転生勇者の憂鬱

tReisen

第1話 勇者辺境伯家へ生まれ変わる

 

 予言の書なるものが在る。



    第十七創世記 


  アズィーザ伝 終の二篇



 "そこに創造神なる方が存在されるならば。その宇宙の片隅で細々と生を営む我等のことを数万年に一度でも良い。星の瞬きの狭間に思い出して頂ける事を祈ろう。


 この世は不平等で不条理に満ち溢れている。誰もそんなこと望んでいないはずなのに。


 早く気付くべきだった。

そんなことを望んでいる者達が居ることを。


 傲慢にも自分達が定めた善やら悪を宇宙の秩序と思い込む愚か者の正義に力を与えられんことを願うだけだ。"



 これのどこが予言なのか?誰もが首を傾げるだろう。重要なのはこの先なのだが知らされてない。それは与えられた現実の過酷さ故に。


 脆弱な肉体と精神しか持ち得ない人間が用意された運命に立ち向かう力は無いと自ら判断し封印した。科学の時代、魔法の時代、或いは融合の時代、人の世は幾度となく滅び再生する。きっと誰かの思惑の為に。





 フードの奥の瞳は気の遠くなるような遥か遠くを見つめていた。かくして孤独な旅は繰り返される。すべての断片を分かちあった大切なスパウスがいたはずが、未熟さ故に幾度と無く失ってきた。やがて男は記憶を失い時の狭間に消えて行ってしまった。


 もしかしたら、

 

 何時もの虚しい繰り返しかもしれない。


 もしかしたら、


 また、何かが始まったのかもしれない。


 船縁に立つ女は、御し難い"連なる転生の記憶"に翻弄され目眩の中を生きて来た。今大陸は災厄と呼ばれる未曾有の出来事で疲弊頻っている。抵抗の最先端であるこの辺境伯領はいかなる状態であるのか、彼女は一片の希望を持ってやって来た。


 「聖女様、迎えの馬車が直ぐに来ます、ご用意を。」


 そう、声をかけてきたのは慣れない船旅の間、何かと彼女に気を掛けてくれた船長のドラン・ディエルだった。


 数ある辺境伯家の川船だが早船と呼ばれる二隻がある。辺境伯家の御座船であり重要な魔石を運ぶ特別な船だ。リクーラン・ミルファー辺境伯は王都に在ったその一隻を彼女のために動かしてくれた。ドランは前辺境伯騎士団の副団長の一人、前辺境伯が亡くなった事をきっかけに一線を引いた。


 男爵の爵位を持ち数々の武功を誇る強者たが髭面の人の良い酒場の親父にしか見えない。


 やがて船着場に現れたミルファー辺境伯家の紋章入り馬車に二人は乗込む。


 通りを歩く領民達の姿を聖女と呼ばれた女は深く被ったフードの奥から覗きながら小さな声で呟く。 


 「想像以上に潤っている。王国のどの都市よりも豊かなのは間違い無いでしょう。」


 「この災厄の時代にあってここまでの繁栄を維持出来ているのはリクーラン様とエレオノール様のお陰だ。流行病もほぼ抑え込めた。」


 「一つの例外を除いてですね。」


 数週間前から新生児への発症が報告されてきた。その中には辺境伯第一夫人エレオノールの産んだばかりの男子も含まれる。それこそが彼女がここに来た理由だった。


 「しかし、皆緊張しているように見えます。」


 「知っているんですよ、エレオノール様が苛立っているのを。嫡男であるリューガ様を狙った政治暴力だと断定して犯人を探している。」


 「領民が犯人探しですか?」


 「そのようですな、エレオノール様が怒りを爆発させて街ごと吹き飛ばしかねませんからね。」 


 まさか、と彼女は思うが男の表情は真剣だ。


 「出来るのですか?そんなことが。」 


 「外側の守りはリクーラン様の結界魔法だが内部の守護者はエレオノール様自身なので可能だな。いや、勘違いしないで頂きたい、エレオノール様はそんな事するお方ではない。」


 とはいえ、辺境伯と第一夫人剣聖エレオノール・ミルファーには気宇壮大な噂話が暇無い。


 十四才で幼馴染のリクーランとエレオノールは共に冒険者と成り辺境伯領に隣接する魔の森で腕を磨いた。リクーランが学院を卒業した年、エレオノールが初年度を終えたばかりのときだった。


