私には
桃山台学
第1話
私には三分以内にやらなければならないことがあったはずである。それが
何かを、まずは思い出さなければならない。三分という時間が大事なのだ。
それは覚えている。でも、こうやっているうちに、どんどん時間は過ぎていく。
あせってはいけない。あせってはいけない。落ち着いて、思い出せ。そうだ。
鍵を隠さなければならないんだった。どうして三分以内なのかは置いておこう。なぜなら、考えているうちに時間が過ぎてしまうからだ。とにかく、この手元にある鍵を隠す。それを三分以内にやろうとしていたことは確かなのだ。
どこに隠そう。いや、しかし、この鍵は何の鍵なのだろう。まあ、それも放っておこう。それを考えているうちにも、三分は過ぎていくのだから。
机の引き出しは最悪だ。いかにもありそうなところにしてしまうと、隠したことにならない。玄関マットの下とか、植木鉢の下に鍵があるドラマがよく出てくるが、それは隠しているのではなくて、いや、隠しているのかもしれないが、本格的に隠したことにはなっていない。ありきたりだからだ。家族などがそこを置き場所にして鍵を忘れたときなどに便利だからだ。いや、そんなことはどうでもいい。
本に挟もう。あるいはカバーのある本のカバーと本の隙間に入れよう。しかし、どの本に。あとで、自分は思い出せなければならない。三分して例えばこの鍵を求めている人物に抹殺されたとして、それでも殺人鬼はこれをみつけられないようにしなければならない。しかし、拷問されたらどうだ。痛みに耐え変えて、しゃべってしまうかもしれないじゃないか。いや、そんなことはどうでもいい。もう、殺人鬼はそこまで戻ってきているかもしれない。
三分の最初に、計っておくんだった。いまさら後悔してもおそい。そろそろ三分かもしれない。どの本にしよう。
エドガー・アラン・ポーの手紙を隠すなら手紙の中に、というのが載っているのはどうだ。いや、すぐわかるか。殺人鬼が知的なら。
鍵、から程遠いタイトルがいいな。よし、これにしよう。『酒呑みの自己弁護』。いれて本棚に戻して、と。そろそろ三分だな。
どうして三分以内なんだろう。どうして鍵を隠さないといけないのだろう。三分たてば、誰が戻ってくるのだろう。戻ってくる? 殺人鬼が? あ、ベルが鳴った。
あなたには三分以内にやらなければならないことがあったはずである。それがなにだったか、もうすでにあなたは忘れている。でも、大切なことだ。鍵はどこにしまったのだろう。どうして三分以内だったのだろう。誰が戻ってくるのだろう?
了
私には 桃山台学 @momoyamadai-manabu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます