闇の中の徘徊


「フェンティ、俺はどうすればいい?」


 「いつも自信満々のお前がどうしたハルヴァ?」


 「フェンティ、俺はそこまで間抜けではないぞ。これは地獄への片道切符だ。」


 何故にこの書簡が自分達の手元に転がり込んできたのか理解できずにいた。考えれば考えるほど、これは幸運なことではなく、とてつもなく不吉で危険な事件だと結論付けざるを得ない。


 「お前これが何だか分かってるのか?」


 「できれば俺は見なかったことにしてほしいな。」


 「貴様、怖気づいたか?」


 「ついたな。」


 魔毒中毒で収監されている元貴族家当主や縁者の名簿、タネル男爵の情報は不確かなものだった。


 二人顔合わせて力なく笑うしかなかった。


 今、多くの成り上がり貴族達が血眼で捜索している流行病で急死した魔法省大臣ロイター伯爵の覚え書きだ。血眼で探していたのはミルファー辺境伯のはずだったのに、いつのまにか王宮に使える多くの者がその存在を探している。


 様々な噂が飛び交っている。


 "辺境伯が何人たりとも立ち入ることのできない黄昏の教団の天空の大聖堂に入った"だの


 "辺境伯の第一夫人エレオノール剣聖伯が突然、王都に現れ莫大な魔石で深緑の教団を買い取った"だの。


 "前辺境伯第一夫人リズタンテ元王女が後宮に居据わりその勢力を伸ばしている"とか。


 その一つ一つが事実かどうかは別としてミルファー辺境伯に敵対するイコール破滅の図式が出来上がりつつある。


 その最先端にいた二人に逃げ道はなく。手に入れた覚書を辺境伯に差し出し、頭を床にすりつけるしか、生き残る道はないと思われたが。その覚書の内容に二人は愕然としていた。


 事の発端はこうだった。


 ロイター伯爵は守秘義務の多い魔法大臣を拝命すると、家族を領地に戻した。酒好きの彼がうっかり秘密を漏らさないためだと言われていた。酒を飲むときは一人。もしくは、月に一二度秘密を共有する者達とこの酒場で飲んだ。

 

 彼がこの酒場を重宝していたのは、優れてた機密性による。個室があり出入りは裏口から可能で防音の魔導具を設置され、外に会話が漏れることはなかったからだ。さらに口の硬い女将の存在も大きい。


 その口の堅い女将から書簡を渡された。亡くなった伯爵から預かっていたものらしい。伯爵の側近として何度もこの酒場に訪れていた、信頼の厚かった二人と記憶していた彼等が久方ぶりに現れたのを良い機会だと思い持ってきたという。


 書簡と言っても封もなく、場所の特定できない地図と数字と記号の羅列にすぎない。知らない者が見ればただの落書きだ。だが、これが何を意味するものか知る者が見れば、とんでもないものとなる。


 「ミルファー辺境伯は、何故こんなものを探してるんだ?」


 「それが最大の問題だな。ハルヴァ、俺達の命運は尽きた。」


 「な、何を言うんだ。お前らしくない。それ、俺のセリフだ。」

 

 「だからさ、後ろ盾のない、俺たちには手に余る代物だ。」


 彼等に手渡されたのは、囚われた漆黒の教団司教あるいは、それ以上の危険な存在達の収監場所だ。強力な魔法を持ち洗脳や転生、転移の法も会得していると言う彼等は生かさず殺さずの状態で拘束されている。


 確かに魔毒中毒で収監されている元貴族家当主や高名な魔導士が同じ様な状態て拘束されているが彼等は敬意を持って遇せられており、ミルファー辺境伯が血眼で探す必要の無いものだ。


 しかし、これは暗闇の信徒が喉から手が出るほど欲しがる情報だ。 教団内でのし上がる為の最も有効な手札なのだ。


 もしその覚書を彼等が見たことを知られれば翌朝には激しい拷問でズタズタに斬り刻まれた肉片に変わっているだろう。もちろん必要な情報を洗い浚い吐かされた後で。


 「ミルファー辺境伯が暗闇の信徒だと云う可能性は極めて低い。」


 「そうだな。一度受け入れてしまえば彼が貫いているのは正義だとわかる。少しひねくれているだけだ。」


 「そもそも、そんな覚書が存在することすら知らないのかもしれない。」


 「それはとても危険な仮説だぞ。」


 「俺たちは追い詰められたネズミだ。初めからこうなることが筋書き通りだとしたらどうする。」


 「ご褒美を先渡しして執着心で目を曇らせるやり方だな。暗闇の信徒の常套手段だ。」


 学院を上位の成績で卒業し、魔毒耐性の高さが買われて魔法省に入省する。貧乏男爵の三男四男で爵位など考える必要も無かった。ただ、ただ剣と魔法と頭脳で上を目指した。幼馴染の二人は、好敵手としてほぼ同じ道程を歩みここ至っている。


