第4話 辺境伯領ソランのミストラル
第3話と第4話順番を間違えて投稿していました。お手数でしょうが、第3話からお読み直しいただければ幸いです。
聖女マリスの曖昧だった記憶の壁を破壊したのは昨日の出来事。赤ん坊はいつものように知識と情報を貪欲にかき集めていた。
魔法について前世の記憶との相違点を考えながらリューガは知識をアップデートする。前世の知識といってもアニメやラノベから得たものなのだが世界観は間違ってはいない。大きな差異を上げるならば、重要なのは魔力量では無く魔法展開のための仮想空間だと言うことだ。
魔力を構築した魔法陣に導入することで発現する事象を魔法と呼ぶ。
難しい。
頭の中で半導体を設計し高速での製造から魔力の質量を割り出し制御していく。時間を含めた四次元連続体のパズルに魔力を誘導して発動させる。困難な作業だが一つ利点がある、半導体のように微細化が求められていないことだ。いくらでも大きくできる。
アドバンテージとなる広大な仮想空間を持つリューガだが。彼自身生まれて間もない赤ん坊の無に等しい魔法知識では新たな魔法の構築など不可能だと思っていた。そこへ、重要なピースを持って美少女が現れたことで解消される。彼女は素早く鑑定魔法でリューガの患部と進行具合を確認した。すかさず彼は施された鑑定魔法を解析し、次に用意された治癒魔法を彼なりのやり方で鑑定する。だがその魔法では不完全だ、有効だが進行したコロナやインフルエンザの様なウィルス性の疾患には効果は少ない。
とびっきりの美少女から送られてくる 魔法を魔法陣として認識して独立したピースへと変換する。体力 抵抗力を上げ 呼吸器系に侵食する毒素を封印、時間に影響するピースを加え癒やしの魔法を再構築築し封殺に成功した。
リューガが転生の時、与えられた能力は鑑定、言語能力、そして収納。元々彼に付随していた能力だと説明されたが上手く理解できていない。転生の際、誘導してくれた女神的存在は彼の生まれ育った前世の世界で言う。神仏だと仮定した。ただ、彼の能力に至っては想像するよりも遥かに優秀なものだった。
鑑定は神眼となり、彼のピースと呼んでいる魔法原語によるオリジナルの魔法陣の構築は高位の魔導師の到達目標であり、仮想空間で構築した魔法を複数収納出来るのは一握りの天才の為せる技だ。
更には幸運なことにリューガの周りにはその天才が現れた。その一人マリスを無意識に全鑑定した彼は、彼女の経験と知識を共有し生まれながらに最高位の魔導師としてその歩みを始めたことになる。
炎の魔導公爵ニコランデル家で徹底した英才教育を受けた彼女は七歳で聖女を顕現する。その後深緑の聖女一位ワーデルランテから鍛え上げられた魔導の申し子の様な存在なのだがリューガには十歳くらいの可愛らしい女の子としか写っていない。
彼女は何度か鑑定する間にちょっとした違和感を感じていた。
マリスと言う存在は太陽の光を取り込んだ大氷河の清廉な青だ。
しかし、彼女はエメラルドグリーンの瞳の奥に爛れる様な焔の情念を制御出来ずに苦しんでいる。ダークエルフの血を引く彼女は、
全属性操るオールラウンダー
交わることのなかった氷と炎の融合
大変だな、とリューガは前世を追憶する。魔法など無かった世界のことだが同じ様な苦しみを抱えた多才な女との濃密な時間を懐かしむ。この世界での成長と共に忘れてしまう記憶なのだろうが役に立てばとリューガは考えを巡らす。
「どうしました?顔が赤いですよ。」
リューガが大人の思い出の中に居たことを知らないマリスがそう言いながら彼の頬を撫でる。キョドる赤ん坊のありえない態度に彼女は戸惑い思わず抱き上げてしまう。
心臓と心臓が最接近し二人の意識が繋がった 。懐かしい匂いだ、リューガは前世の若くして亡くなった妻の肌の香りを思い出す。なるべく遠ざけていた記憶だ。時間とともに 忘れ去っていく記憶だから。
だが、この美しい少女を救うため薄れてゆく記憶の中に思いを巡らすのも一興だろうと心を均等に保つ。
"初夏の夕暮れに流れる穏やかな風、よく冷やしたシェリー酒のグラスの水滴と山羊のチーズ。そして悲しみを歌う女のかすれた声。
