うれしいひなまつり
藤泉都理
うれしいひなまつり
小説家には三分以内にやらなければならないことがあった。
脱稿して、一階で待つ姪っ子の元へ行かなければならないのだ。
一緒に雛人形を飾ろうと可愛いことを言う姪っ子の元に。
制限時間までに来なかったら、相棒を自分の家に連れて帰ると、恐ろしいことを言う姪っ子の元に。
ポメガバース。
ポメガは疲れがピークに達したり体調が悪かったりストレスが溜まるとポメラニアン化する。
ポメ化したポメガは周りがチヤホヤすると人間に戻る(戻らない時もある)。
周りの人がいくらチヤホヤしても人間に戻らない時は、パートナーがチヤホヤすると即戻る。
ポメガはパートナーの香りが大好きだから、たくさんパートナーの香りで包んであげるととてもリラックスして人間に戻る。
「オメガバース」の世界観を踏まえて作られた「バース系創作」のひとつである。
ポメガバースである相棒と姪っ子はとっても仲が良かった。
それはもう、小説家が何億個焼き餅を生成したかわからないほどに。
人間の姿でもポメラニアンの姿でも。
(ヤバいヤバいヤバイ早く仕上げて一階に行かなければ連れて行かれるしついて行くし)
焦燥感は募るも、集中力をかき集めてパソコン画面に向かい合う。
書き上げてはいるのだ。
けれどしっくりこない。
書き直す。
読み直す。
誤字発見。
この言い回しでいいのか確認。
読み直す。
うん。いい。いいな。いいかな。いいだろうか。まだよくなる。よくなるかな。よくなるな。
書き直す。
読み直す。
誤字発見。
読み直す。
よし。よしっ。
編集者に送信、開けっ放しの扉を通り過ぎ、階段を駆け下り、姪っ子とポメラニアン化している相棒がいる客間へと到着する。と。
「はわわわわ。なにこれやだこれ」
小説家はスマホを構えて、連写した。
くっついて眠っている姪っ子とポメラニアン化している相棒を。
「なにこれやだこれ。可愛い。可愛すぎるっ」
最高でいっ。
小説家が叫んだ瞬間、姉に遅い煩いとクッションで背中を叩かれたのであった。
うれしいひなまつり 藤泉都理 @fujitori
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