第7話「約束の日」

 ルナと暮らし始めて、五日が経った頃――。


「聖斗様……」


 突然ルナが、後ろから抱き着いてきた。


「ど、どうしたんですか?」


 彼女のスキンシップには相変わらず慣れず、俺はバクバクとうるさい鼓動を気にしないようにしながらルナに声をかける。


「お約束の日が、来てしまいました……」

「えっ……?」


 お約束の日って――もしかしなくても、今日が別れの日なのか……?


 昨日までルナは何も言わなかった。

 いくらなんでも、突然すぎると思う。


「どうして、急に……?」

「元々、今日と決めていたのです……。お伝えすることができず、申し訳ございません……」


 はなからルナは、今日を別れの日と決めていたようだ。

 それなら、言ってくれたらよかったのに……。


 そう思わずにはいられなかった。

 なんせ俺にも、心の準備が必要なのだから。


「今日じゃないと……駄目なんですか……?」

「これ以上日が経ってしまいますと、おそらく大騒ぎになってしまいますので……」


 大騒ぎ?

 ルナを捕まえていた組織が、ルナをあぶりだすために何か事件を起こすのだろうか……?

 そんな男たちのもとに、彼女を帰したくはない……。


「俺は大丈夫なので、いつまでもここにいてくれたらいいんですよ……?」


 当初の約束は数日ということだったが、この五日間何も問題は起きなかった。

 俺はおかずなどを買いに外に出ているが、危ない連中に会うこともなかったのだ。


 俺が学校に行きだしたら家で一人待ってもらわないといけなくなるが、今まで通り生活はできるだろう。

 卒業をしたら俺は働いてお金を稼ぎ、彼女を養う道だってある。


 外に出られないことは彼女のストレスになるかもしれないが……危ない連中のもとに戻るよりは、マシのはずだ。


 しかし――。


「ありがとうございます……。聖斗様は、本当にお優しいですよね……。ですが、申し訳ございません。わたくしは、帰らねばならないのです」


 どうやらルナは、覚悟を決めているようだ。

 彼女の意思を押さえつけるような真似はできないし、権利もない。


「そう、ですか……」

「あの、また抱きしめて頂けませんか……? 私に、勇気をください……」


 ルナは俺の体から離れると、お願いをしてきた。

 これが最後のおねだりなんだろう。


 俺はルナのほうを振り返り、優しく抱きしめる。


「危ない真似は、しないでくださいね……?」

「大丈夫です。私はまた、聖斗様のもとに戻ってくるおつもりなので」


 それは、俺に対する気遣いなのだろう。

 ルナは根本的問題の解決に向かっていると言っていたが、あの男たちのもとに戻るなら無事だとは思えない。

 本当に、行ってほしくなかった。


「ありがとうございます、もう大丈夫ですので……」


 ルナはトントンッと優しく俺の体を叩き、暗に放せと言ってきた。

 ゆっくりと放すと、彼女は自身のスマホに電源を入れる。

 俺と会う前から彼女は電源を切っていたらしいのだけど、おそらくはGPS対策なのだろう。


 彼女はそのまま、どこかに電話をかけ始めた。


『――はい、勝手をしたことは謝罪致します。私は大丈夫ですので――』


 電話からはキンキンキャンキャンと怒鳴る、女性の高い声が聞こえてきた。

 英語というのもあり、何を言っているかは全然わからないが、どうやら相手はかなり怒っているようだ。


 ルナは落ち着いた様子で相手をしており、話がついたのか通話を切った。

 そして、困ったように笑いながら俺の顔を見上げてくる。


「少々騒がしくなってしまいますが、お許しください」


「……なるほど、それは仕方ありませんね……」


 どうやらルナは、この場所を先程の通話相手に教えたようだ。

 俺を巻き込み危険にさらすような行為であり、普通なら信じられないことだろう。


 だけど彼女は、優しくて気遣いができる子だ。

 何も考えずにこの場所を教えたとは思えないし、何か理由があるのだろう。

 俺は彼女のことを信じることにした。


 これがもし天然によるやらかしだったとしても――それが俺の運命だったと、受け入れるしかない。


『……大丈夫、全てうまくいくはずです……』


 ルナは深呼吸をし、独り言を呟いた。

 どこか緊張した様子なのは気になるが、もう後はなるようになるしかない。


 やがて――


『――鍵を開けなさい!!』


 部屋のドアが、ドンドンと勢いよく叩かれた。

 声は女性のようで、先程の電話相手だろう。


「聖斗様、一緒に来て頂けますか?」

「ちょっ、その格好のまま出るつもりですか!?」


 現在ルナは、初日と同じ彼シャツの格好をしていた。

 初日だけという約束だったのに、結局彼女は着替えを取り出す度に俺のワイシャツを取り出し、この格好で居続けたのだ。


「こちらのほうが、お話がお早いですから」


 ルナはニコッと笑みを浮かべ、俺の手を取る。

 服を着替えないからおかしいな、とは思っていたけど――まさか、この格好で出ようとするなんて思わなかった。


『早くお開けなさい!!』

『すぐお開け致しますから、そう怒鳴らないでください』


 外から叫ばれる言葉に、ルナは優しい声で返しながらドアノブに手をかける。

 そして、彼女がゆっくりとドアを開けると――。


『まったく、いったい何をお考えで――っ!?』


 ドアの先にいた三十代くらいの眼鏡をかけた厳しそうな女性が、ルナの格好を見るなり息を呑んだ。

 その隣には、俺やルナよりも若い小柄の少女が立っており、彼女も驚いたように目を丸くしている。


 そりゃあ、そうだよな……と俺は思いながらも、想像していた人たちとは全然違う感じの人たちが立っていたので、少し状況が呑めないのだった。

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