いや、違う。彼女が好きだったのは攻撃的な男の声だ。穏やかで在ろうとする心の隅をマグマの様などろどろの情念で焦がしていた。それはまるで、、、ありえない、この少女が前世で亡くした女の生まれ変わりだとか出来すぎている。
だがリューガは考えを改める、きっと些細なことなのだと。転生しても自分の性が同じプロフィールの女に惹かれるのは必然的なものだと受け入れた。赤子の矜持としては生臭いが側に居てくれる人の笑顔こそが至上のものだ、思い悩む時間を費やす必要などない。と心の深みに納めていく。
河原に寝転がり見上げる大きな打ち上げ花火、憂いを忘れ空っぽになった心に広がっていく色とりどりの純粋な驚き。前世の妻の愛したものの中からこの少女の憂いを晴らすことの出来そうな遠い日を思い浮かべる。
す
"打ち上げ花火の構造を模して魔法陣を組み上げる。核は風魔法で球体に空気を圧縮し高温炸裂の寸前で抑え、その周りには星と呼ばれる器に今にも制御不能な危険な炎に触媒変換されそうなマリスの魔力を誘導する。それを三重構造にして金属や鉱物を混合させ色を調合したいところだがさすがにそこまでの知識は無いので 温度差で 炎にグラデーションをつける。射程距離は三百メートル、彼女の燻る魔力を残らず注ぎ込めば前世で尺玉と呼ばれる大型の打ち上げ花火の出来上がりだ。"
しかし、突然彼の内部で氷が破裂する。嫌悪が彼を包み覆い尽くす。
稚拙な魔法だとリューガは自分に失望する。いつものことだ、何をなしてもまず後悔から先んじて 言い訳をかき集める、彼のいけない部分が露呈する。くだらない魔法で彼女の仮想空間を汚してしまった罪悪感が彼を支配する。
"区切りを付けたはずの昔の女の思い出に浸った結果が この有様だ。"
全く、くだらない。くだらない自分が人様の人生に干渉するなどあってはならないことだ。死んでしまえ、砕け散れ無価値な人間の最後だ。
前世の自分が死に至る出来事は当然だったんだな。荒れた心の中に冷静な視点が生まれる。くだらない自分が神聖な戦いを続ける彼らに干渉し、その結果砕け散り肉片となった。
その事実を思い出し、リューガへと転生した男の魂は、なぜだか落ち着きを取り戻した。
"名前は風師光信、日本人だ。国際司法機関である'平和宮'でアナリストとして働いていた人類学者で主に戦争犯罪者の人格形成の過程を弁護、検察側問わず開示していた。
ようするに、生まれ育った環境がモンスターを生み出した原因かの有無やボリュームを計り裁判の進行プラン立てるベース作りをする仕事だ。
四十代で妻を病で亡くして心の中の大切なもの、シンプルにやる気とか向上心を見失った。遥か昔に死語となった言葉だが新人類と呼ばれた世代だ。ストレスのないゲーム、アニメやラノベの世界に心の平安を求める事に抵抗は無かった。
人間のむき出しの欲望と向き合う仕事だ。この世界にも魔王や傲慢貴族と思しき者など幾らでもいる。
歴史的な話ではない今現在の進行形の話だ。騙されるより騙す方が悪いという社会が特別だということを日本人は知らなくてはいけない。
まあ、何を言っても今更手遅れなのだが。
ようするに文明の頂点を極めつつある人類は未だに、紛争、貧困地帯を作っては数千数万単位の殺戮を行なっている。繰り返すがそれはたった今の現実の話だ。
大量のマチェットを輸入したのは隣村に住む他部族を皆殺しさせるためだったり。大勢の餓死寸前の子供たちの映像を観たことのある人は多いと思うがその原因を知る人は少ない。原因の一つは経済封鎖による計画的な虐殺だ。
欧米では狂気をルナティックと呼ぶ、月が人々の心を狂わせる事を語源としたものだ。戦争犯罪者の多くは狂気にまみれていた。人間は生まれながれに狂気を内包し生まれる。過酷な育成環境に制御を破壊され、やがて狂気に支配される一種の自然現象だと推測していた。
だが、ある時、得体の知れない違和感を感じることになる。今迄の知識や経験からは得られなかった視点が突然機能し始めたとしか言えない感覚だった。
搾取され続けた男がやがて愛する人までも奪われ闇堕ちする。それは、偶然では無く仕組まれたものだ。
選ばれたのは自分では無く、格下だと思っていた生意気な年下の幼馴染で金も名誉も女も奪われる。それは、真に力持つ者を狂わせる為の手管だ。
