第5話 前世勇者パーティー

 暫くの間,無表情で言葉少なげな聖女に成り切っていたので会話が上手く回らない。このままでは演じていた天才魔法少女が固定されてしまう。


 「まずいわ、どうにかしないと。」


 辺境伯家で築いて来た立場がこの先足枷に成りかねないと焦りを感じる。もう修正が効かないほど全方面に予想外だ。


 知識、魔力量、仮想空間の広さは大魔導師レベルだが、コマンドに難がある。要するに不器用なのだ。理由は彼女には魔法よりも上位の適性があるから。


 マリスは授乳を終え、テントの取り払われた寝椅子で寛ぐエレオノールの前に跪く。


 エレオノールは呆れ顔でシッシッとあちらへ行けと手を振る。


 「エレオノール様お話が。」


 「エレンです。」


 思わず答えてしまったエレオノールは片眉を上げた。


 「今度は何事です。聖女様は私に暫しの休息すら与えて下さらないのかしら。」


 「申し訳ありません。できればお人払いを。」


 エレオノールが上げかけた手を止める。


 「では、少し外でも歩こうか。みな期待しておるようだし。」


 期待とはもちろんリューガのエリアヒールの事だ。感染の恐れが有るにも拘らず献身的な看病をした者への感謝の印だと使用人達の間に噂が流れている。その効果が絶大なのは一目瞭然でメイド長がシフトを組み直して平等を期しているらしい。


 

 「さて、今回は何かしら?」


 中庭に建てられたガゼボにお茶を用意させメイドが下がったところでエレオノールは問い掛ける。


 「私は魔法が得意ではありません。」


 「また何を言い出したのかしら?この聖女様は。」


 「私は何が何でも治癒魔法を得るため、物心ついた時からありとあらゆる努力をしてきました。持てる能力を捧げ封印し有効な古代遺物を使い今の力を手に入れました。」


 「並大抵のことではないわ。努力だけではたどり着けない領域よ。貴女もリューガも同じ星の下に生まれたと言う訳ね。」


 「ミルファー家の一員として受け入れていただく以上、中途半端な成長は妨げになります。」


 「参ったわね。まだ子供のくせにどれほどの覚悟してるっていうのよ。」


 そう言う彼女も同じ年代で学院を辞し魔の森に入った。


 「私に何ができるのかしら?」


 「私の最適応属性は剣です。錆びついてしまっておりますが、エレン様ご指導お願いいたします。」


 それを聞いたエレオノールは大きな声で高らかに笑い始めた。


 「時々癪に触る小娘だと思っていましたが、同属嫌悪をだったわけね。名乗りなさい。」


 「次元流剣士ベルナルド直伝マリス。」


 また大それた名前が出てきたなとエレオノールは思いながら、指先で空間を斬り裂き狭間から剣を取り出す。


 マリスも同じ所作で剣を取り出し礼の姿勢を取った。





 この世界で最も危険な女達が二人じゃれ合っている間、目覚めたリューガは考えていた。思考が子供寄りに変化してきる。赤ん坊の脳みその能力を超え過ぎている本能的な自己防衛かもしれない。記憶や知識を失ってしまうような破綻は望むところでは無い。だが、前世の記憶に縛られても息苦しい。リューガは転生の日、与えられた最後の記録を確認して感情を整理することにした。


――――――――――――――


 "人類史上最も重要な聖地として、その土地は幾度となく侵略されてきた。地形が変わるほど様々な時代の積み重ねられてきた瓦礫は二十メートルを起こすという。


 その日俺は平和を破壊する怪物と呼ばれたデュエマール・トラベルシの側近だった男に話を聞くため指定のあった旧市街のホテルにチェックインした。


 デュエマールは古い商家の出のケンブリッジで数学と医学を学ぶいわゆる天才とか逸材と呼ばれる青年だった。だが彼の平穏な日常は突然、終焉を迎える。



  母国で商家を営みながら人道支援家として幅広く影響力を持つ父がテロ組織の黒幕として糾弾された。その情報がデュエマールに届いた頃には自宅は敵対組織のドローン攻撃を受け家族は全員爆死していた。



 彼の動きは早かった。その日のうちに姿を消し、反撃が始まった。彼はテロリストとして悪行を積み重ねていく。だが反面彼を英雄として受け入れる者達も存在した。彼の攻撃した組織から解き放たれた大勢の隷属を強要され人々だ。


 尊敬する父親からは裏切られ、家族は全て殺され、デュエマール・トラベルシは闇堕ちした。


  と、世間一般的にはそう信じられている。家族を殺した敵対組織を崩壊させた。父親が裏で糸を弾いてといういうテロ行為を模倣するような事件を画策した。そして、信じ難い事たが彼はあっさりと暗殺され、掛けられていた容疑は被疑者死亡で結審した。



