第8話 出陣

 ミルファー辺境伯領ソランの街に角笛の音が響き渡る。騎士団の招集、編成を伝える緊急事態だ。


 リューガの部屋を守る戦闘メイドの手で開かれた扉からエレオノールが現れた。いつもの優雅だが飾り気の無いドレスではなく、白の合わせに紺袴、後ろから彼女に続く別の戦闘メイドが黒の革鎧を装着していく。おそらく素材は彼女の探索者としての名を大陸中に広めた黒龍退治の物だろう。物理耐性が極めて高く魔法の効かない代物だ。


 

 「どうしたのかな?」



 リューガを抱きかかえたまま固まってしまっているマリスに気付いたエレオノールは声をかける。



 「再び魔力共有が行われました。」



 「えっ!」


 例の魔力を混ぜ合わせて色々する大人のやつだ。妄想を始めるエレオノールに戦闘メイドの視線が突き刺さる。口に出してはいけませんと。


 「最高難度の技術ですよ。間違いありませんか?」 


 綺麗に言えば精神世界の共有だが魔導師同志の愛の進化系とも言える。リクーランとエレオノールも出来るが思春期からの甘い秘事だ。


 場合によっては強力な魔導師がハーレムを作る技でもある。


 赤ん坊のリューガがそんな事考えているはずは無いが。


 「そっ、それで?」


 「前回は打ち上げ花火のような魔法でしたが、今回はそれに強度を付け加えられ、前回満足できなかった部分を改良されたのだと思われます。」


 「まっ、まあ、おませさんね。」


 「先ほどから角笛が鳴り響いておりますが、何事でしょう?」


 「待ちなさい。一体どんな魔法を創ったのかしら?」


 「おそらくは爆裂系の広範囲に影響する攻撃魔法です。今も魔法陣に私の魔力が吸い込まれています。」


 と言いながらも(氷の聖女)と呼ばれるマリスは晴れ晴れとした笑顔を振りまいている。


 "やはり秘事ですね!"


 言葉には出さなかったが、周囲の戦闘メイドたちと共感したエレオノールは気を取り戻し、戦闘準備を再開する。


 「今朝出航した王都への定期船が魔の森のガルデジャインの浅瀬で魔物の襲撃を受けていると報せが届きました。更にはヴァレリー第二夫人達の乗った船がもうすぐその付近を通過する予定です。」


「ヴァレリーお姉様達が、、、」


 そう言いながらマリスは姉と子供達、そして、ここ辺境伯領に訪れるさいお世話になった船長の顔を思い起こす。二足歩行の爬虫類と鳥類の特徴を持つ魔物のテリトリーだと大きく蛇行した河の右岸を警戒していた。



