第8話  和の甘み、洋の温かみ

 だんだんと高校生の生活リズムというものがわかってきたが、対応できたかというと話は別でとても眠い。そんな朝。夜ふかししたわけではないのだが、春のうららかな気候のせいだろうか。足取りも重い。




「おはようございます。響さん」




 ぼくを呼ぶ玖留実先輩の声。しかし、前後を見渡しても姿が見えない。幻聴……と悩んでいるとこちらですよと隣から声が。なんてことはない、車から声をかけてくれていたのだ。なんて豪華な登校……鳳グループと親しいご家庭ということで、玖留実先輩もお嬢様なのだろう。




「ご一緒してもらえませんか?手伝ってほしいこともありますし」


 


 身体が重いとはいえ徒歩圏内を車で送ってもらうのはとても申し訳ない。普通なら断るところだが、手伝ってほしいと言われたらそういった抵抗はあまりなかった。多少の遠慮はしながらもご厚意に甘えさせていただく。




「立派な車ですね……。毎日この車でですか?」




 今まで座ったことのないような気持ちのいい座席。足が伸ばせる広い車内。とても快適だ。なのに緊張はほぐれるどころかさらに増し、語彙力のない質問をしてしまう。玖留実先輩はしばらく考えた後に答えてくれた。




「いいえ、車で登校するのは荷物がある時だけですよ」


「あ、あぁ。そうですよねすみません」




 よくよく考えたら駅で別れているのだから電車通学だろう。言葉選びも悪ければ質問内容も悪くて穴があったら入りたい……。




「謝る必要はありませんよ。響さんにはその荷物運びをお願いしたくお声かけしました」


「は、はい。乗せていただきましたし、そのくらいは」




 車を使うほどの荷物とは一体なんだろうか。何も聞かずに引き受けてしまったがちゃんと手伝えるかなと不安な気持ちも募る。




「響さん。わたくしはあなたとお会いしたばかりですが、仲良くなりたいと考えています。もっと肩の力を抜いて良いのです」


「そ、そうですか」


「そうです。その証として拓斗さんとお呼びしても良いですか」


「えぇ、かまいませんが」


「では、拓斗さん。改めてわたくしと仲良くしていただけますか?」




 真っ直ぐとこちらの目を覗き込んでくる玖留実先輩。雅で美しい先輩の姿が目に焼き付けられる。別に変な意味はないのだろう。その眼差しは真剣そのものだ。だからこそ照れとは少し違う種類の恥ずかしさも混ざり、いつもより顔が熱くなる。




「え、えぇ。よろしくお願い申し上げます」


「もうっ。そんなに畏まらずとも良いのですよ」




 ふふっと笑いながら軽く肩をはたいてくる玖留実先輩。そういうことをする先輩だと思っていなかったので新鮮だし嬉しかった。これが、先輩が仲良くしてほしい理由なんだなと思い、気持ちが軽くなった。




「お嬢様。まもなく到着です」




 運転手さんの声に少し驚きつつ、降りる準備をする。そして、到着後、運転手さんにお礼を言ってすぐに降り、荷下ろしを手伝う。荷物とはお菓子を入れるようなケースだった。車に積まれた台車に荷物を乗せ、2人で校内に向かう。目的地はかしけんの部室だ。




「拓斗さん、助かります。わたくしでは少し重くて」


「ぼくの方こそ車で送ってもらってありがとうございます。それに、頼ってもらえたのは、その、嬉しいです」


「では、これからも少しずつお願いしてもよろしいでしょうか」


「もちろん、仲良くするからにはなんでもしますよ!」


「『なんでも』ですか。真理さんやらが聞いたら喜びそうな言葉ですね」


「あ、で、できることだけですよ!」


「ふふ、わかっていますよ。からかわせていただいただけです」




 悪戯っぽく笑う玖留実先輩。車内で熱烈に迫られる理由はよくわからなかったが、仲良くなって色んな顔が見れるのはとても嬉しい。




「そんなにニヤニヤしてどうかなさいましたか?」


「え!? いや、なんでぼくなんかに先輩が、って……」




 部室に着くと、玖留実先輩に指摘される。車内でのことを思い出していたのが顔に出てしまっていたようだ。恥ずかしい。またごにょごにょ返しをしてしまったので、玖留実先輩が頬を膨らませ、積んでいたお菓子をドンっ! と机に置く。




