことも何も、見ての通りです』


 ルナは眼鏡の女性に対して、両手を広げて自身の格好を見せつける。

 英語だから何を言っているかはわからないのだけど、仕草的に格好の説明をしているんだろう。


 ……胃が痛くなってきた。


『まさか、その男性と……!?』

『一緒に寝て、優しく抱き合いました。つまり、そういう関係にあります』

『――っ!』


 ルナは何を話しているのだろうか?

 まるで親のかたきでも見るかのような目で、眼鏡の女性が俺を睨んできた。


 普通に怖いんだけど……?


『聖斗様をそのような目で睨むのは、おやめください』


 英語がわからないせいで完全に置いてきぼりをくらっているのだけど、ルナが珍しく怒っているような表情を浮かべた。


 どんな会話をしているんだろう……?

 俺の名前が出たような気はするんだけど……。


『ご自分の立場を理解されておられないのですか!? 婚約を結んだ身でありながら、こんなこと――!』


 ルナが言ったことはよほどまずかったのか、既に激おこだった眼鏡の女性が更に目を吊り上げて怒鳴り始めた。


 本当に何を話しているんだ……?


わたくしは、その婚約に納得をしておりません。お父様方が勝手にお決めになられたことです』


『我が儘をおっしゃるのはおやめなさい! ただでさえ結婚をする前の思い出として、日本に遊びに行きたいという我が儘を言い、その願いを叶えた途端姿をくらますなんて――父君や母君はお怒りですよ……! その上、婚約者でもない相手と体の関係を持つなど、相手方になんとご説明をなさるおつもりか……! 婚約破棄になりかねませんよ……!』


 どうしよう、止めたほうがいいかな……?

 めちゃくちゃキレてるんだけど……。


 英語がわからなくても余裕でわかるくらいに、眼鏡の女性は怒り狂っている。

 そんな彼女を、正面から毅然きぜんとした態度で相手をしているルナは凄い。


『私は既に、そのおつもりです』

『いい加減に――!』


 ルナに対して、更に眼鏡の女性が怒ろうとした時だった。

 童顔の少女が動いたのは。


『――いい加減にするのは、あなたのほう。いくら教育係だからって、口が過ぎる』

『――っ!?』


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 童顔少女が動いた瞬間、眼鏡の女性が気を失って床に倒れ込んだのだ。


『アイラ……』


 童顔少女のことを、ルナはアイラと呼んだ。

 それがあの子の名前らしい。


『不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございません』

『いえ、いいのです。いつもありがとうございます』


 ルナに対してアイラちゃんが頭を下げると、ルナは優しい笑顔を返した。

 倒れた女性のことは心配しているようにないのだけど、大丈夫なのだろうか……?


「お騒がせ致しました」


 話は終わりだ、と言わんばかりにルナは俺に話しかけてきた。

 これ、ツッコんでもいいのだろうか……?


「その女性は、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫です、意識を奪っただけなので」


 俺の質問に対して、淡々とした様子でアイラちゃんが日本語で答えてくれた。


 彼女は、銀色に輝く綺麗な髪をサイドに結んだツインテールヘアーをしており、低身長と童顔というとても愛らしくてかわいらしい子なのだけど、態度がとてもクールだ。


 先程の動きといい、いったい何者なのだろう……?

 少なくとも、ルナを攫おうとしていた男たちより断然この子のほうが強いと思う。


「あっ、この子はアイラ・シルヴィアンといい、私のお世話係兼ボディーガードを務めてくださっています。私を逃がしてくださったのも、この子なんですよ?」


 ルナはニコニコとした楽しそうな笑顔で、アイラちゃんを俺の前に連れてくる。


 シレッととんでもないことを言われた気がするんだけど……?


「えっと、お世話係に、ボディーガード……?」


 ルナって、いったい何者……?

 悪い奴らに無理矢理働かされている、借金を抱えている少女じゃないのだろうか……?


「あっ……!」


 ルナは《しまった……!》と言いたげな表情を浮かべた。

 どうやら口が滑ってしまったようだ。


『この御方には、どこまでお話をなされているのでしょうか?』


 そんな中、相変わらずクールなアイラちゃんがルナに視線を向ける。


『ほとんどお話をしておりません……』

『それはそれで、問題があるように思いますが……』


 申し訳なさそうなルナに対し、アイラちゃんは首を傾げてしまう。

 また二人は英語で話し始めたので、俺は置いていかれていた。


『お話が全てついてから、彼にもお話をしたほうがいいかと……』

『なるほど、外堀を完全に埋めて逃げ道をなくすおつもりなのですね。ルナ様は、それほどこの御方のことをお気に入りになられたと』


『言い方が引っかかりますが……否定はできませんね……』

『かしこまりました、お考えに従います。それにしましても……いくらルナ様とはいえ、分が悪すぎる賭けだと思っておりましたが……まさか、本当に目的を達成されてしまわれるとは……』


 アイラちゃんは意外そうに呟きながら、俺にゆっくりと近づいてきた。

 目の前に来るなり、至近距離から俺の顔を覗き込んでくる。

 頑張って背伸びをしているようだ。


『澄んだ綺麗な瞳ですね……。ルナ様がお好きそうなお優しい顔付きをなされておりますし、私の部下を倒す実力もある……。何より、ルナ様がお決めになられた御方なら……問題はないでしょう』


 俺の顔を見つめながら何やらブツブツと言っているのだけど、この時間はいったいなんなのだろう?