 そして一族内での流行病の蔓延により親兄弟を失い爵位を受け継いだ。


 徹底した。会話による洞察力が彼らの強みだった。


 しかし、近頃は噛み合わない口喧嘩レベルの言い争いでしかなかった。


 「オドナルだな。」


 成り上がり貴族達の主流派交代劇以降。前主流派の二人と新主流派との繋ぎ役と称してあちら側に接近している友の顔を思い浮かべる。


 「やられたな、今は奴の顔さえ朧気にしか思い浮かばない。」


 「誰かの紹介で知り合ったと思うが、そこも思い出せない。」


 「少なくても宮廷内に二人の暗闇の信徒がいるというわけだな。」


 「しかし、なぜこの頃合いで呪縛が解かれたのだ?」


 「奴の俺達への関心が薄まったのと、よく考えれば、ここはミルファー辺境伯の社交クラブだぞ。置かれている魔導具も酔に誤魔化されていたが、この酒も食事も特別な魔法が付与されているのかも知れない。」


 「なるほど。ミルファー辺境伯領産の浄化の宴か、ロイター伯爵が唯一ここだけが気の休まる場所だとおっしゃっておられた。奴も迂闊には近づけないというわけか。」


 ロイター伯爵は前ミルファー辺境伯の学院時代からの友人でパーティーを組み迷宮で腕を磨いていたと聞いたことがあった。そんなことすら記憶の片隅に閉じ込められていた。


 「なんとかギリギリ第一関門は通り抜けられたようだ。」


 この一連の出来事が暗闇の信徒の策略であり、ロイター伯爵の側近だった彼等の運命を委ねる試練である事に考え至った二人は顔を寄せた。


 「さてどうする?」


 「何もしないかな。向こうから仕掛けてくるだろう。」


 「おそらく期限は祝福の儀だとすると後三日。」


 何やら特別な儀式になるらしい。各教団の魔導師達をはじめ領地に引きこもっている貴族達も王国に功績のある大商人達も恐る恐るながら王都に戻ってきている。


 アレンハーグ陛下からの重要な所信表明もあると聞く。


 「祝福の儀の及ぼす浄化の作用で、俺達の呪縛が解けるとわかっているはずだ。」


 「覚書を手に入れ、罪を俺達に擦りつけ逃亡するつもりだろう。」


 ロイター伯爵の指令書を改竄した罪は帳消しにはできないが、せめて一矢報いてやろうと考えを巡らせる。


 「俺達に見切りをつけたように見せかけて、自由に泳がせているつもりだろう。」


 「見張りがついてるのなら都合が良いな。」


 彼等は元々の予定通り、飲んで食って憂さを晴らし、生き残りのための策略を巡らす。






―――――――――――――――――


 

 昼間から三時間、足元が怪しくなるほど酒を飲み、最後には路上で激しく罵り合いながら二人は別れたという。


 ミルファー辺境伯絡みの社交クラブでの痴態の報告を受け、オドナル子爵は苦虫を噛み潰したような顔になる。


 "やはり、あの覚書を手に入れるのは奴らだったか。


 だが、罵り合っていたなら呪縛の影響下だ。啀み合い意見は結して纏まらない。あの覚書を誰に委ねるか言い争っていたのだろう。逃走経路は潰したという、あの男の言葉を真に受けて手放そうとした手駒だがギリギリまにあった。問題はあっさり殺して奪うか罠に掛けて騙して奪うか、あるいは脅して奪うのもいいかもしれない。


 行く先はミルファー、ニコランデル、バーゼアのいずれかだろう。彼らに後ろ盾がない以上、それは決定だ。暗号と数枚の地図だということも調べがついている。暗闇の教団特性の呪縛で疑心暗鬼は頂点に達してる。どちらか片方では効力がないように二つに分けられているはずだ。あの覚書の危険性も十分理解していると考えて良いだろう。"


 そこへ次の報告が入ってきた。


 「二人は館には戻らず魔法省時代使用していた隠し部屋に入ったようです。」


 「ちっ、そんなものまだ残していたのか。まあ、良い袋のネズミに違いはない。」


 「いかがいたします?」


 「三日後の祝福の儀まで逃げ果すつもりだろうが、こちらにも時間的余裕が出来た。ゆっくり準備するとしよう。二人に動きがあるまで静観だ。」


 手柄を横取りされる事だけは、つまらんからなと思いながらそう言った。

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転生勇者の憂鬱 tReisen @Shiery

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