第2話 魔法の悦楽


 日本人、風師光信の異世界転生は概ね成功した。ただ、元の自分のまま生まれたばかりの赤ん坊に納まるとは思っていなかっただけだ。いきなり流行病に犯されてしまうことも。


 海外生活が長かったので金髪美女やエキゾチック美人などには耐性はあったが、欲望(食欲)に任せて自在に彼女たちの乳首を蹂躙するとは思いもしなかった。


 母親である金髪碧眼美女は多忙なようて授乳は深夜と早朝。その他は二人の美人乳母が彼の欲望を満たした。そして恥ずかしながらおむつ交換。ぐずって泣いて眠って、できることは多くなかった。


 ただ嬉しいことに、昨日突然現れたダークエルフの美少女が側にいた。そして、色々な事をとめどもなく話してくれる。この国の歴史大陸の成り立ち 諸国との外交関係、魔法の話。およそ子供に、いや赤ん坊にする話ではないが、少女は彼が言葉を理解してるとまるで確信してるように話し続ける。


 極めつけは、彼女の妄想と思しき魔者との戦い、剣と魔法の物語だ。彼は知らず知らずにその世界観へ引き込まれていった。 


 "聖山ガーラントの雪と氷に覆われた剱と呼ばれる頂に黒雲は深く斬り裂かれながらも山脈を乗り越えて来る。


 黒雲の正体はソウルイーター・クラナトゥの率いる十万を超える魔物の軍団だ。長い年月人々の生を育んで来たこの緑の森も数時間後為す術もなく荒地と変わってしまうだろう。 


 希望はすでに潰えていた。


 少女は大樹の根元に横たわる男の頭を膝に乗せ嗚咽している。止めどもなく大粒の涙が頬をつたい落ちてゆく。


 一人でも多くの人を逃がすための難しい戦いだった。追撃隊として現れたクラナトゥとその精鋭達は鍛え抜かれた極上の戦士だった。けれど、戦いの技術ならば負けるはずはない。と、彼女が自負していた通り斬り伏せた。最後に残ったクラナトゥに致命傷をあたえた時、気を緩めなければ。彼女に届くはずのクラナトゥの放った相討ちの剣は彼女ではなく間に入った男の胸を貫いた。満足したクラナトゥの死顔を見ればそれが計算通りだったことが伺い知れる。


 ポーションは底をつき魔力も切れかけている。治癒魔法で傷を癒すのは彼の仕事だった。彼女は絶望の涙を流し続けるしかなかった。"


 「あの時、私にこの魔法が使えたなら貴方を失わずに済んだのに。」


 そう言いながら、彼女は迂闊にも複雑な魔法陣を組み上げてしまった。途端に赤ん坊であるリューガがそれを手に入れようと手を伸ばした。 


 接触した二人の魔法が小さな火花を散らす。赤ん坊は舐め尽くすように吸収する。魔法陣の成立ち、発動方法、魔力量、制御方法、保存、そして力尽きて眠りに落ちる。


 内腿を閉じ胸を押さえ何事かに堪えているマリスは震える涙目で既に眠りに落ちたリューガを睨みつけ。


「私はまだ14才ですよ、ハーフのダークエルフなので人族よりも成長も遅いというのに、、、」


 ドアがバンと開かれ怒気を帯びた瞳で美しい女が入ってきた


「何事です!何ですか今の魔力は私の赤ちゃんに何をしたのです?」


「落ち着いてくださいエレオノール様、今のはリューガ様の魔力です。」

 

 エレオノールはくるりと一回転すると再び聖女マリスに向き合った、瞳の怒気は消えている。


「説明しなさい。」


「その前に。」


  子供を産んだばかりだというのに激務に追われる剣聖伯であり辺境伯第一夫人に癒しを与える聖女マリス。教会内であれば金貨数枚は取れる特別製の癒しの魔法だ。もしリューガが目覚めていれば先程のように鑑定が発動されていたのだろうが彼は夢の中だ。


「このように私が魔法を使うとリューガ様は鑑定でその魔法を調べ尽くすのです。」


「今の状況を説明しなさい。」


「恐らく鑑定の上位魔法を使用されたようで今は眠りに落ちている状態です。」


「魔力枯渇状態ならば相当の倦怠感で苦しんでいるはずですが?」


「魔力枯渇と言うよりも赤ん坊の精神力の枯渇だと思われます。そして、これも恐らくでしかないのですがリューガ様が発動されたのは神眼による全鑑定ではないかと考えています。」


「なぜそう思うのですか。」


「私は丸裸にされて転がされ体の隅々まで支配され気を失ってしまいそうな快楽に耐えなくてはなりません。」


「えっ、」


(うちの僕ちゃんは生後一ヶ月でこの見目麗しい聖女エルフ様と何をやっているのかしら?!この子もこの子でメス顔しちゃて、まいったわね。)


