第5話「彼シャツ」
「――はぁ……とてもおいしかったです」
晩御飯を食べ終えたルナは、満足そうに笑みを浮かべた。
堪能してくれていたようなので、俺も作った
「お口に合ったようでよかったです」
「聖斗様はお料理もできて、素敵ですね」
「そうですかね……?」
ルナはすぐに褒めてくれるので、俺は照れくさい気持ちになりながら食器を流しへと運ぶ。
彼女も俺と同じように茶碗やお皿を持ってくると、ソワソワとしながら俺の顔を見上げてきた。
「私、お皿洗いをするのは初めてです」
「座っていてくださってかまいませんよ? 俺のほうで洗っておきますので」
俺にとってルナはお客様なので、皿洗いをさせるのは気が引ける。
だから言ったのだけど――。
「したいです……」
ルナは、お皿洗いをしたいらしい。
確かに、先程初めてと言っていた時は、どこか楽しそうだった。
やったことがないということで、やってみたかったんだろう。
「では、俺が洗いますので、
ルナの気持ちを尊重し、俺は手伝いをしてもらうことにする。
『押さえつけることなく、私の気持ちを尊重してくださる……。やっぱり、お優しい御方です……』
ルナはニコニコとした笑顔で何かを呟いた後、流し台にかけてあった布巾を手に取った。
そして俺が洗ったものから順に、丁寧に水を拭き取っていく。
やっぱり素直でいい子なんだろう。
見た目も凄くかわいいし、仕草は上品だし、性格は素直だし――ルナと一緒に暮らせるのは、かなりの幸運だと思った。
だけどそれも数日限りなので、少し残念だ。
「――お風呂を入れましたので、お先にどうぞ」
食器洗いを終えた後、俺はルナに風呂ヘ入るよう促した。
「あっ、着替え……聖斗様のタンスを拝見させて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
彼女の下着は買ったものの、着替えの服は買っていない。
あまり外を出歩くリスクを取りたくなかったことと、ルナ自身が必要ないと言ったことが理由だ。
服に関しては、俺から借りる予定でいるらしい。
「ありがとうございます」
ルナは嬉しそうに笑うと、寝室のほうへと歩いていく。
わざわざついて監視をする必要はないだろう。
天然が入ったとぼけたところはあるけれど、基本的にいい子のようだから好きにさせておく。
そう思ってリビングで待っていると――。
「あの、聖斗様……?」
「はい――っ!?」
弱々しい声に振り返ると、なぜかバスタオル一枚を体に巻き付けて、他は何一つ身にまとっていないルナが立っていた。
「ななな、なにして!?」
「お体の洗い方が、わからなくて……」
動揺しながら尋ねた俺の質問に対し、ルナは信じられないことを言ってきた。
「そんなわけないでしょ……! からかっているんですか……!?」
「ち、違います……! 本当に、わからないのです……!」
もしかして、誘っているのだろうか?
天然に見えていたのは、全て演技?
そう疑ってしまいたくなる。
だってこんな展開、天然を差し引いても普通はありえないだろう。
「じゃあ、今まではどうやって入っていたんですか……!?」
「いつもは体を洗って頂いていましたので……。自分でするとなると、わからないのです……」
体を洗ってもらう?
いったい誰に?
聞けば聞くほど信じられなくなるが、ルナはとてもかわいいし金銭面的に問題を抱えていそうなので、物好きな男に体を洗われていたのかもしれない。
したくないことをさせられるとは、やっぱりそっち方面なのだろうか?
とはいえ、それでも幼い頃とかは自分で洗っていたはずなんだけど……ルナが心に傷を負っている可能性があるので、踏み込むことはできなかった。
「本当に、わからないんですか……?」
「はい……。教えて、頂けませんか……?」
ルナが嘘を言っているようには見えない。
信じられないことではあるが、ルナは本当に体の洗い方がわからないようだ。
今まで、どういった生活をしてきたんだ……。
「わかりました、ついてきてください……」
俺はルナの体をなるべく見ないように気を付けながら、彼女の隣を通り抜ける。
そして風呂場に行くと、シャワーの使い方や、シャンプー、コンディショナーなどを使った体の洗い方を説明した。
「わかりました、ありがとうございます」
ルナは一度で覚えたようで、かわいらしい笑みを浮かべながらお礼を言ってきた。
バスタオル一枚で男の前に出てくることといい、彼女は本当に危機感が薄い。
悪い男に保護されなくてよかったと、心から思った。
「それでは、ゆっくりしてください」
とりあえず、風呂場のドアを閉めてすぐにリビングへと戻った。
どんだけ頑張っても彼女のバスタオル姿が頭から離れないが、忘れるしかないだろう。
夜は一緒に寝ることになってしまっているのだし、このままだと我慢ができなくなってしまう。
俺はそのまま、ルナがお風呂から上がってくるのを待つ。
すると――。
「お待たせしました」
「――っ!?」
髪をほんのりと濡らしたまま出てきたルナは、今度は俺が普段学校で着ているワイシャツだけを身にまとって立っていた。
いや、パンツは
「あの、他に服はありましたよね……!?」
「彼シャツ、というものです。憧れていましたので、この機会に着てみました」
ルナはほんのりと頬を赤く染めながら、照れくさそうに笑みを浮かべる。
一応、恥ずかしいという気持ちはあるようだ。
それにしても、やっていることが大胆すぎる。
そもそも、彼シャツの意味をちゃんと理解しているのだろうか?
「風邪を引きますから、ちゃんとした服を着てください……!」
「嫌です……!
説得をしようとすると、ずっと素直でいい子だったはずのルナがまるで幼子かのように、ブンブンと首を左右に振って嫌がった。
アニメが大好きということで、ラブコメでよく出てくる彼シャツに強い憧れがあったようだ。
――いや、うん。
なんでそれを今したがるんだ……。
そうツッコミを入れたくなるけれど、ルナが必死なので取り上げるのが可哀想になってくる。
そもそも、今取り上げてしまうと彼女は下着姿になってしまうので、下手に取り上げることもできないのだけど。
今日だけは、見逃したほうがいいだろうか……?
「はぁ……わかりました、今日だけですからね……?」
「――っ! はい……!」
認めると、ルナはパァッと表情を輝かせた。
本当にこの格好がいいようだ。
やっていることには困るけど、嬉しそうな彼女はとてもかわいくてなんとも言えない感情を抱いてしまった。
「それよりも、髪を乾かしましょう」
ルナの髪はほんのりと濡れているので、タオルで拭き取っただけなのだろう。
体の洗い方もわからないくらいだから、ドライヤーの使い方もわからなかったんじゃないだろうか。
「あっ……乾かして頂けますか……?」
期待したようにチラッと俺の顔を見てくるルナ。
どうやらやってもらいたいらしい。
「慣れないことですから、うまくできないかもしれませんよ?」
「かまいません、聖斗様にして頂けるのであれば」
なんというか、彼女は甘え上手だと思う。
そういう環境で育ってきたんだろうな……。
俺はそう思いながら、ルナの髪を優しく丁寧にドライヤーで乾かすのだった。
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