第3話 雨上がりの朝
大変申し訳ありません。第三話と四話の順番を間違えて投稿していました。すいません、ここからお読み直しください。
その日は明け方から降り始めた雨の音で目覚めた。マリスはうすい寝巻きのまま与えられた部屋を抜け出しリューガの部屋に忍び込む。浅い夢を確かめるために。
何年もの時を経て、赤ん坊は少年に少年はやがて青年へと成長し裸の彼女を抱いていた。繋がった体の感触と荒い息遣い、淫夢と勘違いしてしまいそうな内容だが、彼女はそれを予知と受け取った。そうして彼女が持て余していた膨大な過去の記憶を受け入れた。
「前世はお互いに大変だったわね。貴方は記憶を失ったままで、私は呪いで身動きの取れないお荷物。予言を成就させるためにデザインされた人間だと言うのに何も出来なかった。」
マリスは何時もの聖女とは異なる言葉使いでリューガに語りかける。曖昧な記憶が確信へと変わり使命が彼女を進化させた。だがリューガは未だ夢の中、彼女は自分自身に語り掛けているのかもしれない。
「ミルファー家は英雄、勇者と言われる特別な人々が生まれ落ちる家系よ。その仕組みは定かではないけど
人間の宿敵である魔族との戦いのための技術ではないかと考えられてるの。もちろん そのことを知る者は少ないわ 、私の知る限り五人に満たないでしょう。」
窓の外では、西から流れてきた雨雲が浄化の雨を降らせている。
「正直に言うと諦めていたの。だってミルファー家にはもうすでに二人英雄がいらっしゃるんだもの。あなたのご両親は既にその位にいらっしゃるわ。」
"英雄二人の力を持ってしても世界の均等を保つ事が出来無い。"
その未来に考え至りマリスは呆然とする。自分の甘さに怒りを覚える。
「何時ものように旅立ちの準備は不充分というわけね。でも契約は私の我が儘を通させていただくわ。
貴方の子供を産んであげることはでき無い、私はあなたの横で戦い続けるから。あなたが死んだら私も死なせて、決して一人で生きることを強要しないで頂戴。貴方が失ってしまった記憶が私には在る、何世代もの積み重なる二人の歴史から解放されていないの。自分の未熟さ故に貴方を死に追いやった記憶から逃れられない。貴方と一緒に死ぬ許可を頂きたいの。」
そうしてマリスは眠るリューガに口吻た。
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人払いはお願いした。
テーブルの上に並べられた朝食を見ながらマリスは考えにふけっていた。
やはり自分にはまだ覚悟が足らなかったと。英雄剣聖エレオノールとの関係構築が雑過ぎてこの先の困難を考えるとため息が出る。姉のヴァレリーに懇願され物見遊山気分でやって来た辺境伯領だったが、気付けばすでに歴史模様の中へどっぷり引きずり込まれていた。
簡単には明かせない。秘密が多すぎる。
「どうしたのかしら?マリスちゃんはいきなり雰囲気まで変えちゃって、まだ何かあるのかしら?」
目敏く彼女の変化を見逃さなかった、エレオノールは問い掛ける。マリスにとっては渡りに船だった。握りしめていた紙片を広げエレオノールに差し出した。植物の繊維を砕いて漉いて作っられた。公文書等には使用できないが、この世界でも普及し始めていた薄手の和紙に近い物だ。
「これはリューガ様かご自身の流行病の治療に使われた魔法陣です。」
「あら、なぜそんなものが今頃出てきたのかな?」
剣聖エレオノールの間合いで
嘘や誤魔化しは通用しない。そう信じ込んでしまいそうな。穏やかな威圧だった。
「魔力共有が行われました。」
「えっ?」
"それってほぼあれじゃない?魔導師同士の愛の営みと影で言われる行為だよ。よほど相性が良くない限り不可能な行為だと言われているし。"
顔を赤くしながらエレオノールは色々思い出してしまう。おませだった彼女とリクーランものめり込んでいた時代があった事を。
「リューガ様が私の仮想空間で大掛かりな魔法陣を創造されました。」
「既成事実と言う訳ね。うちの子はとんでもない女誑しになりそうね。貴女は大丈夫なのかしら?」
「彼の役に立つ女を探します。彼の役に立つ女を育てます。だから…」
聖女マリスは必死に言葉を繋ごうとするが、そこから先の言葉詰まって出て来ない。
エレオノールは、恐らく聞きたくない言葉が出てくるのだろうと思いながらも彼女に手を差し伸べた。
「はっきりしなさい。」
「エレオノール様、私はリューガ様のお子は産めません。彼の横で戦い続けたいから。私は彼と一緒に死にたいんです。もう、二度と一人で目覚めるのは嫌なんです。」
「拗らせちゃってるのね。かわいそうに。なぜ男って簡単に死にたがるのかしら。」
「エレオノール様…」
「このことは二人だけの秘密にしておきましょう。貴女も、もしかしたら気が変わるかもしれないし。それと、エレンと呼ぶように言ったはずよ。」
「申し訳ありません。エレン様。」
「ヴァレリーを第二夫人に勧めたのは私よ。早く子供を作ることも。だって、直ぐに彼は他人のために自分の命を天秤の上に乗せようとするのだもの。私一人じゃ荷が重いわ。だから辺境伯家には代々三人の夫人がいらっしゃるのよ。」
まだ、お互いに打ち明けたいことはあったがお母様達がお戻りになる時間が迫っている。 メールを呼び戻し、食事を始めた。