「あっ、もちろん精神的なお話です。」


 聖女マリスは慌ててそう付け加えるがエレオノールはすでに先のことを考えていた。


 「リューガの側に使えるのが望みだったわね。気持ちは変わらないかしら?」


 「もし褒美をいただけるのなら、それが私の望みです。」


 褒美、それは褒美なのか?とエレオノールは考える。大陸に七人しか居ない最上位の神聖魔法が使える聖女の三位がミルファー家へ、どちらかといえばミルファー家への褒美だ。だが、言葉は悪いが聖女を身請けするとなると相当に面倒くさく、とんでもない金が掛りそうだ。なるほど、だから彼女への褒美となると云うわけか。と納得する。


「まあ良いわ、貴女をリューガの婚約者として認める事にします。」


 あまりに突然の決定に聖女はただ驚き目を丸くする。


「そんな、」


「拒む事は為りませんよ。」


「いえ、私の様な者が恐れ多いと云うか、その、、、」


「あなた自己評価が低いわね。」


「私など取り柄のないハーフダークエルフ、魔法が少し使えて魔導書が大好きなだけの女です。」


 エレオノールは残念なものを見るようにやれやれと呆れ顔する。


「あなたは目も眩むような美少女で神聖魔法の使える深緑の聖女三位、おまけにニコランデル公爵家の血を引くとびっきりのご令嬢、それがあなたの正しい評価です。」


「ですが父からは器量が悪いので教団にでも行ってしまえと家を追い出されました。」


 エレオノールはなるほどそういうことかと。魔導公爵として表向きは色々と悪名高きニコランデル公爵の複雑な多様性に考えを廻らす。


「いろいろ興味深わね。いずれにしろあなたが気に入りました。私のことはエレンと呼びなさいお母様などと呼んだら殺しますよ。」


「エレン様、私は思うのです。」


 そう呼ばれてまんざらでもないエレオノール、最強のぼっち戦士が少しデレて見せる。


「何かしら?」


「昨日のお話の続きですが、やはりリューガ様はご自分の病気を自らの力で完治させたと私は考えます。」


「あなたは奇跡やら神の御力だとは思わないのね?」


「はい私は深緑の信徒です。"不思議”に真理を求めます。」


 エレオノールほ昨日のやり取りを思い起こす。息子は彼女の魔法を取り込み自らの力で流行病を平癒させたと言い始めた。


「リューガは自らの身体に掛けられた鑑定魔法を習得し、貴女の発動した治癒魔法を再構築することでより高度な治癒魔法を完成させたとマリスは言ってるのね。」


「おっしゃる通りです。」


「私は探索者として世の中の不思議を多く見てきました。その私がさすがに生まれたばかりの赤ん坊が魔法で自らの病を治すとは信じられません」


 「……」


 「しかし、流行病の治癒魔法ですよ、歴史的偉業とも言える独創的な創造を捨て去る貴女も異常です。」


 「今から考えると、あの魔法は不完全なものでした。それに複雑過ぎて誰も使えない以上無いに等しいものです。」 


 無欲、いや傲慢なほどの貪欲さの成せる業なのだろう。エレオノールは面白いものを手に入れた子供のように高揚していた。他人が如何に価値を認めようとも自分にとって必要ないものはゴミと同じだ。


 「同じ価値観を持つ者として話を進めましょう。マリスはなぜここに来たのです?」


 「ひとつは姉である辺境伯第二夫人ヴァレリー様のご依頼により、いまひとつは、お会いした辺境伯様のご様子を見て私の探しているものが、この地にあるのではないかと感じたからです。」


 エレオノールにはその言葉の指し示すものが理解出来た。


 「あったのね。」


 「ありました。」



 「リクーランはどうでした?」


 「冷静に狂気をお楽しみのようでした。」


 「貴女、生意気ね。首を刎ねてやりたいわ。しないけど。」

 


 「まぁいいわ、ミストラル(お母様)達がもうじき館に戻られる。知らせはしてないけど、リューガのことはもう伝わってるはずだから。」


 三人で男女五人の辺境伯家の子供達を立派に育て上げた、戦費で傾きかけていた辺境伯家の財政を立て直した。しかし彼女たちが掲げていた最大の目標には到達できなかった。愛する男を"魔毒の狂気”からすくい上げることだ。


 三人は目標達成まで私欲を捨て喧嘩はしないと誓い合った。子供を交換し決っして裏切らないと誓い合った。凄まじい執念だが彼女たちの夢は実らなかった。前辺境伯は戦場で命のやり取りでしか狂気を払うことはできない男で四十年の生涯一度として遅れをとることはなかったが、呆気なく戦場から遠く離れた場所で死んだ、流行病だった。  