 魔の森の魔物は強い。ラプタート呼ばれる魔物はその中では比較的弱い部類に入る。だがそれは、あくまで魔の森の中では、であり個体の能力の話しである。


 彼等の特徴は優秀なリーダーが統率する集団戦で戦闘言語を有し自己犠牲も厭わない。剣聖伯領の深部開拓村とテリトリーを接する当面の強敵だ。


 辺境伯騎士団の典型的プラトーン、タンク三十、剣槍二十,魔導士十で百のラプタートの群れを押し返すことは出来るが殲滅は難しい。


 開拓村に常駐するプラトーンには弓兵が十人プラスされているがラプタートの正確な数は伝わっていない。


 「リヴォク・ミルファー騎士団長が一連隊(約千二百人)率いて出動なされるようです。」


 角笛の音が遠ざかり戦闘メイドの報告が室内に響き渡る。マリスはリューガをメイドの一人に預けるとエレオノールに続き開け放たれた窓に近づく。



 「さて、貴方はどうしたいのかしら?」


 エレオノールはマリスに問いかける。


 「エレン様、私はぶっ放したいです!」


 「よく言ったわ。それでこそリューガの嫁です。まだ彼は赤ちゃんですけど。」


 そう言うとエレオノールは無造作にマリスを抱き上げ驚きの声を上げる彼女と共に三階の窓から飛び降りた。


 そこへ凄まじい勢いで走り込んで来た黒色の巨大戦馬に飛び乗ると手綱も取ることなく太腿で誘導する。



 途中、中庭でお茶をしていた前辺境伯夫人三人に手話で何事か合図すると魔の森へと駆けて行った。


 三人のミストレスは慌てることなくお茶を続ける。


 「何か、可愛らしいものを抱えていませんでしたか?」


 「マリスちゃんを抱えてましたわ。」


 「息子を育てる前に息子の嫁を仕込んでおくのかな。近頃何やら剣の手ほどきもしているみたいだし。」


 年齢不詳の美しい魔女達はしばらく他愛も無い会話を続けやがて立ち上がる。


 「例の件は、お任せされましたので片を付けることにしましょう。」


 


 角笛の音、馬の蹄の音も遠ざかり領主館に静けさが戻る。



――――――――――――――


 三年程前のこと、ミルファー辺境伯領の隣クラリス伯爵領の領都ガラスのある商人とその護衛三人が行方を断った。


 家族は冒険者を雇い捜索させたが彼等が最後に過ごしたと思われる野営地には、なぜだか手つかずの荷馬車が発見されるにとどまった。


 その後、大陸中に突然広まった流行病の猛威に呑み込まれガラスは壊滅する。クラリス伯爵をはじめ一族郎党の多くは病に倒れ伯爵領の機能は停止した。接する面から辺境とは呼ばれることは無かったが、中央から遠く離れたクラリス領に助けの手が差し伸べられることはなかった。


 ミルファー辺境伯領都ソラン。その広大な城塞都市の周りには難民達の仮設住宅が広がりすでに町として機能し始めているく。


 クラリス伯爵領をはじめ二つの伯爵領、三つの子爵と五つの男爵領が消滅してミルファー辺境伯領に組み込まれた。元々辺境伯が持つ爵位を併せると大侯爵家並の勢力を大陸中東部に樹立したことになる。


 災厄の時代で無ければ決して許されるはずのない不均等な王の裁量だが反対勢力にはそれに抵抗する力は無かった。ミルファー家が国に納めた魔の森で得た宝物や無利子の魔石貸付が無ければオベリア王国だけでなく多くの周辺諸国は立ち行かなくなるのは明白だった。


 辺境伯騎士団を中心に辺境伯軍は予備役を入れれば五万を超える。それを束ねるは辺境伯家次男リヴォク・ミルファーは長兄リクーランより一つ歳下の弱冠二十二才だがその統率力は先代を超えると評価され初めていた。早くから襲爵を拒否していた長男の代わりに辺境伯を受け継ぐ事はできたが器に非ずとこれを拒み今に至る。


 ただ、死んでもプレートアーマーなど身に着けたくないと、逃げ回る兄の代わりに辺境伯自らが任ずる騎士団長に代理として努めているがその立場が変わることは無いだろう。


 

 付け入る隙は有ると考える者も居る。

 

 角笛は遠退き閉鎖されていた門が開いたと知らせがはいる。二週間の隔離期間が終わり漸く弟達との再会が叶う時が来た。この潤った街を廃墟にする準備は出来ている。


 「旦那様、冒険者ギルドから模擬戦が終わればテルバ様達の冒険者ランクが確定し、いつでも引き取りが可能だということでございます。」


 「模擬戦の見学は可能なのかね?」


 「そのように申しておりました。」


 感情を失ったはずの番頭がどこか嬉しそうだ。それはそうだろう、この不平等極まりない街がしばらくすれば病人で溢れ返りやがて、再び魔の森に吸収されるだろう。ガロック商会会頭スフリ・ガロックはそう考えながら冒険者ギルドへと向かう。


 魔の森を管轄地域とする辺境伯領都ソランの冒険者ギルドは独立した組織でここだけのルールで運営されている。他の冒険者ギルドで高ランクの冒険者でも最低二つ下の階位からの登録となる。それだけ、魔の森の魔物は強いのだ。


 二年前ガロックは難民として兄弟である三人の冒険者としてこの街へやって来た。だが、当時Bランクだった筈の三人は辺境伯領では最低限のDランクに該当せずの判定で街へは受け入れられなかった。流行病の感染経路が確定されておらず各地を点々とする冒険者へは風当たりが強かった。