「拓斗さんは恩人です! かしけんに来てくれて、紗百合さんや真理さん、他のみんなに活気を取り戻してくれた恩人なのですよ。自分を卑下しないでください」




 玖留実先輩はゆっくりと芯のある声を響かせて教えてくれた。ただ入りたい部活に、女子しかいないにも関わらず押しかけて引け目を感じていた部分も多かったが、先輩方にとって、少なくとも玖留実先輩にとってはむしろ良い事だったのだ。




「そう言われると照れますね……」


「自信を持って部活に来てください、仲良しのわたくしもいますから」


「ありがとうございます!」




 そう言って玖留実先輩はぼくの背中を押してくれる。荷下ろしも終わったのでぼくはお礼を言って教室に向かった。






 教室に着いたのはチャイムが鳴るギリギリで、クラスメイトと話す間もないまま授業が始まった。


そして、昼休みとなり、お弁当を広げようとすると目の前で悲劇が起きた。




「はっ! あわわっ、きゃっ!」




 女生徒が盛大に転びお弁当が宙を舞う。女生徒は顔から、お弁当は側面から床に叩きつけられる酷い有様だった。




「だ、大丈夫?」


「うっ、は、はいぃ……なんとか、あっ」




 思わず声をかける。どうやら顔の方は大丈夫そうだが、お弁当は無事では済まなかった。盛大に中身がぶちまけられ、半分以下の量になっていた。




「はわわ、わたしのお弁当が……うう」




 悲しみに暮れる女生徒。名前は確か……なんだったっけか。




「大丈夫か、春日野。オレのおかずやるよ」




 ぼくの後ろのそう声をかけたのは男子ではなく、女子だった。一人称が特徴的だったので覚えている、紅山さんだ。




「わわ、いいんですか?」


「かわいい娘が困っていたら助ける、当たり前じゃないか」




 そう言いながらきんぴらごぼうを自分の弁当に入っていた分全部を渡す紅山さん。いや、これきんぴら押しつけてるだけじゃね? そう思わなくもない。




「ぼくからもこれ、あげるよ」


「え! そ、そんな悪いですよ」




 いいよいいよと言いながらぼくは手作りミートボールを渡す。転んだ挙句きんぴら処理を任されるのに同情したからだ。




「わたしのドジが原因なのに優しすぎますよ、ありがとうございます!」




 春日野さんは紅山さんとぼくに深々と頭を下げ、もらったおかずを落としそうになる。




「ちょっ、ちょちょ気をつけて!」


「はわ! ごめんなさいありがとうございますぅ」




 と、自席にさっさと戻っていった。なんておっちょこちょいなんだろうか。そう思いながら食べようとすると、背中をつんつんされる。振り返ると紅山さんが弁当を食べていた。




「気前がいいね、オレにもちょうだい」




 箸でぼくのミートボールを指しながらそう言った。なんと失礼なと思いつつ、渡さないのはなんか扱いを分けているみたいで嫌な気持ちだったのでしぶしぶ渡す。




「サンキュー。はい、お返し」




 紅山さんは席を立ち、ぼくの弁当の蓋に肉じゃがを分けてくれた。なんか紅山さんの弁当茶色多いなと思い、これがミートボールが欲しい理由ならあげて良かったと思い直した。




「え、これ、うま……うま」




 後ろからそんな声が聞こえて嬉しくなる。朝早く起きて作ったかいがあるものだ。ぼくも紅山さんからもらった肉じゃがを一口。




「お、おいしい」




 料理としての完成度より、おふくろの味という概念を完全に再現したこの肉じゃがは、外国で多くの時を過ごす母さんの数回しか作らなかった肉じゃがしか食べたことのないぼくに新しいお母さんができた気にさせた。とても味わい深い。 


 いつもより早く箸が進み、食べ終えてすぐ後ろを向く。紅山さんはまだ食べていた。一口が小さくてかわいい。その姿に見惚れて間が生まれる。




「な、なんだよ」




 恥ずかしがる紅山さん。一人称やこれまでの男の子みたいな振る舞い、見た目も短めに揃えた髪をかっこよくセットしているので、ギャップがとてもかわいい。




「あ、ミートボールむっちゃ美味いわ。ヤバい。どこで売ってた?」


「それ、ぼくが作った」


「ハァ!? こんなん作れるんか……すご」


「こっちも肉じゃが感動したよ、おふくろの味、美味しかった」


「それはお母ちゃ……母の手作りだぜ」




 全然話し始めなかったぼくに痺れを切らしたのかミートボールを褒めてくれた紅山さん。そんなに特別なものじゃないのだが。お世辞でも嬉しかった。肉じゃがは紅山さんのお母さんの手作りだったということで、良いお母さんなんだろうなと会ったこともないのにそう思った。