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"生まれて一か月程の赤ん坊の脳みそでは長くは考えられない、深くも考えられない、複雑な考えもできない。だが、やって来た(おばあちゃんでちゅよう)と彼を覗き込む御婦人達は前世で亡くした妻と同世代(四十代)と思われる、とてつもなく魅力的な美女達を見上げながら考える。
子供を産み、やがて成長した子供達が離れて行く。母親から再び女に戻った女性の魅力は格別だ。おまけに彼女たちは未亡人。じいじは流行病でなくなったらしい。寂しいね、さぞかしお疲れでしょう。リューガはそう考えながらマリスから教わった(盗んだ)魔法の一つを発動させる。
神聖な浄化の魔法だがまだ上手く制御できない。彼の魔法は上質なエリアヒールとなり部屋中に星屑のようなきらめきが広がった。
突然の魔法の発動に護衛の戦闘メイドたちが反応する。が、穏やかに広がる彼の魔法に浸り手を胸に当て跪き頭を垂れる。
劇的な精神、肉体の変化にミストレス三人は互いの顔を見合わせ確認する。
「三歳、いえ、五歳は若返ったように見えますが間違いありませんか?」
前辺境伯第一夫人リズタンテの問いかけに前第二第三夫人の二人は信じられないという顔をして自分の頬を撫でながら頷いた。
「これは聖女の癒し魔法だと思いますが、これほどの効果があるとは知りませんでした。なぜ生まれたばかりの赤ん坊がこんな大それた魔法を発動できるのか知りたいところですが恐らく叶わぬ事でしょう。」
「まずはお座りください。」
エレオノールは広い辺境伯家嫡男の部屋に応接セットやテーブルを持ち込み皆が談笑できるスペースを作っていた。リューガ本人はいつものように魔法の後のお休み状態に入っている。
お茶が配られ一同が落ち着くのを見計らったように口を開いたのはマリスだった。
「今のはリューガ様が聖女の魔法進化させた独自の魔法です。」
深緑のローブはまとっているがフードは下ろされプラチナブロンドの切り揃えられた短髪とエメラルドグリーンの瞳が印象的な息を飲むような美しい少女に視線が集まる。
「色々と興味深いこと満載ですが、こちらのかわいらしいお嬢さんはどなたかしら?」
前第一夫人の問いかけにエレオノールが応じて彼女を紹介する。
「深緑の聖女三位マリスちゃんです。彼女にはミルファー辺境伯家に入ってもらいリューガの教育をお願いしています。いずれは彼のお嫁さんに成ってもらうつもりです。」
いきなり爆弾をブッコミ情報量を増大させ一つ一つの話を手短に切り上げさせようとするエレオノールの作戦だった。この領土のミストレスだった彼女達の息のかかった使用人がこの館にも大勢いる事ぐらい解っている。もちろんマリスのこともある程度伝わっているはずだ。情報が漏れ漏れなのも構わない敵対しているわけではないのだから。
ただ、条件は処理速度極限まで上げて停滞を許さない。幸いなことに責任を分担するはずの第二夫人は王都から離れようとしない、ここでの決定権はリクーラン辺境伯から全権を委ねられている彼女にある。
「ダークエルフねハーフかな?」
「その目元と瞳の赤はプロミネンスですか?ニコランデル家の血筋ですね。」
「ほう、ならばワルト・ニコランデルとリリン・マーギュリスの娘か。」
エレンとの話では、煙に巻く予定がいきなり出自まで暴かれてマリスは目を大きく見開いたまま固まってしまう。
「ニコランデルの血筋がまたミルファーに入るのは癪に触りますが悪いことではありません、良いでしょう。」
「母親のことが知りたければ今度私のところに来るといい。あいつは長命なのをいいことに自由すぎる。」
そう言ってくれたのは前第二夫人ダレン・グーナ、冒険者時代一緒に旅をした仲だと言う。
「でも、あなた赤ん坊の婚約者なのに嫌がってはないわね。きっと何かあるのね。」
前第三夫人ナナリットは預言者と呼ばれる投資家で戦費で傾いていた辺境伯家を立て直したのは彼女の才覚だ。
「でも教団が簡単に彼女を手放すかしら?」
大陸中の多くの国々で信仰される教団だが聖女と呼ばれる特別な存在はマリスを含めて七人しかいない。だが、エレオノールは深緑の聖女一位ワーデルは予言を尊重するだろうと考えていた。
「すでに大量の魔石を早船に積み込み出航の準備はできています。」
辺境伯家の金庫番であるナナリットが小首を傾げてエレオノールを見る。
「私のへそくりをかき集めました。」
「あら興味あるわね、貴女のへそくり。」
「もうご存知なのでしょう?」
「ふふふっ、あなたの男前っぷりを褒めてあげたかったのよ。」
呆れ顔のエレオノールにナナリットは笑って応える。
だがここからが本番だ。
「お母様方にはこの書類にサインをしていただきたいのですがいかがでしょう?」
そう言いながら一枚の契約書を三人の中央部に座るリズタンテに手渡す。その契約書の内容を要約すれば(ミルファー辺境伯家で開発された流行病の特効薬及び治癒方法の権利を深緑の聖女一位ワーデルに譲渡する。)
「あるのですか?」
緊張した声でリズタンテが問いかける、大陸中で猛威を振るいこの国の先代王を含む多くの王侯貴族にもその被害は及ぶ流行病だ。一時期の勢いは衰えたとはいえ感染経路の特定できない高い致死率を持つ病の治癒方法だ巨万の富を生み出すことになるだろう。
"とにかく引きずり込んでしまいましょう
エレオノールとマリス、朝食の後の最後の打ち合わせはこんな感じだった。
二人は少しだけ悪い笑みを浮かべながら、互いの目を見て頷き合った。"
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