 やがて切り取り御免の魔の森の三分の一を仲間と共に制圧し、新しい鉱山、未踏のダンジョン、そして大量の魔石を産出する魔物の墓所を発見する。


 切り取り御免と言われている魔の森だがその利権は計り知れない。リクーランはそれまでに得ていた膨大な魔石、鉱物、前時代の遺物を王国に献上し横槍が入らぬ様に魔の森の利権を押えた。


 更にそれまでの経験値を持って自身が"賢者"にエレオノールが"剣聖"を顕現したことを公にする。よってエレオノール剣聖伯爵が誕生、その領地を魔の森とした。恐るべき手腕だと言わざるを得ない。


 だが彼等の特異な点は一切の私利私欲を排除し王国のみならず大陸の均等にその富を惜しげもなく投じていることにある。様々な災厄の吹き荒れるこの世界で人々の社会生活が破綻しないで持ち堪えているのは彼等の無利息で貸し与える魔石に依る。


 魔石は金や貨幣とは異なる価値があり流通している、ありとあらゆる魔導具の活力源だ。かくしてミルファー辺境伯家は大陸中の国と地域に影響力と情報網を構築した。それも秘密裏にそして支配力を誇示しないやり方で。


 だがそれでも、嫉妬や妬みを含めた。彼等の手にできる権力の強大さをする危惧する者達からの大小様々な中傷、嫌がらせは後を絶たない。


 乾季の渇いた空気、縦横に張り巡らされた運河と見慣れぬ東部の人々の佇まい。まるで異国の地に降り立った旅人の様に彼女は馬車の窓から外を見ている。


 

 聖女様の尊顔を賜りたいドラン・ディエルだったが深緑色のフードマントに覆われた女の顔は伺い知れない。船中でも食事は部屋で一人で取り人前に姿を表す事は無かった。だが、ドランの戦士の勘が告げて居る。この女が自分を再び戦場に連れて行ってくれると。慌てるな準備を怠るな、鈍った身体を絞り上げろ、頭の中ではしばらく乗っていない愛馬の背中に鞍を置くことばかり考えていた。



 運河に囲まれたミルファー辺境伯家のヘッドクォーターはそこが遥か昔、魔の森を狙う砦であった事を伺わせる古い石垣の上に建っている。


 吊り橋を渡ると開け放れた巨大な門扉をくぐり樹木で目隠しされた広い庭を通り抜ける。三階建のレンガ造りの館の前では長身の男が待っていた。


 やがて馬車がゆっくりと止まる。ドランは少しお待ちをと言うと一度馬車を降り待っていた家令と思しき男と小声で話し始める。


 おそらくこの男がもう一人の前辺境伯騎士団副団長マゼラン・ロンサール。騎士団の実務を一人で取り仕切っていた男はドランと同じく今は早船の船長で男爵、今では辺境伯家の家令としてエレオノール第一夫人を補佐している切れ者だ。ドラン船長とは違う緊張感を漂わせている。

 

 最後に書簡の入った袋をマゼランに渡すと引き継ぎは終わりドランは静かに馬車の扉を開けてくれた。


 「聖女様私の役目はここまでです。あとはこちらのマゼラン・ロンサールが案内してくれるでしょう。」


 言葉使いが僅かに改められ、そう言うと礼の姿勢を崩さず彼は口の前にこぶしを当てると開いて見せた。ミルファー辺境伯家に古く伝わる最上位の別れの挨拶だ。


 「縁があったらまた会いましょう。でしたか?」


 彼女がそう答えるとドランは一瞬驚いた顔をしたが、御者に合図すると動き出した馬車に片足をかけたまま去って行った。



 マゼラン・ロンサールは表情を表へ出さずに驚いていた。消えかけていた友の戦士の炎が再び燃え上がった。あれはミルファー家の戦士が己が認めた戦士だけにする挨拶だ。


 マゼランは一通の挨拶を済ませると館の中へと案内する。


 「聖女様まずは、お部屋に案内させていただきます。旅のお疲れを暫しお癒しください。食事の用意ができ次第、お声をかけさせていただきます。」


 「ご心配は無用です。顔と手を洗わせてくだされば、すぐに治療にかかります。案内してください。」


 ざわついた、鋼鉄の意志で不必要な感情を排除して生きて来た男の心がわずかに震えた。それでも、彼は近くに控えていたメイドに指示を出すと何事もなかったようにエレオノールの元へ向かう。


 彼女は病の息子の側から片時も離れない。部屋にテントを張り中に寝椅子を持ち込み携行食を噛りながら見張っていた。悪霊、悪鬼、死神が近寄れば問答無用で斬り捨てる。間合いに入れば例外なく何でも斬れるそれが彼女の剣だ。だが、すでに四日一睡もしていないとメイドから報告を受けている。