 






 あの後、紅山さんは休み全部使って食べ終えていた。ぼくは読書を楽しんだ。そして午後の授業が終わって、早速枝美里たちがぼくの机を囲む。さらには、ろう下から恋さんらが声をかけてくる。




「拓斗、行こう!」


「武田さんたち、部活行こォ」


「!?」




 流れで歩くとぼくを中心に5人の女子が並ぶ形になり、そんな光景を見た紅山さんがびっくりしていた。








 そのまま部室まで歩いて行くと、途中で部長と真理先輩に会った。




「おぉ、タク。モテモテじゃないか」


「両手両足でも足りないくらい花に囲まれてるわね」




 早速からかってくる先輩方。恥ずかしくはなるが、正直慣れてきた面もある。顔を赤らめて動揺するのは卒業だ! と思ったのも束の間だった。




「いぇーい! いいでしょー!」




 と施璃威さんが腕に抱きついてきた。急な出来事にやっぱり顔を赤らめてしまう。それは頬の熱さからも、みんなの反応からもすぐにわかった。




「わお、せーちゃんやるわね」


「思わぬところに伏兵がって顔だな」


「セ、セリ……あんタァ」


「じゃ、早く行きましょ」




 真理先輩は驚き、部長はニヤニヤ。恋さんはドン引き。そんな中での枝美里の変わらなさはすごい。ぼくにあんまり興味ないんだろうなって。足早に部室へ向かっていった。


 部室にはすでに美衣子先輩、玖留実先輩、友希江さん、睦喜さんが来ていた。玖留実先輩と友希江さんでお茶を用意し、睦喜さんが早速何かを作っている。テレビかな?




「今日はこんなもんか?新入生が増えて賑わったからそろそろ活動計画を組みたいが……」




 部長がそう言いながら部室のドアを開ける。すると、女生徒が立っていた。なんだか見覚えがあるような。




「っ! 失礼します!!」




 女生徒は慌てて駆けていったので思い出す前にいなくなってしまった。うぅむ、気になる。




「新入生かと思ったが、違ったな」


「あら、今日も新入生を紹介したいってはーちゃんが言ってなかったかしら」


「やっぱり大福にはお茶ですな……あぁ、眠気が……」




 新入生が今日も来るんだなと思った矢先、美衣子先輩が眼鏡を外して寝た。今朝運んだお菓子は大福だったようだ。




「え、めっちゃ美味しそう!」


「拓斗さんに運んでいただいたお菓子です。拓斗さんありがとうございました、どうぞお召し上がりください。皆さまも」


「わぁ、響さんありがとうございます〜」


「二条先輩ありがとォ」




 みんなからお礼を言われつつ、大福を一口。今まで食べた大福で一番美味しい。こしあんのきめ細かさとほどよい甘さが柔らかいおもちに包まれて最善のお茶菓子になっていた。




「玖留実様……さんは良い大福もご存じなのですね、美味しい」


「本当においしい……頬が緩んで落ちそうです」




 鏡華さんや友希江さんが美味しすぎて驚き、他のみんなは言葉にもできない様子だった。手伝った甲斐があるというものだ。二重の意味で美味しい気持ちになる。




「やっぱかしけん選んで正解だったわ〜」


「そうですね〜」




 百点の笑顔で和む枝美里と微風さん。お菓子に釣られているだけなのだが、本人らが幸せならそれが一番だ。春の陽気も相まって、穏やかな時間が流れていく。




「おーい、久しぶりだな」




 ノックのすぐ後に扉が開けられる。そこにいたのは長い黒髪が美しいツリ目の見知らぬ女生徒。久しぶりということは新入生ではなさそうだが……。呆気にとられるぼくを含めた一部生徒と対象的に先輩方や枝美里らのコミュニケーション強者組はこんにちは〜くらいのテンションで対応する。




「お、新入生めちゃくちゃいるじゃねぇか。あたぃは園浦。よろしくな」


「こーちゃん、ちゃんと名前も教えてくれないと……」


「別に名前なんてわからなくてもいいだろ、余計なこと言うな真理」


「『ココア』なんて良い名前じゃな〜い。心の愛で、コ・コ・ア」




 語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声で煽るのも、心愛(?)先輩の後ろにいた長い茶髪でタレ目な知らない女生徒。こちらに関しては先輩方も不思議な顔で迎えており、コミュ強組だけがかわいい名前〜と盛り上がっている。コミュ強じゃなくて能天気組かもしれない。現に心愛先輩はお怒りだ。