 その後二年に渡りレベリングと技術を磨いた三人。身元引受人として彼等の成長を把握するためやって来たスフリ・ガロックは運命の落し穴に落ちた。


 彼が案内された部屋は冒険者ギルドに併設された闘技場の特別貴賓席だった。新参者だがニ年間着実に実績を積み上げてきたガロック商会会頭の扱いは、まずまずだった。


 「座りたまえ。お茶を用意しよう。」


 中にいた女の慇懃無礼な態度を別にすれば。女の年齢は三十代、美しい女ではあるが、精悍さが最大の特徴だ。冒険者上がりなのだろう、と考えながらガロックは勧められた椅子に腰を降ろす。


 「今、君の兄弟たちの供述書が揃ったところだ。」


 「供述書、どういうことだ?」


 立ち上がろうとしたガロックの首筋に刃物が当てられる。下手に動けば深く傷つく角度だ。


 「三年前クラリス領ガラスの街に程近い野営地で商人カラセドとその護衛三人が消息を絶った。捜索に当たっていた領兵が馬車と買い付けた大量の衣類手付かずで見つかったが四人の消息は不明のままだ。」


 「それが私共に何の関係があるのです?」


 証拠などあるはずはないと、ガロックは強気に反発する。


 「まあ聞いてくれ。流行病の感染経路を追っていた我々の手の者の報告によれば。その時持ち込まれた衣類は高級品から安価なものまで。あらゆる階層の成人男性用で、後日売り捌かれたその衣類が流通すると時を同じくして流行病がガラスの街に広まっていった。ということだ。」


 「だから、それがどうしたと言っておるのです。」


 「暗闇の信徒の起こした政治暴力事件と断定した。我々は捜査を始め貴様達を首謀者と断定し、捕縛した。そんなところだ。」


 「何を証拠にそのようなことを。」


 「証拠はもちろん揃っておるが、重要ではない。」


 「いくら辺境伯領と言えども余りの理不尽。せめて上の方とお話させて頂きたい。」


 「心配するな、全権を持つエレオノールは魔物狩りに出かける際この件任せられている。」


 スフリ・ガロックは愕然とする目の前の女がダレン・グーナ冒険者ギルドのミストレスだと漸く気が付き息を吐く。


 「ガロック、いや暗闇の信徒、漆黒の司祭バイドゥーニヤ。私はサラッとした性格なんだ。」


 「何を言われているのか?さっぱり検討はつきませんが。」


 「いや、商会の者たちが番頭の指示に従い命懸けで流行病の病原体をばら撒く為の時間稼ぎをしていると思うのだが、無駄な事は、やめませんかって言う提案だ。すでに全員を拘束し、番頭の自宅地下に隠してあった。病原体も押収した。」


 何処でボタンを掛け違えたのかガロックこと漆黒の司祭バイドゥーニヤが今考えれるのはそれだけだった。


 「クラリス領ガラスは三万の民は滅んだ。そなたの策略が功を奏し領主一族が全滅した。四千の働き手を失い看病した女が死んだ。年寄りが死に子供が死んだ。生き残った者達も隣町にたどり着く前に倒れた。」


 闘技場に冒険者の兄弟をはじめ、ボロボロになったガロック商会縁の者たちが引きずられる様に入って来た。そして容赦なく魔導士の炎で真っ赤に焼かれた奴隷紋の焼鏝が押し付けられていく。だが誰も声をあげない、すでに全員舌を引き抜かれていた。


 「残酷だと思われるかもしれないが、これも彼等の為だ。これから働い貰う魔物の墓所と言われるカダリスの魔石鉱山で死霊に体を乗っ取られないためには痛みが必要なのだ。長生きすればするほど、稼ぎは被害者の家族に賠償金として回っていくだろう。」


 「働きがいがあるとでも言いたいのですかな。」


 「いや、違うぞ。これはミルファー家の者を狙った者達の末路を見せしめるためのものだ。後手にまわったが一月ほど前、産院に配った新生児の産衣に病原体が仕込まれていた事は突き止めてある。まあ、これが真相解明の手がかりになったことは間違いない。」


 功を焦ったと言うことか。そう思いながら、ガロックは出されていたお茶を一口、口に含んだ。 


 

 

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