よって、この世界には悪意のある支配が存在すると結論付けた。中二病的判断だと笑われるかもしれないが長年の経験がそう告げている。此の世の理りに不思議が存在すると確信するに足る経験値を自分は持っていた。
それは正しかったのだろう。無用心に検証の為のフィールドワークを始めたり、もしかして勇者パーティー?と感じた者達と接触した途端。あっさりと殺されてしまう。"
前世の記憶を巡る旅は突然終わりを迎える。赤ん坊の精神的体力を遥かに超えたリューガは眠りに落ちた。いつものような穏やかな日になるはずだった。
………………
ミルファー辺境伯家の女達が真剣な面持ちで渡された一枚の紙を見つめていた。なぜだか手書きの魔法陣が描かれているのは高価な羊皮紙では無く植物の繊維を梳いた薄い紙だった。が、やがてこの世で最も価値ある紙になるかもしれない。
「マリス、確認ですが間違い無いのですね。」
「はい私には瞬間記憶能力が備わっていますので落はないと思います。」
「いえ、そういう意味ではなくリューガがこの魔法陣を示したということです。」
先代辺境伯第一夫人リズタンテの問いかけに顔を赤らめマリスは肯定する。
「そうね、この際リューガ殿がどうやって赤ん坊でありながらこの魔法陣を組み上げたのかという議論は後回しにして、この魔法陣が有効なのかどうかという話にしませんか?」
魔法学への造詣という意味では一番浅い元第三夫人ナナリットがそう提案する。難局を乗り越えるため先ずは合理的に道を求めようと云う事だ。もしこの魔法陣に効果があるとすれば。経済実務を担当する彼女でなくともこの一枚の紙切れの価値が想像できるだろう。エレオノールは頷くとマリスに説明を続けるように促す。
「まずこれは反転時空の魔法陣で裏側から透かしてみてください。最上位のペンタゴンクラフトの複合魔法で解りづらいですが少しは見やすくなると思います。」
とんでもないことを言い始めたマリスに事情を知っているエレオノール以外の女達はギョッとした顔をして目を丸くする。五つの魔法を組み合わせるペンタゴンクラフトの複合魔法とは一流の魔導士が数万単位の時間をかけた研鑽の末ようやく辿り着けるかどうかのオリジナル魔法のことだ。
「'夢の続きが現実に起こる'とはこのことですね。いいでしょう、全てを受け入れ私たちが使えるものとして落とし込んでいきましょう。」
魔法薬学の大家である元第一夫人リズタンテが今にも矢継ぎ早に飛び出してきそうな質問の数々をぐっと飲み込むようにそう告げた。
彼女の言葉に、エレオノールはマリスの横に立ち窓から射し込む陽の光に魔法陣を透かせて見せる。
「従来の治癒魔法は健康な状態を想定しての再生魔法ですがこの魔法は根本的に違うようです。」
そう言いながらマリスに話の続きを受け渡す。
「ペンタゴンクラフト、五つの複合魔法ですがその内の三つが時間と質量の調整魔法です。四番目が浄化回復、そして問題なのは二番目のこれなのですが、、、」
「結界魔法ですね。」
そう見破ったのは魔法薬学を専門とするリズタンテだった。
「魔法や物理攻撃が効かない特定の魔物や呪怨の様な滅し難い悪意を封殺する為の法です。残念ながら聖女並の神聖魔法が使えないとこの魔法陣は発動出来ません。」
「どれくらいの効力がありますか?」
「聖女一位ワーデル様でも期間は八日から十四日、二、三人の者達の治癒が精一杯かと。」
それでは回復は可能でも解決には成らないと三人のミストレス達は嘆息する。しかし、なぜだかエレオノールは不敵な笑いを浮かべていた。
「何です、もったいつけずに早く教えなさい。」
「代替えが利きそうだと言うことです。」
ハッとして三人は顔を見合わせる。
「旦那様(前辺境伯)のために作っていた魔毒封じの秘薬ですね。」
「それとワーデル様は もしもの時のために大量の聖水を私財を投げ売って溜め込んでいるそうです。」
三人の女達の中でしか流れない思い出の時間がそれぞれの挿話と共に過ぎ去って行く。人が狂気にまみれる戦場でしか生きて行けない男だったが…。 深い絆で結ばれていた男への思いの詰まった秘薬。その薬が大陸に蔓延する流行病に有効かも知れないという。
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