「時環てめぇ、いい度胸してんじゃねぇか!」


「ははは、無理やり連れてこられた仕返し……暴力反対!」


「ココ、そっちのは?」


「あぁ、しばらく顔出せなかった詫びに新入生連れてきたぜ」


「新入生って普通1年生のことだと思うんだが? はじめまして、篠生時環です。心愛に無理やり連れてこられ……わぁ殴らないで、園浦さんにお誘いいただき本日参りました!」




 時環先輩は2年生だが新入生として連れてこられたらしい。軽口を叩くたびに心愛先輩の拳が振り上げられる。どうやら名前も地雷なようだ。




「心愛先パ……園浦先輩は普段どんなことしてるんスカ?」




 恋さんが地雷を踏み抜こうとしたが、心愛先輩の鋭い眼光がそれを阻止した。恋さん命知らずすぎるだろ。心愛先輩はドカッと……ではなくスッと音もなく座り、玖留実先輩や友希江さんから大福とお茶を受け取りながら答える。




「サンキューな。あー、バイトだよバイト。これ美味いよな」


「かしけんって結構な人数の先輩がいたんですね……」




 色んな事情があって顔を出さなかったのだろう。当初5人と聞いていた先輩の数は今や倍近くになっていた。前から少しおかしいなとは思っていたが、これだけ増えると言葉に出てしまう。




「それはな、かしけんは一回……」


「ココ!ちょっと待ってくれ……」


「あン?まだ話してねぇんか?」


「まだ仮入部終わってないし……」




 部長が勢いよく静止した後、しおらしい態度になる。珍しい。それにしても、かしけんは過去に一体何があったというのか。話す気はありそうなので待つしかないとぼくは思った。それは新入生一同、同じ気持ちだったようでこの話題には枝美里も恋さんも触れなかった。能天気とか思ってごめんね。




「まぁ、アレだ。色々用事があったんだよ」


「委員会に生徒会、バイトに習い事。結構色々あるものね」




 真理先輩が心愛先輩をフォローする。確かに風紀委員の静穂先輩や生徒会の初音先輩、モデルの露世先輩など忙しそうな先輩は多い。




「失礼するよ。今日も新入生を連れてきた」




 ノックと共に初音先輩が小柄な少女を連れて部室に入る。とても緊張している小柄な女生徒のことをぼくは知っていた。昼ごろ盛大に転けた春日野さんだ。左右の三つ編みが身長と相まって可愛らしい。




「は、はわ、はじめまして!春日野瑠琉かすがのるるです! よろ、よろしくお願いしゃす!」




 緊張で震えてる上に噛んでしまうが元気よく挨拶した瑠琉さん。がんばれ! という気持ちが芽生える。




「春日野さんは歴史部のオリエンテーションで悪魔召喚を試し、部員全員を気絶させたため、居心地が悪く別の部活を探していたので招待してみた」


 え、何をしたらそんな大惨事が? 瑠琉さんのかわいいだけじゃない恐怖の一面に少し引く。無論ぼくだけではなく、部全体で血の気が引いた雰囲気になっているのだが、当の本人は緊張で気づいていない。断言できたのは次の台詞が続いたからだ。




「と、とにかく部活には入りたいと思っていたので、誘っていたたただだけて光栄です!」




 再び噛みながら笑顔の瑠琉さん。いい笑顔だが、この笑顔の裏で気絶事件起こしてるんだよな……。




「ま、まぁ、仮入部だから今日一日ゆっくりして決めてくれ」


「は、はい! わかりまし—あちっ! あっ、あっ、あっ、あー!」




 あの部長が若干引いて対応したのも束の間、玖留実先輩から手渡された湯呑みを熱さで手放し、さらに落とさないよう手元でくるくる回した。しかも最終的に割れなかったが落とした。ある意味器用なその行動に、恋さんだけが手を叩いて爆笑した。


 


 それから各自で自己紹介を行い、自由に歓談する雰囲気になった。そうなると真っ先に心愛先輩がぼくのところにきた。




「おぅ! お前が拓斗だな?」


「え、あ、はい」


「聞いたぜ、お前のおかげでまたかしけんが賑わってんだ。あんがとよ」


「そうですか」


 


