第5話 ルチアーノ=ガーネット
ルチアーノ=ガーネットは、天才児であった。
十歳の時には、知るべき知識は全て身に付けていた。
では、十歳からこの十八歳になるまで彼女は何をしていたのか。
彼女は国の上層部に君臨する父を持ち、その父から役割を受け取った。
『兵士育成学校の管理』である。
女の入学は強制ではない。しかし、彼女は確かに兵士育成学校内に存在した。
ただの在学生、という形ではない。裏の学校管理者として、だ。
毎年入学してくる生徒について調べあげ、常に幾多の学生を監視する。それは歳など関係ない。
入学する学生の生い立ちから本人の性格まで。
在学中の学生の成長、能力まで。
全て彼女一人で調べ、まとめ、管理する。それが幼い頃からのルチアーノ=ガーネットの仕事である。
ルチアーノも兵士育成学校に在学可能な歳になったが、彼女にはまるで関係なかった。十歳を過ぎた辺りから、在学し続けているのと同じであったからだ。
彼女はその年もまた、入学してくる学生の名前から、生い立ち、様々なことを個々に調べあげた。
そんな中で、気になる学生がいた。
決して初めてのことでは無い。異国へ兵士を向かわせることがこの国の方針故に、亡き者となる数は多い。
それが誰かの父であり、母も病か何かで亡くなれば、養子となる者も少なくは無い。
彼、カロム=ヴィンセントもまた、その一人であった。
戸籍はヴィンセントのものになってはいたが、血の繋がりはなかった。
これもまた他にない話ではなかった。
しかし、彼だけが異常であった。
ルチアーノ程の有能な人材が、調べど調べど、カロムの生まれが分からないのだ。
親が亡くなった形跡もない。捨て子かと思えたが、施設に預けられた形跡もなかった。
ヴィンセント家に訪ねるのが最善であったが、ヴィンセント家の行動もおかしなものがあった。
育てる中で、強制される兵士育成学校以外に、カロムを何処にも預けることは無かった。
それはまるで、彼を世間から隠すかのようだった。
金がないから、強制されない学校には通わせられなかったのか。しかしそれで養子を迎えるのも変な話である。育児にも金は飛ぶ。
ルチアーノはいくつもの考えを巡らせた。可能性あるもの全てを書き出した。周囲に有り得ないと言われる可能性も、全て彼女が有り得ないと感じるまで深く追った。
入学後、カロムに関して大きな噂が立った。
────『カロム=ヴィンセントは無能な男だ』と。
周囲はそれに大きく頷き、納得していたが、ルチアーノだけは首を傾げた。
それもそのはずだ。
カロムは一度として有能な面を見せたことはないが、無能な面も見せたこともないのだから。
彼女は疑問に思った。何故彼を無能だと、誰かは強く主張したのか。
(何で、彼が無能だと知っていた? 彼は授業にも出ない問題児なのだから、何も出来ない弱者だと決めつけて……?)
おかしな話である。当の本人は、一度として実践授業に出たことはない。それならば、誰一人としてカロム=ヴィンセントが剣を振るう姿すら見たことはないはずだ。問題児となれば話は分かるが、無能と広めると話が変わってくるのではないか。
彼女は探ることが得意だった。調べることは、生まれてから叩き込まれてきた。
噂を立てた主は、カロム=ヴィンセントであった。
ルチアーノはそれを知って、笑いが止まらなくなった。そして、興味が沸き起こった。
分からない物事程、彼女の興味関心を奮い立たせるものはなかった。
調べても出てこない彼の生まれ。
異様な程に幼少から彼を隠し続けたヴィンセント家。
本人が自分を卑下するような噂を立てた理由。
ルチアーノは一つの可能性を見出した。
──カロム=ヴィンセントは、無能ではない。無能にしたがっている、有能な男ではないのか。
となれば、何故それを隠すのか。
────有能さを知られてはいけない。知られれば、彼自身に何か悪い影響を及ぼすのではないか。
では、それは何か。
もし、有能さが買われれば、兵士として駆り出される、それを嫌がったのか。だが、世間的にそうする事が正義であり、当然であった。
養父母が養子を兵士にすることを嫌がった……。そんなのヴィンセント家が世間から見放され、最悪の場合、国から何かしら罰が下ることがあるかもしれない。
(それを恐れず、養子が有能であると周囲に知られることを拒んだ?)
そんな単純なものではないだろう、とルチアーノは考え込む。
それでは、何故、何故……とルチアーノは、過去にない程悩み続けた。
「……有能、それは……、本人も、養父母も隠したがる程……。…………誰よりも、有能な……存在……?」
陽はとっくに落ちている時間であった。自室で愛犬シャーロットを撫で、ブツブツと呟きながら思考を巡らせていた。「くぅん」と小さく鳴く愛犬をゆっくりと優しく撫でた。
机の上に乱雑に並んだカロムとヴィンセント家に関する資料。所々汚い彼女の走り書きが散見される。
「…………誰よりも、有能な……、遺伝子を持った……」
確証はない。その確証を得る術はあるかもしれないが、それは本人たち次第だろう。
どれだけ探しても出てこなかったカロムを産んだ実父母。生まれ場所。資料などもう見つけられることはないだろう。
そうなれば言質が最も有効だが、本人も、ヴィンセント養父母も今更、易々と口を割る訳もない。
彼女は頭を抱えた。知る術が非常に少ない。養父母を脅すことも過ぎったが、それは彼女の信念をへし折るものだった。
ルチアーノは鼻高になることは御免であった。国民を見下すことも嫌った。
国民の身の安全を脅すなんて以ての外だった。
そんな時、彼女の父も同じく頭を抱えていた。
国王交代時期が迫っている中での話だった。
噂には聞いていたことであった。
ジェラルト王子の癇癪癖がまた起こった、と嘆いていた。
次期王があれでは、国民から何を思われ、言われるか分かったものじゃない、と。
現状、噂話で収まっていることから、国民はそれを事実だと確証づける証拠は持っていない。
そして加えてもう一つ。彼女の父は、嘆いた。
また、付き人が辞めた。やりたがる者もいなければ、王宮内に悪い噂が広まるばかりで、指名すれば逃亡する者もいる、と。
その時だった。
ルチアーノの脳内に、一つの企てと未来図が浮かんだのは。
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