第五話 アンデッドの誕生
アンデッド。不死という概念はしばしば曲解される。それは化け物を意味しない。無数にある生き方の一つに過ぎない。
ただし、不死を希求する王は事実としていなかった。無限の寿命と超再生能力を有する不死の王が誕生すれば、瞬く間に世界がその王のみで埋め尽くされ、不毛な相克だけが永遠に繰り返される。それは生き物としての自滅に等しい。それゆえ、王たちから無意識に忌避されていたのだ。唯一の例外がセイムの王だった。
通常、王たちは交配し、子孫を残すことで一族を維持していく。子孫を多く作り早く成熟させれば娶る相手を見つけやすくなるが、短命になり無駄死にも多くなる。寿命を伸ばせば生存率は上がるが、成熟に時間がかかり残せる子孫の数が限られる。生息密度が下がるので、娶る相手を探し当てるのも難しくなる。多くの王たちは、繁殖優先と生存優先の間のどこかに自らを位置づけてきた。
だがセイムの王は、あえて交配しない道を選択した。娶る相手を探さず、始源の王のようにただ分裂して己を残そうとしたのだ。ただし、分裂でどれほど増えても増えた分だけ食われていく。己を確実に残せるとは限らないのだ。始原の王がほとんど残っていないという事実が、如実に帰結を示していた。
食われることを防ぎ確実に己を残すには、特殊な条件を満たさなければならなかった。その条件の一つが
セイムの王は極めてちっぽけだった。他の王に見つかればすぐに食われて終わりになる。それゆえ隠れ住む生き方を選択した。ただ他の王が少ない場所は、餌も少ない。限られた採餌機会で生き延びられるよう、徹底して不活発かつ防御的になった。また、増殖をぎりぎりまで抑えた。増殖は一度に一体きりで、己に何かあった場合に残す個体を置き換えるのが目的だった。増殖速度がゼロに近ければ、通常ならばあっという間に絶滅する。セイムの王が生き延びてきたのは、増殖を放棄することと引き換えに本体の寿命を実質無期限に延ばし、再生能力を極限まで高める……いわゆる不死形質を獲得したからだ。
様々な王が無数に存在していても、アンデッドとなった王はセイムの王ただ一個体。小さなセイムの王は、ゆっくり採餌を繰り返しながら少しずつ大きくなった。
大きくなることにより捕食者に丸呑みされるリスクを減らせる反面、強大な捕食者に見つかりやすくなり、襲われて食いちぎられるリスクが増す。だが、わずかな肉片さえ残っていれば、素早く再生を果たせるのだ。セイムの王は、着実に生き延びていった。
やがて、セイムの王はそれまで潜んでいた森林や草原を離れて、洞窟に棲息するようになった。洞窟は光が乏しいことも含めて極めて特殊な環境であり、中に棲み続けることのできる王は限られていた。餌は少ないが、外敵はもっと少ない。ごく少量の餌で身体を維持することができ、不活発であまり動かないセイムの王にはおあつらえ向きの住処だった。そのまま淡々と時が流れていけば、何のドラマも起こらなかっただろう。
しかし、極端に王の数が少ない洞窟で餌を摂り身体を維持するためには、どうしても新たな特性の獲得が必要だった。洞内外の王がほとんど死滅してしまう出来事があった場合、いかなアンデッドのセイム王でも身体を維持できなくなるのだ。
餌を確実に確保するため、不活発という特性が採餌の時のみ緩和されるようになった。特性が変化する過程で、セイムの王は捕食した王から運動にかかる仕組みを複製し、己のものとして備える能力を獲得した。それにより、採餌時のみだが高い運動能力が発揮できるようになった。
一体のみ作り出せる複製体の用途も、貴重な予備個体の確保という原初的なものから少しずつ変化していった。本体がアンデッドである以上、複製を備えておく必要性が始源よりずっと下がっていたのである。本体は、いつでも作り出せる『モノ』として複製体を粗末に扱うようになった。
複製体は王と全く同一でありながら、ある一点において必ず劣位だった。体内に備えられている運動機能は、王本体においては常に能力いっぱいまで発揮できる。しかし複製体では機能が潜在しているため、十分に発揮するには訓練が必要だったのだ。
そのため、複製体は作り出された直後は動きの鈍い木偶の坊であり、本体からしばしば採餌用の囮に使われた。複製体であっても長寿命と再生能力は本体と変わらないので、どれほど複製体が傷んでも特に支障がなかったのだ。そして、本体は複製体を作り出すだけでなく吸収、併合することができた。アンデッドはアンデッドにしか殺せない。その理屈の起点はそこにあったのだ。
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