 ぼくは照れ臭くなり俯きながら答えた。ただお菓子を作りたいという一心で部活に来ただけなのにここまで感謝されるとは思わなかった。




「紗百合は先輩に煙たがられてな、変な絡み方されてたんだ。そんな紗百合の居場所がここだった。だから、また賑わってあたぃも嬉しいんだよ」


「そんな事情があったんですね……」


「かしけんにあった色々は紗百合が話すだろうからあたぃからは言えねぇ。ただ、あたぃも関係者だし、今は礼だけ言わせてくれ」


「わ、わかりました。ここっ、園浦先輩も優しいんですね」




 ついつい印象的だった名前の方で呼ぼうとしてしまったがためにギロリと恐ろしい目つきで睨まれたが、心愛先輩の心の優しさは伝わっていた。




「こんな暴れん坊が優しいって1年くんは変わってるねえ」


「おめぇみたいなひねくれモンにはわからねぇだけだろ、時環」 


「私はいつも自分に正直だが?」


「そういえば篠生先輩は元々かしけんじゃなかったんでしたっけ」




 ふらっと絡んできた時環先輩の顔を見て、そういえば今までの先輩と違って今日が初かしけんということが気になった。連れてこられたと聞いたが、これまで何をしていたのだろう。




「そうなのよ、せっかく悠々自適に暮らしてたのに」


「暇だ暇だうるさかったのはおめぇだろうが」


「まぁそれはそう」


「じゃあお菓子作りとかって……」


「食べる専門です」


「まぁそうですよね」




 もしかしたらお菓子に興味が? とも少し期待したが、まぁそっちに興味があるなら調理部に入っていただろうし。賑やかなのは嬉しいが、お菓子作りはすることができるか心配になってきた。うまくそっちの方向に流れるようこれから頑張ってみようと決心を固めた。




「タクト! ちょっと手伝ってくれ」




 急に睦喜さんに呼ばれる。また荷物運びかと思いきやそうではなく、意外なことに相談だった。




「実は、お菓子作りに使える物が作りたいんだが、何がいいかな?」


「え、えーと。何がいいって……」


「部長に聞いたら菓子ならタクトに聞けって言われて」


「たーくん、それはね−−」




 どうやら睦喜さんは何かを作りたいという気持ちはあるが何を作りたいというのはなさそうだった。だからかしけんで役立ちそうな物をと部長に聞いたのだろう。そしたら部長はぼくに丸投げしたと。そんな感じだった。そう真理先輩が教えてくれた。




「理科部での失敗を気にしてるみたいで、みんなが喜ぶ物も作りたいんだって。でも、さーちゃんもわたしもお菓子作りの、しかも道具についてなんて詳しくないし……何かちょうど良い物知らないかしら?」


「それなら、型ですかね。クッキーとかに使う。オリジナルの型は面白そうですし」




 ちょうど良いものとはオーブンなどの規模ではなく手軽な物のことを聞きたいのだとすぐにわかった。爆発はぼくも怖い。少し考えて思い浮かんだのは型だった。ぼくはせいぜい星型くらいで凝った型を使ったことはないが、型なしで形を整える面倒を考えると、オリジナルの型があればいいかなと思ったのだ。他にも必要な物はありそうだが、ひとまず思い浮かんだのはそれくらいだった。




「型……か。わかった! 作る!」




 そういって睦喜さんは自分のカバンの方に駆けて行った。




「ありがとうね、たーくん」


「お役に立てたならよかったです」


「むーちゃんは悪い子じゃないのだけど、一直線なあの感じだから。何かあったら助けてあげてね」




 もちろん、わたしも気をつけるけどね。と真理先輩は少し悲しげな表情で言った。その言葉にどんな深い意味がこもっているのか、ぼくにはわからない。でも、睦喜さんを心配していることはわかる。だから−−。




「はい!」




 力強く答えた。真理先輩の期待に応えるため、不安を払拭するため、睦喜さんのため。色んな想いを込めた。そんな返事に真理先輩は少し驚いた顔を見せた後、満足気に微笑んだ。








 それから、春日野さんと改めて話をしたいと思ったが、枝美里たちに囲まれて、中々輪に入れなかった。そんなぼくを見かねてか、話しかけてくれた先輩がいた。




「やぁ。確か、響くんだったかな。話は聞いてるよ。キミのおかげでまたかしけんが賑わった。本当にありがとう」




 スッと話しかけてくれたのは初音先輩。生徒会の先輩からもお礼を言われ、益々かしけんの過去が気になってしまうが、今ここに笑顔があるならそれでいいとも思う。だから、そのまま気持ちを伝えた。




