2
何事かと袖から舞台を覗き込み、目を瞠った。
マイクを握りしめたまま固まっている司会の女性。暴れることを止めて呆然と佇む怪獣の着ぐるみ。そしてもう一人、舞台にいるはずのない闖入者がいる。そいつはギラリと光る凶器を手に、声を張り上げた。
「騒ぐなぁ!」
一瞬静まり返る園内。一秒後、火がついたように子供達が泣き出した。子供を抱えて逃げ出す親もいた。
「何ですかあなた! 警察呼びますよ!」
子供の泣き声を聞いて大人としての責務を思い出したのか、震える声で司会者は問い詰める。そんな彼女に刃物男は胡乱な視線を向けた。
「君がいけないんだ、思わせぶりな態度を取っておいて僕を振るなんて……一緒になれないなら、君を殺して僕も死ぬんだぁ!」
こいつはヤバい、と誰もが悟った。理不尽な殺意の矛先を向けられた女性は青い顔で立ち尽くしている。とはいえ、既にスタッフ達は110番に通報しているはずだ。駆けつけた警察官に男が取り押さえられるのも時間の問題だろう。下手に刺激せず、大人しく警察の到着を待つ。素人にできることはそれだけだ。
――本当に?
こんな時、超人マンならどうする? 自分にはできることがないと黙って待つのか? それがヒーローの在るべき姿なのか? 違うだろう。俺が憧れた超人マンは、どんな時も、誰のことも見捨てなかった。
凶器を持った男が女性に迫る。警察を待っている暇はない。俺の体は咄嗟に動いていた。
「そこまでだ!」
声も高らかに舞台袖から飛び出した。男の動きが止まる。
「何だよお前! 邪魔をするなぁ!」
振り向いた男は唾を飛ばしながら叫んだ。縋る視線を向けてきた女性に、頷いて見せた。右手を前に突き出し、三本の指を立てる。
「三分だ。三分でお前を倒してやる」
これは超人マンの決め台詞だ。活動時間をあらかじめ宣言しておくことで彼の強さと、制限を設けられた戦いの過酷さを視聴者に印象づける意味合いがあるらしい。
そう、俺は超人マンになりきっていた。
子供達はせっかくヒーローショーを楽しみに来たのに、このままでは怖い思い出だけが心に強く残ってしまう。それなら、このハプニングもショーの演出にしてしまえばいい。子供の夢を守るのが大人の務めだ。
「ふざけた格好しやがって……邪魔者め、お前から殺してやるよぉ!」
男の注意が司会の女性から逸れた。その隙に、彼女は怪獣の着ぐるみに抱えられながら舞台袖に逃げ込んだ。
舞台には刃物男と超人マンに扮した俺の二人が残された。男は意味不明な言語を喚きながら刃物を振り回す。俺は充分に距離を取りながら反撃の機会を窺っていた。
「みんな、超人マンを応援しよう!」
子供達に呼びかけるアナウンスが聞こえた。司会の彼女だ。怖い思いをしただろうに、俺の意図を汲んでくれたのだ。促され、客席から動けずに取り残されていた子供達は次々と声を上げた。
「がんばれー、超人マーン!」
「やっつけちゃえー!」
子供達の声援が活力に変わる。背中を押された俺は剣道の要領で間合いを詰め、突き出された刃物を躱した勢いで手から叩き落とした。すぐさま足を払い、転倒した男に袈裟固めを決めてやる。ヒーロー役を演じる際に役立つと思いあらゆる武術を嗜んでいたのが吉と出た。
その後駆けつけた警察官に男は現行犯逮捕された。俺は警察と雇い主からも危ないことをするなとこっぴどく叱られた。だが、悔いはない。俺はあの瞬間、憧れていた本物のヒーローになれたのだから。
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