赤電話をさがせ!

相内充希

公衆電話って緑じゃないの?

 的場隆成りゅうせいには三分以内にやらなければならないことがあった。

 すぐそこにあるはずの公衆電話から、自分のいた時代の数字をダイヤルする。しなければ、隆成はこの時代に取り残されてしまうからだ。

 この時代とはつまり昭和。令和ではない、昭和!

 冗談ではない。


 ことのおこりは普段博士はかせとよんでいる叔父の家で、タイムマシンをいじらせてもらったことだった。

 もちろん、タイムマシンって漫画かよって感じで本気にしたわけじゃない。

 だからまさか、本当に過去に来れるなんて思ってなかったのだ。


 今は春休み。

 宿題もないし、五年生から六年生になるときは持ち上がりだからクラス替えもない。

 塾はあるけれど今日は休みで、暇で楽しい一日を過ごす気満々だった。


 ところがこんな日に限って友達が誰もつかまらない。習い事や旅行などでみんな留守なのだ。

 仕方がないので近所に住む怪しい親戚――通称博士のところに遊びに行くことにした。


 博士はかせの本名はひろしだ。博の一文字でひろし。

 でも変な発明ばかりしてるから、子供の頃から「はかせ」と呼ばれていると、博士の姉である隆盛の母が笑いながら教えてくれた。


 毎年お年玉を一番多くくれる博士は、実は優秀な人なのかもしれない。けれど隆成にとっては、家の中に変なものがたくさんある、怪しい親戚にほかならなかった。

 まあ、本人にこんなことを言うと叔父はまんざらでもない顔をするので、訂正する気はない。


 そんな叔父の家でガラクタをいじっていると、隆成好みのカードとコインの入った箱が現れた。漫画にでも出てきそうな胡散臭い感じが何とも楽しい!


 あ、これくれないかな。

 そう言った隆成に博士は、その箱はタイムマシンだと言った。


「うっそだー」

 隆成がケラケラ笑うと博士はニヤッと笑った。


「嘘じゃないぞ。もっとも移動できるのはまだ半世紀ってところだけどな。この箱の赤いスイッチと青いスイッチを同時に押すと過去に行ける」

「え……。じゃあ、帰って来るには?」


「公衆電話で今日の日付を西暦でダイヤルするだけ。簡単だろ?」

「公衆電話かぁ。あんまりなくない?」


「昔はたくさんあったんだよ」


 隆成が知る公衆電話は、学校の事務室前と塾の前にあるだけだ。

 でもそう考えれば、わかる場所に二つもあるという安心感はある。

 お父さんが当てたカプセルトイで遊んだことがあるから、たぶん使い方は分かる。要はあの緑の電話にカードを入れて、今日の日付をプッシュすればいいわけだ。


 ダイヤルなんて古い言い方だなと思いつつ、そんなに簡単ならとじっと箱を見る隆成に叔父は笑った。


「三時間以内に帰って来ないと過去に取り残されちゃうのが欠点でなぁ。せめて丸一日はいられるよう改良を考えてるんだ」

「ふーん」


 ま、冗談だろうな。

 そう思ってボタンを同時に押してしまったのは、ほんの出来心だった。

 だって、本当に昭和に飛ぶなんて思わないだろ?



 それでも最初は面白かったのだ。

 見慣れたところと見知らぬところのある世界は新鮮で、夢中で見て回った。

 隆成の家があるあたりには畑が広がってたし、たまに遊びにいくショッピングモールは遊園地だった! 羨ましい。

 遊園地の入口前が公園になっていてそこまでは入れたので、中を覗く。そういえばあのメリーゴーランドは今もあるなと、不思議な感じがした。

 あまりにも楽しくて、あっというまに時間が過ぎた。


「あ、もうすぐおやつの時間だ」


 そこで帰るために公衆電話を探し始めたけど、たくさんあるはずのそれがまったく見つからない。


 困り果ててタバコ屋のおばあちゃんに尋ねると、公衆電話は赤くて、プッシュボタンではないことを教えてもらった。

 しかもカードではなく十円を入れるだって?


 残念ながらタバコ屋の公衆電話は故障中ということで(試したけれど帰れなかった)、近くの公園にあるということを教えてもらう。


 箱の中にあったカードはテレフォンカード。様々なコインの中には、たしかに十円玉もあった。だからそれを使えばいいということはすぐわかった。

 ただ箱に表示される数字がどんどん減っていき、気持ちが焦る。


 目の前にタバコ屋にあったのと同じ赤いボディがあらわれる。

 幸い先客はいない。

 震える指で何度も十円玉を地面に落としながら、ようやく電話に入れることができたときは、大きなため息が出た。


「ダイヤルを回したら、自然に戻るのを待たなければいけないんだよな」


 タバコ屋のおばあちゃんの言っていたことを思い出し、もどかしい思いをしながらも、どうにか自分のいた日のダイヤルを回し終える。


(帰れ! たのむ! うまく帰ってくれ!)


 キュッと閉じた目をゆっくりあけると、そこは見慣れた博士の部屋だった。



「帰れた」


 ヘナヘナと座り込む隆成を、叔父が不思議そうに見る。ここでは時間が過ぎていないようだ。


 叔父は隆盛の話を聞いて大笑いした。タイムマシンは冗談だと。


「冗談でもいいよ。ぼくは昭和を見てきたんだから」


 疲れて反論する気もなく、コテンとソファに転がる。


 疲れてまぶたが重い。


 次は公衆電話のある場所を最初に確認しようと決めながら、隆成は夢の世界に沈んでいった。

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赤電話をさがせ! 相内充希 @mituki_aiuchi

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