ある月夜

 打ち寄せる波の音。老いた体を包む柔らかな海。もう、寒さも感じない。

「怖くないの?」

 すぐ傍で、男が問う。

「怖くは、ないさ」

 せめて、笑ってみせる。もう目も満足に開かないけれど、葬送された私を、抱き留めてくれている彼の姿がうっすらと見えた。海月のように半透明の肌が、月明かりに照らされている。我らが島の守り神――

「人間の寿命って、あっという間……可哀想だね」

「いいや……そうでも、ないさ」

「どうして?」

 こんなに簡単に、死んじゃうのに――その言葉が終わらぬ内に、私の耳は聞こえなくなる。間もなく、体は沈んでいく。骸となって、海に還る為に。

 どうか貴方は、貴方の答えを見つけて。

 最後に願うことは、ただそれだけ。


 終【お題:波(2021/08/07)】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る