第15話再会と出会い
時は少し遡るが。
ヴァレリー第二夫人がソランに到着し、半年早く生まれた双子の姉と兄と対面する。まあ、あちらは普通に赤ん坊なので特に何もない。燃え上がるような赤毛のヴァレリー夫人からは抱きしめられ、何故だか分らないが感謝された。
そして数日後。
王都への旅は突然始まった。
船長ドラン・デイエルがマリスの前で跪き何やら誓いの言葉を述べると航海魔導士達が動力機関に火を入れて帆に風を送り込む。上げ潮に乗り数十海里の行程を一気に進んでいく。途中ガルデジャインの浅瀬と言う場所では多少皆緊張した様に見受けられたが何事もなかった。
北の山脈の雪解け水を源流とする大河は途中、巨大なダィン湖となり王都方向に向かうデガルダと辺境伯領へ向かうヘダルドに支流を分ける。
湖畔の町々は良い意味孤立しているため 流行病の侵入は防げている。定期船であれば 数ヶ所で荷の上げ下ろしをするが早船は湖を横切るとそのままデガルダを下り王都へと向かう。
ドラン船長の話では夏は良いが、ダィン湖の冬はなかなかの難所らしい。氷河から離れた巨大な氷片が湖南まで
流れてくるので、冬期は夜の航行は危険度が上がるということだ。
やがて早船は大河デガルダから王都を巡る運河に入る。王都を囲む巨大な城壁抜ける時、船長が水門を守る衛兵に鑑札を投げ渡す。遮るものはない。マストに掲げられた辺境伯家の旗は一族の高位の者が在船していることを示している。
辺境伯家専用の船着場が近づいてきた。しかし、先に到着していた定期船の荷卸しの小舟が邪魔をしてなかなか近づけない。
それから、先の出来事は生涯忘れないだろうとリューガは思った。
痺れを切らした一人の男が小船を伝って跳躍しながら近づいてくる。見事な身体能力だ、それを見てエレオノールはリューガを抱くマリスごと抱き上げると、彼女も飛び出した。
二人は抱き合い回転しながら小舟に着地して口吻けた。
「ふふっ、会いたかったんでしょう?」
「あぁ、死にほど会いたかったな。」
「私もよ。」
駆け引きのない夫婦の会話に心打たれた。
「リューガよ。」
夫婦の再会と父子の邂逅、歴史模様がさらに複雑に混じり合う瞬間だった。
モーヴ大聖堂再建の建設クランの選定は難しいものではなかった。一人の老建築家が深緑の教団本部前広場で土下座、断食を始めたのだ。男の名前はロンソン匠の称号を持つ建築家で大聖堂再建の話を聞きつけやって来たらしい。モーヴ出身で幅広く建築業を営み 古都の保存修復にも深く携わってい た人物だ。
例の災厄の始まりの日、大聖堂の避雷針の取り替えを請け負っていたのも彼のクランだ。彼も現場で指揮を取り、鎮火活動にも加わり大きな火傷もおった。
王都においては国への再建の陳情、王立図書館での初期の設計図の入手から建立に至るまでの建材の選定や職人達の日報まであらゆる資料の精査を行っていたらしい。
私費を投じ焼け跡の中から再利用可能な資材の確保、保管まで、要するに責任を感じていた。凄まじい狂気のレベルではあるが、そういうことだ。
資金も尽きかけ、あとは我が身を地面に擦りつけるのみ、と云うことなのだろう。
対応に苦慮した聖女は辺境伯に相談を持ちかける。想像を超え辺境伯の返答はいたって単純なものだった。
"男に十分な資金を与え、金の問題で滞っていた懸案を解決し、教団を介して人材を集めるように促してください。"との返事と、とんでもない量の魔石が送られてきた。
既に復興は始まっているのだ。モーヴ大聖堂の再建だけでなく、災厄からの復興が。聖女ワーデルは直ぐ様、保留になっていた聖女マリスに関する覚え書きに署名する。そして自らでリューガとマリスの婚約の儀式を執り行った。
それから数日が経ちマリス達は領都ソランに戻り最前線へと、未来のための出会いと別れを重ねていくために。
或る夫婦が授かった娘への祝福の儀が聖女として最後の仕事とした。
モーヴ大聖堂の再建を請負ったその建設クランは建築家の夫君を魔の森にくい込んだ剣聖伯領に素材集めの監督者として派遣した。細君は構造力学を専門とするデベロッパーで二人は共にマテリアルソーサラーだ。
有り体に言えば錬金術師となるが模索する方向性の真逆な二人が両立するには、その枠ぎめは窮屈と感じられる程の異才だった。
圧倒的に膨張する自我を操る夫君の芸術性と徹底的に洗練された結晶の様な素材で機能を再構築する細君の才能は、異端と呼ばれてもおかしくないものだった。
