file9「堕落」

5月19日

朝早くに電話がかかってきた。郡さんからだ。

小野「もしもし?」

郡「悪いな。昨日は。」

小野「何が言いたいんですか」

郡「いやはや、俺も昨日危なかったんだよ。…言ったろ?“電話出来る状況じゃない”って。」

小野「は、はぁ?」

郡「今日の予告なんだが、ハッタリなんかじゃない。本当にやるみたいだ。だから、“現場で待機しといてくれ。”」

小野「な、なるほど…」

郡「期待してるよ」

小野「?」

郡「あ、そうだ。原田っていう警官、いるか?」

小野「いますけど…?」

郡「あいつに気をつけろ。組と繋がってるかもしれない。」

小野「…?」

電話が切れた。どこか言い回しが引っかかったが、あまり気にしなかった。



原田「今日行きたくないなぁ」

思わず声に出てしまった。

佐伯「仕方ないでしょ。郡組がガッツリ喧嘩売ってきてんだから」

原田「怖いですよ!予告なんて…」

佐伯「実を言うと、私も若干怖いんだ。一応、初めてだし、こんなこと。」

小野「原田さん。少し時間ありますか?」

後ろから呼ぶ声がした。小野さんだ。きっと昨日の資料のことだろう。

小野「聞きたいことがあるので、会議室までお願いします。」

原田「はい!わかりましたー。」

なんで会議室まで行くのか分からないが、言われるがまま、会議室に向かった。

小野「こちらの昨日貰った資料、この裏のコレ。なにか分かりますか?」

原田「うわ。なにこれ。私は知りませんよ。」

小野「ですよねぇ。誰がいつ書いたんでしょうか?」

原田「考えたくないけど、捜査一課の人の可能性はありますよね。」

小野「私たちに考えてる時間はありません。予告の場所に行かなければ」

原田「嘘の可能性はないんですか?」

小野「そんな事考えてたらキリがありません。」

原田「確かに…」

小野「では。もう行っても大丈夫ですよ。」

原田「わかりましたー。」

部屋を出たあと、靴紐が解けているのに気付いた。

原田「あれー?朝しっかり結んだはずなのに。……これでよし!ん?」

会議室で小野さんがどこかに電話をかけていた。何となく気になったので少し盗み聞きしてみることにした。

小野「……さん……に現場……なん……?」

原田(よく聞こえないな…)

小野「郡さん……の……ますから。」

原田(郡さん……?)

そこだけははっきり聞こえた。じれったいな。もっと近付こう。と思ったところだった。

佐伯「莉々ちゃん?なにしてんの?」

原田「うわぁ!びっくりした。」

佐伯「もうすぐ向かうから準備してね。」

原田「もうそんな時間ですか!」

どうやら大分時間が経っていたようだった。私は小野さんの行動に疑問を抱きつつも、現場に向かうための準備に取り掛かった。

原田「あれ?これは…」

偶然、小野さんの机の上に置いてあったものを見つけた。

原田「写真?」

端の方に小さく“郡組”と書かれている板があるのが分かった。

原田「…ふぅん。」



捜査一課の雰囲気を見かねた結城部長が口を開いた。

結城「お前ら緊張感全然ないな。人が死ぬかもしれないんだ。気合い入れろ。」

佐伯「だってどうせハッタリでしょ?本当にやるわけないじゃない。」

結城「そんな事ない…」

小野「郡組はそんな生ぬるい奴らじゃない!」

結城部長の言葉を遮りながらそう言った。

結城「お、おう?どうした?そんな声荒げて。」

小野「い、いえ。」

結城「やっぱお前おかしいよ。今日現場行かなくてもいいぞ?」

小野「いえ、行きます。行かせてください。」

加藤「…」

原田「ん?何か言いたげだけど、どうした?」

加藤「なんもないですよ、早く現場行きましょう」

森「失礼します。署長から連絡です。今日の爆破予告に捜査一課の全ての人を動員させて下さいとの事です。」

結城「おう、わかったぞ。」

森「加藤さんは少しお話があるので、あとから向かわせますね。」

結城「よし、それじゃあみんな向かうぞ。」


森「ふふふ。こっちよ。加藤さん。」



捜査一課全員が現場の近くのテントに到着した。重い空気が流れている。

結城「やっぱ予告ってのは怖いなぁ」

藤川「どうせ本当にできやしないですよ」

結城「油断してはならないぞ。」

藤川「は、はい。」

結城「ではみんなは周辺で不審な人物が居ないか警備に当たってくれ。」

一同 「「押忍!」」

各自の担当場所に皆散っていく。私と佐伯先輩は同じ場所を担当する。

佐伯「って言ったものの、不審な人物なんている訳ないじゃない…」

原田「そうですよね!こんなバレバレな場所に来るわけない。」

2人の予想通り、犯行時刻になっても現場は特に何も起こらなかった。

結城『みんな戻ってきていいぞ。だが、周りに気は配っておけよ。』

部長から無線で指示が送られてきた。撤退が決まったようだった。

佐伯「了解」

原田「結城部長、なんか元気なさげでしたね。何事も無かったのに。」

佐伯「ただ気が抜けただけじゃない?もしくは、無線だからそう聞こえただけかもしれないよ。」

原田「そうですかね?」

佐伯「ほら、早く戻るよ。」

テントに戻ると、さっきより重い空気が流れている。

2人「?」

原田「どうしたんですか?何も起こらなかったでしょう?」

結城「ああ。“ここでは”な。」

佐伯「まさか…!」

結城「ああ、そのまさかだ。俺らはハメられたんだ。」

原田「!」

小野「…」

結城「予告とは関係ない場所が被害にあっている。死傷者は今わかっている中でもおよそ500人。水森駅での事だった。」

原田「水森駅って、ここら辺でいちばん大きな駅じゃないですか!?」

結城「ああ、そうだ。まだ郡組の奴らかどうかは分からないが、まあ恐らく奴らで間違いないだろう。」

小野「…」

結城「…?小野、顔色悪いぞ。大丈夫か?」

小野「え、ええ、今日は早退してもいいですか?」

結城「わ、分かった。お大事にな…?」

加藤「大変なことになってきましたね」

原田「水森の危機だね。」

結城「水森駅の被害者救助に行くぞ。本当に酷いことになってるから、心の準備だけしておいてくれ。俺もこのキャリアで見たこともないくらい酷い。」



小野「くそ!繋がれよ!」

おかけになった番号は現在使われていないか、電波の届かない…

冷たい自動音声が車内に鳴り響く。

小野「ああ…やられてしまった。」

まんまとハメられた。組のやり口は知っていたはずなのに。どうして簡単に信じてしまったんだろう。



郡「はっはっは!でかい花火だ!」

横山「やりましたね。これで警察も終わりでしょう。」

郡「ここからは俺たちの時代だ。」

横山「しっかし、よくみんなだませましたね。」

郡「あいつらはアホだ。適当な所に予告をぱっと出せばアリのように群がっていく。そこに小野の力を加えれば……あとは分かるね?」

横山「流石の作戦ですね。」

郡「あとは内部から攻撃して無力化するだけだ。ここは俺に任せてくれないか?」

横山「もちろん。ボス。」

File9 終

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