第四話 始源の記憶

「ぐ……」


 ワスルは玉座に座った直後、それが鍵であることを身を以て悟った。なんの鍵か。記憶の鍵だ。切除されているかのような記憶の欠如。決して辿れなかった過去の記憶は、失われたのではなく小さく折り畳まれた状態で固く封印されていた。玉座はその封印を解除し、全ての記憶を解き放つ鍵だったのだ。

 瞬く間にワスルの中で膨れ上がっていく膨大な記憶の激流。その量は五年、十年などというしみったれた量ではなかった。ワスルの想像をはるかに絶するとてつもない悠久の記憶。数千、数万、数億年前からの記憶が途切れることなくぴしりと一本線に繋がった。

 文字? そんなものに何の意味があるだろう。文字を持ったのは人間だけだ。それ以前のあらゆる生物は文字を持たない。再現された記憶を全て文字で書き記すことなど到底できないのだ。だからこそ洞内に文字として残されたものが何もなかったのだろう。


 全く予期していなかった記憶の激流に翻弄されてだらだら冷や汗を流していたワスルは、ふうっと大きな息を吐き、今一度玉座に座り直した。それから……思考を整理するために、再現された記憶を始源からもう一度丁寧になぞり始めた。


◇ ◇ ◇


 始まりは生物ですらなかったのかもしれない。名もないそのちっぽけな存在は、周りにある餌を何もかも取り込むことで成長し始めた。名がないと不便なので、仮にその存在を『王』と呼ぶことにしよう。


 王は特に珍しいものではなく、あらゆる場所に普遍的に存在していた。王が餌を取り込んで大きくなれるサイズには限界があり、その限界に達すると二つに割れる。それを繰り返し、加速度的に増えて行く。では、王は無制限に増えることができるのか? 否。食らえるものがなくなれば王は飢えて衰微し、やがて消滅する。増え過ぎて餌がなくなると、食らえるものが同族しかなくなって共食いを始める。王たちは、餌と王の量が均衡を崩さぬ範囲内でしか増えることができなかった。


 増殖と衰微、消滅が幾度となく繰り返されるうちに、王たちはいくつもの潮流に分かれていった。始源に忠実にあくまで何もかも食らい尽くそうとする者、食えるものと食えぬものを分け、採餌に合わせて形を変えた者、極力食わないで済むよう己を小さく不活発にする者……。他にも多種多様な在り方が王たちの間で試され、発生と消滅を繰り返し、特有の在り方を備えた王へと収束していった。

 セイムの王とて、その一つに過ぎない。だがセイムの王は、数多ある王の中でも極めて特異な在り方を獲得した王だったのだ。


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