第14話 戦いの系譜
この世界で言うソウルイーター(悪魔)は人間の魂を食する。恐怖、悲愴、憤怒、絶望、負の味付けをされた魂を特に美味として好む。
不条理の根源と言って差し支えない存在だ。彼らは生きるために人間の人生を擦り潰し、人間の社会の混乱を操作する。
人類がこの宇宙に発生した原初から始まる戦いだと云う。
全ての人類がその戦いを認識し、立ち向かった時代も有った。が、脆弱な精神と身体が特徴の人族の末路は決まって悲惨なもの。滅亡していないのは食料としての価値があるからに過ぎない。
やがて戦いの記憶は風化して隠蔽された。自分の弱さに向き合い戦う事を諦めなかった者達だけが今現在その事実を知る。
巧妙に仕組まれた破壊工作の罠は至る所に仕掛けられている。国家、或いは部族間の大いにもつれた感情絡みの利害関係の改善、修復など至難の業だ。
リューガは語られる、各家の秘密から垣間見えた戦いの構図にポカンと口を開け、大量のよだれを垂らすしかなかった。自分が生まれ落ちた場所が戦いのど真ん中だとようやく気がついた。前世でもほど近い場所にいたはずだが、鈍感にも気づかなかったことを痛感する。
"参ったな、異世界転生舐めていたな。なんか、とんでもないところに生まれてきてしまった。"
それがリューガの正直な気持ちだった。
"魔の森と隣接する辺境伯家の子として自由人を貫く賢者の父と見事に噛み合った天然多めの剣聖の母との間に生まれ。訳あり聖女のハーフダークエルフの婚約者。おまけに調子に乗って魔法なんかを作ってしまって魔力共有(エロい事)。どう抵抗しようとも、やがて行き着く場所は戦いの最前線で確定だ。
子供時代を平和に無難に過ごし。前世の記憶を薄〜くこちらの世界に溶け込ませ生活、文化の向上を陰ながら手助けをする。と、いう甘い計画はすでに夢物語だ。お祖母様方の好機に満ちた目、戦闘メイドと呼ばれる個性的な美女達の妖しく輝く瞳をかいくぐり逃亡する道など在りはしない。"
リューガは生まれて一月半、弱点は前世と同じく、周りの期待。その手の圧力に極めて弱かった。性質が複雑すぎて物事を割り切るためには、解体、再構築という作業が必要となる。
要するに彼自身が面倒くさい奴である。ネガティブ思考の陰湿に傾くキャラクターを経験値でカバーするタイプだ。前世の記憶がいい状態で機能している場合は良いのだが、精神が赤ん坊の肉体に引っ張られている今、彼の心は憂鬱だった。
"情報収集と解析スピードのアップ再構築をいかにスムーズにす行うかが当面の課題だ。それと同時に並列思考を多面化して仮想空間を広げ、フィールドの面をできるだけ多く増やす。それによって溜め込んだ魔法を短時間で大量射出する方法を確立する。それが出来れば生存確率も上がるというものだ。
それと同時にパッシブスキル及び魔道具の開発も取り組まなくてはならないだろう。自分の性格上、仲間内のダメージは、ほぼ自分へのダメージと同等だ。それが複数に及べば取り返しのつかない痛手を被ることも想定するべきだろう。ダンジョンや古代遺跡の探索で手に入る宝遺物も重要だ。
以上はあくまでも個人的な事案であって。最小限の単位でも領地、領民の不条理、不平等を排除していくことが戦いの基本になる。教育、インフラの整備、その他諸々、、、
やることはいくらでもある、
でも、ほとんどのことが出来ない
生まれたばかりの赤ん坊だからだ。
今は人の話を無邪気な顔し聞
いているだけだ。
「赤ちゃん、サービス、赤ちゃんサービス。」
そんなリューガを現実に引き戻したのは彼を抱くマリスの耳元で囁く声だった。
"いったいこの女、何をどこまで知ってると言うんだ?異世界転生乗りの婚約者だと軽く考えていたが、彼女の振り撒くスパイスは極めて刺激的で何故か無条件に受け入れてしまいそうになる。まるで何度も何度も体を重ね意識と肉体を繋いできた女への気安さだ。"
いけない兆候だ。
色々な情報をもたらしてくれる便利な女だと思っていたが、今は赤色灯が回転し、危険な女だと警報がなっている。
だが、半面リューガの心の中で彼女は、掛け替えのない女へと成長していた。
要するに彼は、複雑な精神の拗らせ女が大好きなのだ。
そして、そういう女を喜ばせるのを生きがいとしていた。
睡魔が襲う。赤ん坊の体力の限界だ。女から与えられた、赤ちゃんサービスと言う思惑を考えながらリューガは眠りに落ちる。
大人たちの会話は進む。
約千二百年前、勇者シエリの登場により始まった戦いのピリオドは今でも続いている。突然歴史の表舞台に現れたアヴァンダン・シエリは大陸中央部の広大な草原を支配する武族グルガンと共に貴賤はとわず閉塞感に苛まれる人々の鬱屈とした精神を解放した。
彼はその先見的な判断と戦略で"未来から来た勇者"と呼ばれている。グルガン族は彼を"カリーシン"(古語で"月から来た男")と敬った。そして、彼の出自は謎のまま時は過ぎて行く。彼の功績も伝説と成り今は陽炎の様に遠くに揺らめくだけだ。
もちろん意図的に。
