第6話「抱き合う二人」

「…………」

「聖斗様、眠たいのですか?」


 お風呂から上がってルナと一緒にアニメを見ていたのだけど、気が付くと意識が遠ざかっていた。


「すみません、今日はいろいろとあって疲れているようです……」


 変な男たちと戦ったり、全力で逃げたり、ルナの扇情的な姿や行動に振り回されたりと、心身ともに疲れていた。


「それでは、歯磨きをして寝ましょうか」

「ルナは、まだアニメを見ていていいんですよ?」


 時刻としては二十二時くらいだろう。

 彼女は熱心にアニメを見ていたのだし、付き合わせるのは可哀想だ。


 しかし――。


「いいのです、アニメは明日も見ることができますので」


 どうやらルナは一緒に寝るつもりのようだ。

 相変わらず彼シャツの格好をしたままだし、この姿で一緒に寝られると眠気なんて吹っ飛びそうなんだけど……。


 ――結局ルナは引かず、俺たちは歯磨きをして寝室へと向かう。


「先にお入りください」


 ベッドのところに行くなり、ルナは俺に入るよう言ってきた。

 だから言われた通り俺はベッドに入り、掛け布団を持ち上げる。


 すると――。


「えへへ……」


 ルナはかわいらしい笑い声を漏らしながら、嬉しそうに布団の中に入ってきた。

 あまりにもかわいすぎるので、俺は手を出さないように彼女に背を向けた。


「……どうして、壁を見ておられるのですか?」


 俺の行動がお気に召さなかったようで、不満を含んだ声でルナが話しかけてくる。


「慣れないことなので……」


 女の子と一緒に寝るのなんて、幼馴染の莉音りおんと寝た小学校の低学年以来だ。

 緊張しないはずがない。


「……こちらを、向いてください……」

「――っ!?」


 ピトッと背中にくっつかれて、俺は心臓が口から出そうになる。


 やっぱりこの子、グイグイ来すぎだよ……。


「な、なんでですか……?」

「…………」


 理由を尋ねると、ルナは指で俺の背中をなぞり始めた。

 文字を書くわけでもなく、単純に背中をなぞっているだけのようだ。


「くすぐったいですよ……」

「こちらを向いてください……」


 どうやら、俺がルナのほうを向くまでやめないつもりらしい。

 こんな行動もいじらしくてかわいいと思うのは、ルナにのぼせてしまっているのだろうか……?


「これで、いいですか……?」


 ルナのかわいさに負けた俺は、彼女のほうを向く。

 それによって、ルナは――。


「……♪」


 俺が背中を向けるのを防止するためか、俺の胸にくっついてきた。


「ちょっ、やりすぎですよ……!」


 もうやりたい放題じゃないか!


 いや、嬉しいけど……!

 嬉しいけどこれは、いろいろと困るって……!


 女性経験がない男にとって、ルナの取る行動がどれだけ刺激的か考えてほしかった。


 そんな彼女はといえば――。


「私、怖かったんです……」


 何やら神妙な様子で、胸の内を吐露とろし始めた。


 ……そういえば、天然な様子に振り回されて忘れガチになっていたけど、彼女は訳アリだった。

 もしかしたら、無理して明るく振る舞っていただけなのかもしれない。


 そう思った俺はルナを離そうとするのはやめて、彼女の話を聞くことにした。


「それは、俺と暮らすことに関してですかね?」

「いえ、違います……。逃げ出したことが、私にとってとても大きな賭けだったのです……。捕まれば、全てが終わりでした……」


 ルナの境遇については聞かないようにしていた。

 結構闇が深そうだったので、傷つけないように彼女が自分から話してくれるまで待とうと思っていたのだ。

 だから良くは知らないのだけど、捕まってしまうとしたくないことをさせられるということは教えてくれていた。


 それが、よほど嫌なことなんだろう。


「ただ逃げるだけでも駄目でした……。それでは、時間稼ぎにしかならず、根本的な問題の解決にはなりませんので……」

「その言い方だと、今は根本的な問題の解決になったのでしょうか……?」


 ルナは数日俺の家で匿うだけでいいと言った。

 先程の言い方から考えても、既に問題は解決の方向に動いているんじゃないだろうか?


 どうしてそうなったのかは、まだ見えてこないけど。


「はい、聖斗様のおかげでおそらくは……。本当に、ありがとうございます……」


 ルナはそう言うと、スリスリと顔を俺の胸に擦り付けてきた。

 その行動はまるで、甘えてきているように感じる。


「俺がしたのって、変な男たちから助けただけですけど……。どうして、それが根本的な解決に……?」


 今俺が知っている情報だけだと、ルナはまだ逃げているだけだ。

 何も根本的な解決をできたとは思えない。


「いずれ、おわかりになると思います。今お話しできないことを、お許しください……」


 どうやらまだ話せないらしい。

 いったいルナが何を待っているのか。

 それは気になるけど、いずれわかるのならその時まで待てばいいだけだ。


 素直でいい子の彼女が話せないというのだから、よほどのことなんだろうし。


「わかりました、それまで待ちますね」

『……本当に、お優しい御方……』


 ルナはボソッと英語を呟くと、再度顔を擦り付けてきた。

 こんなことをされると頭を撫でて甘やかしたくなるのだけど――グッと、我慢をした。


 女の子の髪に気安く触れてはいけないというのは、既に学んでいる。


「聖斗様……」

「はい?」

「抱きしめて頂けませんか……?」

「えっ!?」


 欲望を必死に我慢していると、なぜかルナのほうから誘ってきた。


 いくら海外は日本よりこういったことで進んでいるとはいえ、ここまでグイグイ来るものなのだろうか……?


「そうして頂くと、安心して眠ることができそうなので……」

「あっ……」


 なんだ、そういうことか。

 今まで大変な目に遭っていただろうルナは、安らぎがほしいんだろう。

 よくくっついてきているのも、安心を求めてなのかもしれない。


「こ、こうでいいですか……?」

「あっ……はい♪」


 優しく抱きしめると、ルナの声がわかりやすく弾んだ。

 そして、彼女も俺の体に手を回してくる。


 まさか、付き合っていない子とこうして抱き合って寝る日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 ――もちろんこの後は、俺はドキドキとして全然眠れなかったのだけど。

 女性経験がない男に、これは刺激が強すぎるよ……。

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