 目を逸らしていいのかもわからず、俺は見つめ返すしかできなかった。


『この御方のお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?』

『聖斗様です』


 アイラちゃんがルナに話しかけると、ルナは笑顔で俺の名前を口にした。

 それにより、アイラちゃんの視線が再度俺に向く。


「聖斗様」

「は、はい?」


 突然アイラちゃんに名前を呼ばれ、俺は戸惑いながら返事をする。


「ルナ様と一緒に寝られたというのは、本当でしょうか?」

「はい!?」


 この子、いきなり何を言い出すんだ!?

 なんか鉄のようなものを腹に当てられているんだけど――これ、銃じゃ……!?

 なんで日本でこんな物騒なものを持っているの、この子……!?


「正直にお答えください。どうなのでしょうか?」


 果たして、本当に正直に答えていいのだろうか?

 むしろ正直に答えたほうが、引き金を引かれる気がするんだけど……?


 俺はダラダラと冷や汗を流しながら、ルナに視線を向ける。

 当然俺のほうを見ていたルナと目が合い、彼女は優しい笑みを浮かべながら頷いた。


 アイラちゃんが俺に何をしているのか、彼女には見えていないのだろうか……?


 ――いや、さすがにそんなはずはない。

 多分わかった上で、アイラちゃんを信用して落ち着いているんだろう。

 となれば、あの頷きの意味は――。


「ほ、本当です……」

「抱き合ったというのは?」

「それも、本当です……」


 ルナのおねだりにより、寝る時はいつも抱き合って寝ていた。

 今更否定することはできない。


「ありがとうございます、確認が取れました。ご無礼をお許しください」


 俺の答えを聞いたルナちゃんは銃をしまい、深く頭を下げてきた。


 寿命が十年くらい縮む思いをしたんだけど……この問いの意味は、なんだったんだろう……?


『ルナ様、父君や母君がお怒りなのは本当です。すぐに、お国に戻ってこいとのことですので』


 俺との話は終わりのようで、アイラちゃんはまたルナに話しかけた。


『わかっています、全て覚悟をしていたことですので』


 アイラちゃんに対してルナは真剣な表情で頷き、入れ替わるようにして俺のほうに歩いてくる。


 そのまま、彼女は――

「この五日間、ありがとうございました。またあなたのもとに、帰ってきますので」

 ――いきなり、俺の頬にキスをしてきた。


「ル、ルナ……!?」

「しばしのお別れになります。私のこと、お忘れにならないでくださいね?」


 戸惑う俺に対して、ルナは寂しそうな笑みを浮かべた。

 そして、部屋の中に入っていく。


「お着替えを致しますので、少々お待ちください」


 ルナは本当に帰るのだろう。

 最初に彼女が着ていた服へと、着替えるようだ。


 女の子が着替えるということで、俺は廊下で待つことにする。

 アイラちゃんはルナの後を追って部屋に入ったので、着替えを手伝っているのかもしれない。


 なんだか、一人置いていかれた気分だ。


「――それでは、ごきげんよう」


 着替えを終えたルナは靴に履き替え、お別れの挨拶をするなり外へ出ようとする。


「本当に、帰っちゃうの……?」

「……必ず、戻ってきますので」


 ルナはそう答えると、部屋を出ていってしまった。

 あまりにもあっけないお別れだ。


「聖斗様」

「アイラちゃん……?」


「ルナ様をお助け頂いたこと、心より感謝を致します。ルナ様はお約束を必ずお守りになられますので、そのおつもりでいてください」


 アイラちゃんは深々と頭を下げ、眼鏡の女性を抱えながらルナの後を追うように出ていった。


 約束を必ず守る、か……。

 結局正体もわからずじまいだったし、残された俺は信じて待つしかないんだけど……。


 ルナが戻ってきてくれるなら、俺にとって凄く嬉しいことなので、俺は信じて待つことにした。


 しかし――夏休み終盤になっても、彼女は帰ってこないのだった。




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【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます!!


話が面白い、キャラがかわいい、早く再会してくれ……!と思って頂けましたら、

作品フォローや評価(下にある☆☆☆)、いいねをして頂けると嬉しいです(≧◇≦)

モチベーションにもなります(*´▽`*)


週間ラブコメランキング4位になっていましたので、

1位になれるように頑張ります…!!

(実はここ数年、まだ週間ランキングでは1位になったことがないです…)


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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