「ぼくは何もしてないですよ。こちらこそ楽しい部活をありがとうございます」 


「楽しいと言ってもらえて嬉しいよ」


 


 ずっと爽やかな笑顔で接してくれる初音先輩。生徒会役員だけあって、気配りが良くできる。睦喜さんや瑠琉さんのようにトラブルが起きてしまった生徒もしっかりサポートするなど、初音先輩が生徒会役員という良いタイミングで入学できてよかったと思う。




「女子ばかりで今は大変かもしれないが、慣れてくれば居心地も良くなるよ。私もそうだった」


「先輩が? 少し意外です」




 これだけ優しく接してくれるのだから、壁のない人だと思っていた。ただ、その優しさゆえに苦しむこともあるのだろうと初音先輩の苦労を想像し、悲しい気持ちになる。




「なに、そこまで深刻なことじゃない。単にペースを合わせるのが苦手なだけさ」


「そうなんですか?」


「あぁ、一緒に何かするのは好きだが、縛られるのは性に合わなくてね。君から見たかしけんの先輩たちは割と自由だろう?」


「た、たしかに」


「個々を大事にしながら協力する雰囲気はきっと君たちの代にも受け継がれるさ。あの部長がいるからね」


「すごい説得力です」




 ぼくは笑いながら答えた。すごい勢いで行動しつつも、ぼくのこと、みんなのことを考えてくれている部長。それに先輩方。同学年のみんなも、決して悪い人じゃない。今はまだ遠慮の気持ちを全部無くすことはできないけど、近いうちにしっかり馴染める気がしてきた。




「ありがとうございます。心配してくれて」


「先輩として、これくらいは当然。むしろもっと頼ってくれても構わないよ」




 ウィンクしながら答えてくれる初音先輩。頼り甲斐のある台詞との合わせ技でドキッとしてしまう。これに慣れる自信はない。






 やがて窓の外が暗くなってきたのでいつものように真理先輩が声をかけ、帰り支度が始まった。




「エミリが話せるのは知ってたケド、キョーカもあやや詳しいの意外だったワ!」


「恋さんの推しへの愛、感服いたしました」


「家帰ったらフレンド申請するね!」




 何やら枝美里と鏡華さん、恋さんの仲がさらに深まったようだ。鏡華さんがあの2人の会話についていけるのはぼくも意外に思った。案外フランクなお嬢様なのかもしれない。




「あの、響さん。春日野さんからお話聞きました」




 3人の会話が興味深くて耳を傾けていると、真面目なトーンで微風さんが話しかけてきた。瑠琉さんから何の話を聞いたのか、そんなに真剣な顔でどんな話をされるのか全くピンとこなくて怖い。ぼく、何かやっちゃいました? で乗り切れるかな……。




「なんでもお弁当のミートボールが絶品だとか……何を使っているのか教えてもらえないでしょうか……!」


「え、普通に作ってるだけなんだけどなぁ……いいですよ」


「ありがとうございます! ……って、もしや手作り?」




 驚く微風さん。高校生男子がお弁当を作るのって珍しいようなそうでもないようなだと思うが、驚かれたポイントはそこでなかった。




「そ、それではお店で買えない……と。春日野さんがあんなに美味しそうに語るミートボール、益々お味が気になります」




 どんな語り方をしたのだろうか。ただネットのレシピを見て少し調味料の入れ方を変えただけなのに。ぼくは駅に向かって歩きながらレシピを調べて微風さんに紹介した。




「こういうのとかでレシピ見てます」


「なるほど、このサイトを参考に……ふむふむ。たしかに美味しそう」




 食い入るように見つめるが、いかんせん歩きながらなので大変そうだ。微風さんも煩わしく思ったのだろう、スッとスマホをぼくに返してサッと自分のスマホを出した。




「あ、あの。連絡先を教えてもらっても良いですか?」


「は、はい。サイトのURLとか送りますね」


「ありがとうございます……!」




 こうして、微風さんと連絡先を交換し、みんなと別れて帰ってきた家でURLを早速送った。これがきっかけであんなことになるなんて、この時はまだ思っても見なかった。ただただ明日も新入生来るのかなとか宿題やったっけなとかそんなことを考えながら眠りについた。

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お菓子な日常 雪野スズネ @yukinosuzune

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