 常識とか人類が築き上げて来た文化的知識では裁きようのない。ぶっ壊れた変調は早々に闇に葬られ関係者は胸を撫で降ろした。そういう事件の数々だった。



 だが、物語は終わらない。デュエマール・トラベルシの仲間は少ないが高いインテリジェンスを有する。


 トラベルシも彼の仲間達も復讐や個人的正義感などで狂気に身を委ねる愚か者には到底なり得ない、そんなレベルの者達だ。と俺は推測していた。



 彼らに手を貸す事にした。




 スークの人並みに紛れ約束の場所へと移動する。中立が担保されているが油断はできない。道が次第に狭くなり人通りも疎らに。やがて人が一人通れるほどの狭い路地へと誘われ先程迄の喧騒は遠いものとなる。 


 スマホの地図アプリが示しているのはこの辺りだ。


 すると壁の潜り戸が開き笑顔の少女が手招きしてきた。危険は覚悟の上だ、僅かばかり見覚えのある少女の面影を辿りながら中に入る。



 彼女の名前はニスリン・トラベルシ家族と一緒に殺されたはずのデュエマールの妹だ。彼女が生きていると云うことは、、、俺の推測は確信にかわった。



 見事に調えられた緑の中庭から開け放たれたリビングに案内された。軽く十人は座れる応接セットの中心にお目当ての人物は疲れた顔をして座っていた。それでもその青年は立ち上がると両手で俺の手を握り締め感謝の意を示した。


  彼の名は原野聴雪、日本人だ。民族間の闘争の黒幕的活動をしていた筈のデュエマールの仲間は世界中から集められたいわゆるエリート集団で明らかに矛盾した存在だった。


  一通り日本風の挨拶も終わり、俺は単刀直入に彼に質問することにした。国際弁護士だった彼と俺は短い間だったがいわゆる師弟関係で彼に紛争地帯でのフィールドワークを伝授したのはアナリストとしての俺なのだ。



 「日本人の俺がこんな爺が恥ずかしいのだが、君たちはトラベルシ君を中心とした勇者パーティーで人類に仇成す者と戦っていると考えていいのか?」


  沈黙が肯定を意味するものだと確定できるほどの時間が過ぎ去った。唖然と半開きの口のまま固まる男に協力するから何でも聞いていいぞと伝える。


 

 「驚きました。独力でそこ迄たどりつける人間がいるとは思いもしませんでした。もしかしたら師匠記憶が戻りました?」


 人の心を揺らしては、ありもしない過去の記憶を引き出そうとする。彼の悪い癖だ。


 「それが君の聞きたいことかね?」


 「失礼しました我々は師匠の推察されたような集団です。まず教えてください。どうやって僕までたどり着いたのです。セキュリティは完璧だったはずです。」



 五年ぶりの再会だ。だが時間は残されていない。悔いのないよう伝えることにしよう。


 「それはそんなに難しい話じゃない。俺の非公開ブログにアクセス出来る人を限定してるんだ。」


 「どういうことです?」


 「そのブログにアクセスできるのは五人だけだ。それぞれが異なるアクセスコードを持っているので、誰が来たのかすぐわかるんだよ。まあ、俺なりの安否確認のようなものだ。」


 原野聴雪は唖然とした表情で目を見開く。


 「待ってください。あれほどのブログの内容をたった五人のために?」


 「まあ、そうだ。俺のことを友とか師匠とか呼んでくれるのはそんなもんだ。」


 「ボッチですか?」


 「おいおい!ボッチ言うなよ。」


 まるでラノベの中の会話のように二人は笑いあう。そして緊張感が再び高まってゆく。


 「師匠教えて下さい。デュエマールは生きていますか?」


 アラビア海を船で移動中、国籍不明の潜水艦からの魚雷攻撃を受け行方が分からないデュエマール・トラベルシ。既に半年が過ぎ生存は不可能だと判断されている。彼の関わるテロ事件は被疑者死亡扱いで軒並み審理の終結を宣言されていた。


 「あぁ、生きているな。」


 風師光信は勿体つけることなくそう断言した。


 「何故そう言い切れるのです?お願いします、信じさせて下さい。」


 縋る思いで危険を承知で安全地帯に引き入れた。仲間以外で唯一利害の絡まない人間だ。聴雪は彼の特殊な情報収集能力に期待して仲間を説き伏せた。


 「まず最初の違和感は当然の事ながら裁判の結審の早さだ。」


 「それがどういう意味を持つのです?」


 「圧力をかけ、裁判を早期に終わらせデュエマール・トラベルシ君の記憶を人々の中から消し去ろとしている。同時に未だ広範囲で捜索活動は続いていて彼の死を確信していない。おそらくは君達が敵対している反人間社会的存在は二つもしくは三つのグループに分かれていて目的やアイデンティティは同じでも仲が良い訳では無い。」