理解が困難な能力だが膨大な知識を持つマリスには分かる。未来の高度な科学技術が魔術に変換されたのだということを。とんがった才能とは裏腹に二人は信じ難い程お人好しだったのも好感が持てる。
二人がカデラと呼ばれる少し狂信的で古臭い深緑の信徒であり、時を越え血脈に風化されないように能力を宿す一族、かもしれないという期待も含めてマリスは二人の娘を受け入れることにした。物語はやがて時を経て 紡がれていくことだろう。
「聖女様お呼びでしょうか?」
レディン・カナリエが開け放たれた剣聖館の応接間の掃き出しドアから顔をのぞかせていた。
「マリスで結構です。」
もう 聖女ではないと、何度も繰り返されてきた 会話だがその夫婦は彼女を聖女と呼び続ける。
仕事中の傲慢とも取れる態度とは裏腹に 日常の二人はちょっと見かけの良いどこにでもいそうな若い夫婦だった。あとに続き入ってきたシュプル・
カナリエは良い匂いのするバスケットを抱えている。
マリスはいわゆるマジックボックス、の受け継いで来たお気に入りのコレクションの中から紅茶を取り出した。シルバーティップス、 シルバー ニードルなどと呼ばれるダージリンの最高峰。前世にインドで手に入れたものだ。
無論 マリスが二人を呼んだのは秘蔵のお茶を振る舞うためでも彼女の焼菓子を欲した理由ではない。ひとしきりの 世間話が終わるとマリスは本題に入る。
「二人に来ていただいたのは、これを見てもらいたいからです。」
そう言って取り出したのは銀色に輝く 複雑な文様の布袋だった。佐賀錦と呼ばれる もちろんこちら側の世界にはない織物で作られた笛袋に二人の目は釘付けになる。
長さ四十二cmの六本と呼ばれるG の音階を、男の好きだった ブルーなノートを奏でる篠笛の袋だが中身は異なるものだった。
マリスが中から取り出したのは一本のガラスの様な透明な棒だった。だが残念な事にその棒には無数の亀裂が入っていて今にも砕け散りそうな有り様だ。それでも、その存在は高貴、見ているだけで心も体も癒される特別なものだと予感させた。
「触れても大丈夫です。」
その言葉に反応しマリスの想像通り夫のレディンは笛袋を妻のシュプルはひび割れた棒を、互いに興味のある物へと手を伸ばした。
「素晴らしい文様だ。」
「雪の降り積む音を具現化したものです。」
「それはまた正気の沙汰ではございませんな。」
「サンダン・ギョーブ、モーヴ大聖堂を手掛けた狂人の作品です。」
モーヴ大聖堂の根核は異世界日本からの転移者、三田刑部が侘び寂びを剣と魔法の世界に落とし込んだ傑作だった。
「緻密に計算尽くされた妥協のない狂気。まいったな 今の私の知識と技術では とても 再現できそうにない。」
今の、という言葉にマリスは一応満足する。知識と技術を習得するための試練は用意してある。
問題はこちらの方だ。シュプルは手に取るものが全く何であるのか理解できないようで瞳が虚ろになっていく。
「これはハードクリスタルと呼ばれる、おそらくこの世界には存在しない物質です。」
「いえ、聖女様ここに私の手の中に存在します。」
やはり、この女も面白いマリスはにやりと心の中で笑う。
「不安です 何も手がかりなく暗闇の中を走り続ける そんな気分です。」
「もともとそういうものなのですよ。魔力の絶縁体のようなものです。」
「絶縁体?」
「ああ、失礼、魔力を通すための核が少ないもの あるいは全くないものをそう呼びます。それに砕け散ってしまわないように時を止める魔法がかけられているので そう感じるのでしょう。」
「そんな矛盾があるのですね。」
「貴女が 聡明で助かるわ、これは武器なのです。 この世界でたった一人しか扱うことのできない。」
無言だが、二人の顔が驚愕に変わる。一族に伝わる伝説の場面に一致したからだ。たとえ、深緑の聖女様でも知ることのない物語のはずなのだが。
「これを不幸と取るのも幸運と取るのも貴方達次第です 。しかし、 戦いは始まっています。」
二人は 、はじかれるように椅子を立つと彼女の前に跪いた。
「エレオノール様から許可が降りました。ソアの遺跡から石材の持ち出しが可能です。辺境伯騎士団、ソランの上位の冒険者達が護衛に付いていただけます。探索者も手を貸してくれるでしょう。」
千年前、サンダン・ギョーブがいかにして石材を魔の森から手に入れたのか。冒険は始まった、焼け落ちたモーヴ大聖堂の瓦礫の中から。マリスは導かれるように辿り着いた二人に聖女とは別の加護を与えるのだった。
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