 「エレオノール様、聖女様が到着いたしました。すぐこちらに来るそうです。」


 「私は騙されませんよ。」


 部屋はカーテンが閉められ、昼間だというのに薄暗い。テントの中の彼女の様子は伺い知れない。


 「お手紙が届いております。」


 マゼランはそう言うと一つ一つの手紙の送り主の名前を読み上げていく。


 「御領主様からの手紙。こちらはヴァレリー(第二夫人)様とご実家のニコランデル公爵様、そして深緑の教団ワーデルランテ第一聖女様からでございます。」


 差し出された書簡を受け取ると彼女は一言だけマゼランに伝える。


 「挨拶はいりません。直ぐに治療にかかってもらうように。」


 その言葉に呼応するようにメイド達が移動する。メイドといってもミルファー家の戦闘メイドだ。女性の警護が主な仕事だがその戦闘能力の高さは秘されている。


 やがて聖女が案内されてきた。マントフードはそのままで小柄な彼女の顔は覗き込めない。元より挨拶などするつもりもないようだ。大きなベッドに寝せられた赤ん坊に近づくと、ためらうことなく魔法を発動させた。背後から危険を察知した戦闘メイドの細身のナイフが彼女の首筋に当てられたがお構い無しに。


 "流行病の四番新型だ。初期の王族や高位貴族が羅患した致死率の高い四番を感染力を抑るかわりに致死率を更に上げた質の悪いやつだ。恐らく暗殺用。発症して既に二週間、赤ん坊の体力では難しい、生き長らえている事自体奇跡だ、唯一口にできる辺境伯家の良質なポーションのお陰だろう。"


 そう考えながら彼女は赤ん坊の鑑定を続ける。"可怪しい"彼女は訝しむ。呼吸器系に重度な炎症はあるが、体はいたって健康だった。それならば、試してみる価値はある。と彼女は考え仮想空間で魔法を組み立て始める。


 この世界にウイルス性疾患の概念はない。しかし、毒や薬草に対する研究は進んでいた。そして彼女には連なる膨大な前世の記憶がある。構築した複雑な魔法陣に魔力を流し込む。


 流行病に有効な魔法は存在しない。彼女の魔法も聖女の結界魔法で感染の進行を留め癒しの魔法で体力を回復し、ひいては

免疫力を向上させウィルスを封殺する。複雑で使い勝手の悪いいたって原初的なものだ。


 異変はその時起こった。彼女が赤ん坊に触れた瞬間、魔法陣は解体され片と成り赤ん坊の身体の中へ吸収された。それだけに留まらず彼女の仮想空間に用意されていた様々な治癒魔法やいざと云う時の為の防御、攻撃魔法まで片に変えられ吸収されていく。


 彼女は激しい立ち眩みに襲われ赤ん坊のベッドへゆっくりと倒れ込んだ。


 "長い時間では無かったはずだ。赤ん坊の機嫌の良い笑い声で現実に引き戻されていく。脳の奥の痺れと鼓動と共に響く金属音、不快ではない。集める事が出来なかった心の強度が上がった。だけど、"


 「立ちなさい。」


 背後から冷たい声が響いた。

全ての魔法は解除され、無防備な彼女に抵抗する術はない。


 「剣聖伯様」


 彼女は立ち上がるとゆっくりと振り帰り聖女の礼を取る。


 「あら、本物の聖女様なのね。」


 先ほどからの衝撃的な出来事の続きが何とも間の抜けた剣聖伯エレオノール・ミルファーの言葉に王都から張り詰めていた緊張がはじけ飛び俯いた彼女の瞳から涙が零れ落ちてきた。


 「深緑の聖女三位マリスでございます。」


 それでも、健気に挨拶をするとフードをおろし顔を見せる。


 短髪のプラチナブロンド、涙を湛えた瞳はエメラルドグリーンの虹彩でニコランデル公爵家の特徴であるプロミネンスと呼ばれる炎のような赤い縁取りが見える。そして浅黒い肌。ダークエルフの血を引いているようなので分かりづらいが十代前半にしか見えない。


 「まあ、とんでもないものが出てきたわね。」


 突然現れた可愛らしい塊に毒気を抜かれたエレオノールは首をかしげる。どうしたものかと。


 「ご子息様は危険を脱したようです。」


 苛々するしかなかった災厄の時が再生へと流れが変わった瞬間だった。


―――――― 

 ご指導、ご指摘よろしくお願いします未熟者ですが、先輩方のお声を聞かせてください。

 よろしくお願いします。

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