 凄まじい洞察力だ。彼の前世の記憶が蘇ったのではないかと疑いたくなるほどに。聴雪は師と呼ぶ目の前の男を早く仲間にして入れておくべきだったと後悔する。


 だが、出会った時の彼は愛するパートナーを失い抜け殻のような存在だった。彼に新たなる戦いを強いるのは酷だと思ったのも事実だ。


 「しかし、まだ彼が生きているとは言い切れません。」


 「確かに、、、数日前、或る女から連絡があった。俺のブログにアクセスできる五人のうちの一人で医師のダリア・アスラティン、知っているかね?」


 医師と言うよりも魔女と呼ばれる事の方が遥かに多い女だ。天才外科医として活躍していたが故意の医療ミスを理由に糾弾され表舞台から姿を消した。"まるで魔法のようだ。"と言う彼女の卓越した医療技術を揶揄されいつの間にか魔女と呼ばれるようになったと聴雪は記憶していた。


 「治癒魔法師なのですか?」


 「正解だ。本人に確認したわけではないが、四年前ある紛争地域で奇跡を見せてもらった。今はその話は割愛させてもらうが、彼女から連絡があった。」


 そう言いながら、彼は胸のポケットから大事そうにプリントアウトした地図を取り出すとテーブルの上に広げた。


 「彼女の行き先はここだ。」


 「しかし、ここは。」


 聴雪はそう言うと腕を組み考え込む。そこは大国から領土を奪われた宗教国家が暫定政府を発足させている場所だった。


 「しかし、高齢の最高指導者のためだとは考えられませんか?」


 「老衰に治癒魔法が効くかどうかは知らないが彼女は外科医だぞ。トラベルシ君があの時何処に向かっていたのか掴めていないのか?」


 「取引だと、上手く行けば末永く良い関係が築くことが出来るだろう。と言うメッセージが最後で、消息を断った付近では安全な通信手段が確保出来ていませんでした。」


 「聴雪!」


 「はっ、はい。」


 「お前、本当に勇者なのか?何故もっと感覚を研ぎ澄まし想像力を広げ、心のどこかに引っかかる"何か"を追求しないのだ?」


 小さな宗教国家と言えども世界が無視出来ない膨大な資金を彼等は有していた。上位の指導者は死後転生し記憶を引き継いで戻って来ると信じられている。転生者と認定されれば生仏として徹底したエリート教育が施されその金と権力が与えられる。


 元々彼等の領土には天然資源が豊富だった。加えて古くから海外での投資が成功し領土を持たない大国として名高い。その莫大な資金を持つ最高指導者が高齢のため死に瀕している。


 その金と影響力を持つ子供は大国に支配された土地に転生する可能性が高い。転生したばかりの子供を手中に収めて権利を主張する。当の大国で無くても食指が動くところだ。


 「もし君達に転生者を探し出す方法が有るなら何をグズグズしているのかと言っているんだ。」


 聴雪は彼の言葉を最後まで聞くことなく部屋を飛び出して行った。


 そして数十分後戻って来た聴雪は跪く。


 「師匠、、、。」


 「俺に出来る事はここまでだ。君達のこれからの活躍を影ながら応援しているよ。」


 

 別れの言葉は交わされること無く二人は互いの手を力強く握り締め、やがて離される。聴雪は来た道を帰って行く風師光信の背を呆然と見送くった。


 時間が少しだけ経過してソファに座り込み頭を抱える聴雪をニスリン・トラベルシは見つめていた。


 「彼を呼び止めてはいけなかったのか?」


 「そうすればもっと悲惨な結末を彼は迎える事でしょう。」


 敵に捕獲され転生出来ないように生きたまま氷漬けとなる。そんな死よりも悪い運命を逃れるためだと聴雪は自身に言い聞かせてきた。


 風師光信は死へと向かって歩いている。そこにはデュエマール・トラベルシと勇者パーティーに翻弄された者達、暗殺に失敗した者達が集められ粛清の時を待っている。弁明の機会が与えられたと勘違いして。


 「ユキ(聴雪)ごめんなさい、私が中途半端な予言者なばかりに皆んなに迷惑かけてしまって。でも、風師様の未来はこの世界にはありません。」



 「あぁニスリン今なら信じられているよ。彼の帰還を待ち望んでいる世界が在ることを。しかし、、、」



 


 その時、大きな爆発音がそして彼らのいる建物を震わせた。"



 女神と思しき方が届けてくれた記録の一片は概ね彼の想像するところだった。ただ自分の暗殺に多くの人が巻き込まれたのではなく。敵対組織の粛清になぜだか自分が巻き込まれたことを知り少し気が楽になった。少し間抜けな自分の最後に納得もした。




 ようやく説明部分が終わりました。次から物語が動き始めます。よろしくお願いします!

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