シエリと共に魔との戦いを宿命付けられた者達がソウルイーター(悪魔)から血脈を守るため。歴史を緩やかに改竄し暗闇で牙を研ぐ。強力な指導者を失った人族の脆さを補うために。
それと共に時の流れは多くのものを風化させる。
堕落した覚悟、綻びた約束、硬かったはずの結束、人間の弱い心はいつでも敵に付け込まれる隙を与える。滅びた王国、没落した貴族、破綻した商人、腐敗した信仰心。
エルフは種族を装っているが実は
人族だ。魔法に特化した者達が融合した混血は時を経て純化に至った。ただ組分けとして、特に長寿で予知や察知能力の高い者達をハイエルフ、精霊や使役の力の強い者達をエルフ、そして戦闘能力と洗練された野性を特徴とする者達をダークエルフとした。
シエリの戦略は生きている。外連味の無い彼の思考は長きに耐えられる。マリスは当事者として末裔達の話を不関心を装いながら精査していく。
(エルフはソウルイーターの第一の標的とされ数を減らしていた。ニコランデル、パスコワル家はエルフの依代となる一族だが存亡の危機に瀕している。魔力に付随する魔毒の濃度が上昇し制御能力に乏しい男性魔導師が弱体化していた。結果パスコワル家には直系男子は存在せず、ニコランデル家も子をなす事が難しくなっている。
ニコランデル家とパスコワル家の婚姻は取り持った予見師マーギュリスの英断だった。マリスもその一部に含まれるのだろうが、彼女に他人の思惑に加担するつもりはない。目的は同じでも別のベクトルから伸びた線が偶然交わったに過ぎないと彼女は考えていた。)
"問題はこの二人だ、いや、この二人は問題無い。自由人と天然の夫婦の扱いは難しいが元々信頼の置ける仲間だ。だが、彼等にすり寄って来る者は後を絶たないだろう。事実、王家は既に彼らの手の内でニコランデルもパスコワルも彼らの支援が不可欠だ。マーギュリスさえも接触を試みている。ミルファーの血統を考えれば当然のことなのだがリューガ様の足枷になっては困る。
ゲスな望みだが私はこの男と楽しく暮らしていきたいのだ。頼れるお姉さんとし全て教え込みたい、かって彼が私にしてくれたように。彼の望が戦いならばそれで良い、戦場で楽しく過ごせば良い。圧倒的な力を身に付けるだけ、やり方は憶えている。"
「リクウ。」
コンキュバインを敢えて名乗る亡国の姫君ロアサが突然ミルファー辺境伯の前に膝まづいた。意味有りげに手を腹部に添えている。自分の事には、とことん疎いこの男だが周りの変化を敏感に理解する。
「母上、お願いがあるのですが。」
「何かしら?あなたのお願いなんて珍しいわね。」
「はあ、友人のことなのですが。」
「あら、あなたにお友達なんかいらっしゃるの?」
リズタンテ前辺境伯第一夫人は王族出身の生粋のご令嬢だが魔法薬学の権威でもある。"好きなもの毒物"と公言する困った淑女だ。
だが、その実子てあるリクーランも負けていない。騎士を嫌って学院を卒業すると廃嫡を願い出て探求者として魔の森に入り浸る様な男だ。その兄の実力を知る次男、三男が世襲が拒否したため現在に至るが根っからの自由人である。
「まあ、その数少ない友人から、子供が出来たら辺境伯家で教育して欲しいと頼まれたのですが。可能でしょうか?」
はっ、とした一同の視線がロアサに集まる。素早く動いたエレオノールが彼女を抱き締め、二人声を殺して涙を流す。この五年、友である亡国の王女の涸れること無く溢れる絶望の涙を目の当たりにして来たエレオノールにとって心から祝福できる喜ばしい出来事だった。
各々が素早く自分の立場で処理していく。リズタンテとニコランデル公爵は、子供がこの国の王太子になることを確認する。そして、自分の孫たちと同年代の子供であることを。
「男子ならば世継ぎとして、女子ならば、ロアサの国の希望の姫として育ててほしいと申しておりました。然るべき時まで公にはしないということです。母上もう一度お尋ねしますが、可能でしょうか?」
「可能です。」
「それはありがたい。でも大変ですよ。」
「覚悟の上です。」
「母上は王族ご出身だ。もしかして子供達を手なずけ王国を裏から操ろうなんて思ってます?」
「あまり魅力的な話だとは思えないわね。貴方こそアレンバーグ陛下を傀儡化して大陸に覇を唱えようなんて考えてないでしょうね?」
「ふん、陛下やロアサから、その気があるなら手をかすぞ、と唆されますが、そんな面倒くさいことお断りですよ。」
そっけない関係に見えるが、この親子は仲良しだ。
「そんな話、私は聞いてないわよ。」
悲鳴のような声を上げたのはミルファー家の末娘リュ・パール。昨年学院を卒業し、なぜだか戦闘メイドとしての訓練を始めた妹の呆然とした顔を辺境伯は何事かと見つめる。
彼女の秘めた野望を知るニコランデル公爵は心の中でため溜息をつきながら夫人に声をかける。
「カサンドロスは来て居るのか?」
「私の護衛として従者の間に控えております。」
リュ・パールの立場ならば子供を産み共に育てることが最上の場所だろう。利は公爵家に有る手助けすることにためらいはなかった。
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