バームクーヘン的バッファロー事案

鯛谷木

本文

 博士には三分以内にやらなければならないことがあった。なんとしてでもこいつの解除コードを思い出さねばならない。

 事の発端は昨日まで遡る。ずっとなんかちょっとだけいい仲だと思ってたし相手からも満更ではないと思われていたはずの旧友の結婚式に出席したのだ。「ははは、おめでとう」と貼り付けた笑みでお祝いを述べることしか出来なかった彼は、失恋の痛みを誤魔化すための手段を取る。そう、アルコールに逃げたのだ。キッチンドランカーならぬラボドランカーである彼は、そのままの勢いでとある装置を生み出した。

「なんでも破壊くん生成機」

 その名の通りボタンひとつでなんでも壊してくれる存在、「なんでも破壊くん」を生み出す便利な機械である。なんでも破壊くんの誕生に三分の待ち時間は必要だが、これさえあれば粗大ゴミ回収のこまごまとした手続きもいらない。新婚夫婦に送り付けるのにピッタリな最高にクールな発明、のはずだった。

 案の定研究ハイが切れて寝落ちした博士は、起き上がると同時にそいつのスイッチを押してしまった。呑気にコロコロと生成口から落ちてきた丸くてサイケデリックな色のそれを見て、顔が一気に青ざめる。対象を定めず生み出した場合、こいつは目に付くもの全てを破壊してしまうのである。

「まずい、とてもまずいぞ…………いや、まだいける。こんな時のために生成機に遠隔操作解除コードを設定していたはずだ」

博士は震える指を生成機のテンキーにそっと置き、入力を始めた。


「ただいま入力されたコードでは解除できません」

 親や自分の個人情報、例のあいつの誕生日、好きな芸能人の名前の語呂合わせ、思いつくどれを入力しても無慈悲なアナウンスが流れるのみ。

「なぜだ、なぜ違う!?昨日の私は何を考えていた!!?!!?」


 ピピピピ……

 ついにキッチンタイマーのような音を発した奇っ怪な物体は、煙を吐きながらバッファローを次々と生み出す。いやはやびっくりなんでも破壊くんとはバッファローのことだったのか……などと驚く暇さえ与えずにそれらは破壊を始める。1匹は制御盤を踏み壊し、別の1匹がそれを金属片にまで粉砕する。液晶は割れ、監視カメラは飛び散り、増え続けてぎゅうぎゅうのバッファローに痺れを切らした天井だって吹っ飛ぶ始末。それだけでは飽き足らず、バッファロー達は蓋を失った建物からこれ幸いとまるでコップからこぼれる水のように街へとなだれ込んでいく。そう遠くないうちにすべてが更地となるのは明白だ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはもう止められない。

「おしまいだ……」

 きっちりとしたオールバックの長髪もスクエアメタルフレームのメガネも元々ヨレヨレな白衣も、全てをもみくちゃにされながら博士は意識を手放す。気絶した博士の身体は、バッファローの運動により起こった旋風で、どこかへと運ばれていったとさ。

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バームクーヘン的バッファロー事案 鯛谷木 @tain0tanin0ki

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