 人それぞれの人生に人それぞれの戦いがある。大局を見つめた戦い、自我を満足させるための戦い。あっ、と うん、の瞬きの間に終わってしまう人間の生に大きな違いは無いのかも知れない。


 だが、大切なものを守ると誓った戦いは尊いと信じたい。エレオノールはマリスの瞳の奥を覗き込む。

 

「マリス、私がなぜ貴女を無条件でこの部屋に入ることを許し、今ここに婚約者とふ認めたのか分かるかしら?」


 「その前に一つエレン様に質問させていただけませんか?」 

  

 何事も控えめに接してきたマリスが初めてエレオノールの言葉を受け流した。


 「あなたの母方の系譜のことならば知っているわよ。」


 特に意識していた理由では無い言葉がエレオノールから溢れ出す。互いにこの出会いが必然であったと理解する。そして予言に纏わる歴史の渦が容赦無く周囲を巻込み始めたと直感した。


 「私の父親は娘からすれば、とんでもない親なのだけど、少なくても旦那様の師に当たる人なの。私は面倒臭いものは全てぶった斬る。そんなつもりで力をつけてきたのだけどね。」


 剣聖伯エレオノール、その出自を怪しむ者は少なからず存在する。しかし、マリスが今の言葉から思い浮かぶ家名は一つだ。


「私が予言のために作られた人間だとしても受け入れていただけるのですね?」


「あなた方深緑の信徒がこの世界に仕掛けられた無慈悲な罠に抵抗しているならば。敵の敵は味方、そこから始めることは出来るわ。」


 「エレン様はご存知なのですね。」


 エレオノールの心は震えていた。イライラする風景の片隅に視えていた未来の残像が現実的な奥行きに展開し始めた。



 「私達深緑の教団の主神は創造神様です。創造神様にお仕えするのは苦行でしかありません。」



 「まあ想像はつくわね。」


 「人間のことなど興味が無いのです。」


 それが一番酷いことだとエレオノールは頷いた。


 「そこに信仰心とか必要なのかしら?」


 「もちろんです。人の世界を滅ぼしてしまうような過酷な試練と現世利益の関係を知識として求めているのです。」


 「奇跡をご褒美として効率的に受け取る方法を探求すると言うわけね。」


 「実際はもう少し複雑です、難易度の高い掟を定める事でその範囲内での行動を自由にする。呪いに等しい足枷ですがひとつ先の一手が打てます。」


 エレオノールは少し考え込む。この大陸に存在する三つの教団はある意味一枚岩だ。教義に違いは有れど教理は一致している。宗教というよりも理想を求める生き方の伝導と言った方が明確かもしれない。


 例えば、紫炎の教団指導者は元吸血鬼の一族だ。千年前、時の勇者シエリの力で深くくい込んだ魂の呪いを浄化され闇から解放された。強力な能力は失ったが真祖はシエリと共に闇と戦うことを誓った。


 やがて誓いは信仰になる、"未来からの勇者"と呼ばれた予言とも称される卓越した先見性を持ったシエリの思想を原点にした教えを伝導している。


 黄昏の教団は予見師と呼ばれる教団トップが代々受け継ぐ夢見の法で仮定された終末の回避を試みる。


 どれも信徒には直接的な恩恵は少なそうだが"平和と平等"を基本的教理とした信仰は人々に心地よく大陸の七割近い国と地域に浸透している。 


 もちろん王侯貴族中心の封建制度の枠内でのことだ。単純明解な教理を複雑怪奇な教義で覆い尽くし得体の知れない恐怖心を信徒に植え付けている感は否めない。が、誰にも知らされていない裏の事情がある。記憶の中に刷り込まれた予言と公にされない敵の存在だ。


 「何れにしろ、人間の秩序とは異なる価値観の者達との戦いに生き残る術の模索ということで良いのかしら?」


 マリスはエレオノールの強い視線を受け止める。


 「その事実を知る者はわずかです。」


 少しずるいとは思ったが、マリスはそう答えた。


 「まあ良いでしょう。ミルファー家の情報網は教団に引けは取りません。予言に縛られていたら取り残されますよ。」


 隠し事はするなというエレオノールの威圧の込められた言葉に、マリスはしっかりとうなずいた。


 「あなた自身の価値は最大限に跳ね上がったわ。望みを言いなさい。」

 

 「私の望みは叶えていただきました。リューガ様のお側でお仕えする事をお許し下さい。」


 マリスは顔を赤らめながらも現下にそう言い切った。


「まあ大胆発言ね!まだ彼は赤ちゃんですよ。」


 元日本人、風師光信ことリューガ・ミルファーは眠る。赤ん坊だから、彼の眠るベッドの横で生まれて早々と許嫁が決まったことも知らずに。


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 今日は後でもう一つぐらい投稿しようと考えていますが、ちょっと一話が長すぎるかなってご意見をよろしくお願いします。

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