第六話 悲劇の幕開け
ひたすら洞窟の中に立てこもり続けていたセイムの王は、悠久の時の流れの中で少しずつサイズを増し、俊敏に動ける特性を具有するようになった。だが、それはあくまでも確実な採餌のためであり。強者の形質を備えながらも洞を出ることは決してなかった。
優れた運動能力の獲得とは裏腹に、セイム王の体構造はますます防御優先になっていった。運動能力に加え、外装も採餌を通して獲得できるようになったからだ。各時代を代表する王の硬い装甲が外皮に再現され、外敵に襲われて食われても、大半を消失してしまうことはなくなった。より短時間に回復することが可能になったのだ。
セイムの王は、不死化のみならず、餌からの獲得形質を取捨選択して最適化することで王として安定したのである。
だが。どのような王であっても、その行く道には必ず重大な岐路が現れた。環境の激変であり、他の王たちとの存続を懸けた闘争であり、予期せぬアクシデントであり。岐路での選択が不幸にして衰微に繋がると、それまでどれほど繁栄していた王も消滅してしまう。最強に見えるアンデッドのセイム王とて、その例外ではなかったのだ。
◇ ◇ ◇
悲劇の幕が開く兆候は少し前からあった。洞に入り込む王たちが、少しずつ複雑な構造を持つものに変わっていたのだ。
餌が来れば襲って
セイム王に突きつけられた岐路。これまでの守旧的な生き方を堅持するか、運動能力や外装以上のものを取り込んで己を再構築するか。
セイム王は一個体しかない。いかなアンデッドとはいえ、その個体が極端に衰微すると消滅しかねない。セイム王は採餌した新種の王の特性を取り込む道を選んだ。ただ採餌に成功した新種の王がヒトだったのは、不幸だとしか言いようがない。
新種の王の多くは、洞に近寄らなかった。営巣に適した場所であっても、再奥に在する致命的な敵の気配を感じ取って本能的に忌避したのだ。稀にごく小型の王が出入りすることはあったが、それらは極めて警戒心が強く運動能力も高かったため、セイム王は捕らえることができなかった。
だがヒトは大型でありながら動きが緩慢であり、装甲を欠き、警戒心に乏しかった。そして、洞に入り込んだヒトのオスは凍死寸前だった。襲って摂食するまでもなく、目の前で意識を失ったために難なく餌に出来たのだ。これで、新種の王の特性が獲得できる。これからはより容易に餌を得られるだろう。セイム王は安堵した。そして、初めて覚えた安堵という感情に、今度は恐怖したのだ。
「な、なんだ、これは!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます