第7話 賑わいの隠し味

「昨日は賑やかだったなぁ」




 気持ち良く晴れた朝。通学路を一人歩きながらつぶやく。声に出したくなるほど、昨日の新入生、恋さんと施璃威さんは自由奔放だった。新入生が増えるかなという心配は杞憂だったが、楽しい活動ができるかなという点に若干の不安が……。まぁあの二人は悪い人ではなさそうだけど。




「拓斗〜待って!」


 


 自由奔放さではあの二人に負けてない枝美里が追いかけてくる。




「おはよう、朝からどうした?」


「おはよう、いやさ、前の方に姿が見えたから」


「そっか」


「うん。でさ、今日の部活行けないから伝えといて」


「あぁ、わかった」




 走ってきたからだろう、少し息苦しそうに話を進める枝美里。落ち着いてからでもいいのに。




「部活と言えばさ、『海神あやや』観た?」


「ああ、少しだけね」




 ランナーズハイなのか若干興奮気味に話を続ける枝美里。運動嫌いは少し運動するとこうなるのかと思いつつ、昨日観た『海神あやや』の記憶を呼び起こす。確かBISをやっていたような。エイム?とかいうカメラの動かし方がとても上手いとコメントで言われていた。ぼくがプレイしたのと同じゲームとは思えないくらいぐるんぐるん動いていたのを思い出す。




「すごくゲームが上手いんだなって」


「1試合でどんだけテクニック使うんだよってくらい技のオンパレードだったでしょ! あんな風にプレイできたら気持ちいいんだろうなぁ……今度またやろうね」


「あぁ、ぼくも少し上手くなりたくなったからよろしく」




 枝美里はイイね! と親指をた立てて満面の笑み。ぼくも露世先輩、綾先輩に誘われたのを思い出して口角が上がる。それが自覚できるくらい浮かれてしまう。




「ふたりでなんの話してんノ〜?」




 そう話しかけられながら左後ろから肩に腕を回される。不意の出来事で身体が引っ張られ体勢を崩す。それは枝美里も同じだった。まぁ身長差的に枝美里の方が被害は少ないが。そんなぼくら二人を抱え込む声の主は恋さんだ。




「仲良さそうにしてんジャ〜ン」


「ちょっ、桐ヶ谷さん? 苦し、苦しい」




 シャンプーの良い香りが鼻腔をくすぐる––なんて思いより遥かに苦しみが勝つ。普段あんなに元気な枝美里も一言も発しない。




「あぁ、ゴメンゴメン」




 恋さんはサッと解放してくれる。無理やり割り込んでからの不意打ちじゃうまく受けることもできない。




「いやぁ、部活の仲間が見えたからつい中学のノリで……。で、なンの話してたン?」


「『海神あやや』の話してたよー」


「それマ? 昨日もあややのエイム冴えてて最高だったよね、もしかしてさ海民?」


「う〜ん。そこまでじゃないけどたまに観てるかな」


「そっかぁ、でも海民の素質ありだから部活で布教するワ」




 二人の会話は半分くらい何言ってんのかわからない。趣味の世界は奥深い。




「海民ってなぁに?」




 救世主だ! と思った。施璃威さんだった。今日も髪型がバッチリかわいい。




「ファンネーム、あややのファンの名前のコト」


「へぇ〜ファンに名前があるんだ」




 施璃威さんのおかげでわからなかった単語がわかる。なるほどなぁ。ありがとうと思いながら施璃威さんを見ていると目が合う。すると、ウィンクをされた。急なウィンクにドキッとして目を逸らす。




「響くんだっけ? かわいい〜」


「え、拓斗が?」


「そんなかわいい感じには見えないケド」


「いや、その……」




 一気に視線が集まりしどろもどろになるぼくを見てケラケラ笑う施璃威さん。やっぱり今後のかしけんがどうなるか不安だ……。








 2人と別れて教室に入ると、今日は特にかしけんの話を聞かない。宿題や本入部の話が多い。そんな中で、調理部の話が聞こえてきた。早速調理室で作り始めているらしい。羨ましい。ただ、作る内容が食事であるので羨ましいのは調理室なのだが。




「おっす、響」


「おはよう田口。今日は遅いじゃん」


「自主朝練し終えて登校してっからな。本入部が待ち遠しいぜ」


「準備万端だな。サッカー部ってまだ新しく仮入部生来るの?」




 田口は練習終わりでもさわやかだ。そんな田口にサッカー部の実情を聞いたのは、仮入部がどれくらいまで意味があるのか知りたかったからだ。サッカー部はメジャーオブメジャーなのでかしけんの参考にはならないかもしれないが。




「昨日は1人来たな。毎回のようにいるやつか前にも来たやつのが多いけど」


「そっか。もう新入生ってあんまり来ないかな……」


「かしけんなら逆にこれからじゃね?」


「そうだといいけど」




 かしけんについて考えていることを見抜かれたが、あまり驚きはない。慣れた。多分、田口もかしけん話に慣れているのだと思う。




「珠洲巴さんかしけんに来てない?」


「えっ」




 突然話しかけてきたのはクボケンこと久保健だった。




「そういえば最近見てないかも」


「やっぱり? 放課後1人でいるとこ何回かみたんだよね、バンドワンチャンあるかな」


「さぁ……かしけん副部長だけど、どうなんだろう」




 策があると言ってから顔を出さなくなった珠洲巴先輩。あの意気込みで辞めちゃうというのは考えづらい。だが、かしけんに来てないのも事実だ。




「まぁまた楽器やるならそのうち会えるか。教えてくれてサンキュー」




 ぼくはあぁ、と軽く返事をして手を振る。まだ1回しか会ったことないが、良くも悪くも勢いのある今、退部者が出るのはかしけんにとって良くない。いや……ぼく自身がなんか嫌だ。わがままなんだけど、嫌な気持ちになる。










 嫌な気持ちを引きずって授業を受け続ける。なんかずっと暗い気持ちで授業を受けている気がする。幸い、難しさはあれど楽しい授業なので学校が嫌にはなってないが。


 本日最後の授業でまぁまぁの宿題が出て朝の嫌な気持ちにもう一個乗っかって気分が沈む中、ぼくを呼ぶ声がする。




「響さん、一緒にかしけんに行きませんか〜?」




 聞く人全てを癒すような優しい声で話かけてくれたのは微風さんだ。今日は枝美里が来ないのにかしけんに行くということは本当に入部を考えてくれているのだろう。それを改めて実感でき感動する。仲間が増えるのは嬉しい。




「うん! 行こう」




 元気に返事をして部室に向かって行く。微風さんと2人きりは初めてなので緊張する。何か話題を提供せねば。なお、鏡華さんは? という話題は今日は来ないみたいですの一言で終了している。




「東海林さんって、苗字もだけど名前も珍しいよね」




 ちょっと気になっていたことを聞く。名前の話題は良くないかもと思うぼくもいたが、好奇心が勝った。他の話題を思いつけなかったのもある。




「そうですね〜。両親が激しくなく、微かでも穏やかに生きてほしいと付けてくれたそうで〜」


「すごく似合ってると思います、いい意味で」


「まぁ、ありがとう」




 ふんわりとした雰囲気を纏うどころか包み込んでくるような微風さんに穏やかという言葉はぴったりだ。途中、黒魔術のような怪しい言葉が漏れ聞こえる部室の前を通ってもあまり気にならないくらいに。ってえ? なにそれこわ……。




「響さんはお菓子をよく作るのですか?」


「は、はい。上手になるよう隙を見て。最近は食べてくれる人もいないので作っていませんが」




 微風さんは聞こえなかったのか、黒魔術には触れず話を振ってくれた。最近は一人暮らしになってしまって枝美里と武田家くらいしか食べてもらう相手もいないし慣れない家事で忙しいしで中学を卒業してから作ってなかった。




「……。た、食べる相手ならこ、ここにいますのでぜひ! ぜひ、作って……」




 一呼吸置いて出した大きな声の前半に対して、後半は聞き取れないくらいゴニョゴニョしていた。何事かと微風さんの顔を見ると、真っ赤にして俯いている。何もしてないのに申し訳ない気持ちになった。しかし、そんなにぼくのお菓子を食べたいと思ってくれるなんて。とても嬉しい。それにしても、なんだか味噌汁作ってくださいみたいな––。




「あっ」




 思わず声に出てしまう。そうか、なんで顔を赤くしていたのか。めっちゃプロポーズみたいだったからだ。その証拠にぼくは声が漏れ出て以降、顔を上げて歩けない。頬が熱くなっているのも自覚できる。気まずい空気のまま歩いていると、ちょうど部室の鍵を開けて中に入ろうとする部長たちがいた。




「……何があったんだ?」




 訝しげに見てくる部長の至極当然な質問。だが、ぼくも、微風さんも答えることはできなかった。








 あれから部長はまぁいいか、と答えないぼくたちに早々と見切りをつけて部室に入った。すると直ぐに真理先輩がお菓子やお茶の用意をしようとした。




「「手伝います!」」




と、声をかけた。微風さんと同時に。再び顔を赤らめながらゆっくり立ち歩くぼくたちを、真理先輩は微笑みながら見つめてくる。その微笑みには少し意地の悪さが含まれているような気もした。




「2人はいつの間に仲良くなったのかしら?」




 これまでの行動から出てくる質問としては間違ってないのだが、真理先輩はより一層ニコニコしながら––もはやニヤニヤとも言えるくらい口角を上げながら聞いてきたのでなんとなくでも何かあったことに気づいていそうだ。やっぱりあの笑顔に意地の悪さは含まれていたんだ!




「いや、その……なんでもないです」




 はっきりとした答えが出せないぼくと気持ちを切り替えるのに必死な微風さんの姿を真理先輩は笑顔で堪能していた。










 今日のお菓子も市販のお菓子。部長、真理先輩、微風さんの他にはアリーシャ先輩、静穂先輩、玖留実先輩、綾先輩が来ている。新入生も友希江さん、恋さん、施璃威さんが来ていて、かなり賑やかだ。




「二条先輩、どうやって手入れをすればそんなに綺麗な髪になるんです?」


「ふふ。いつも時間をかけて手入れをしていますので、褒められると嬉しいですね」




 施璃威さんは玖留実先輩から丁寧に説明を受けている。また、恋さんはアリーシャ先輩の作る城に夢中だ。




「うはぁ、めっっっちゃ細か……。え、こんナん作るってヤバ」


「……テレマスネ」




 2人とも積極的なタイプで、今朝の心配とは無縁の良い雰囲気だった。




「友希江ちゃんってゲームすんの?」


「あまりしませんが、妹がやっているのでやらせてもらったことはあります」


「そなんだ、友希江ちゃん真面目な感じだから全然やってないんかと。て妹おったん?」


「はい、6人ほど」


「え、6!? めっちゃいるじゃん!」




 友希江さんは綾先輩と話していた。菓子を食べて全体の会話に耳を傾けていたぼくも6人と聞いた時はとてもびっくりした。たぶん顔に出るくらい。




「東海林さんは一緒にいるとなんだか安心するな。醸し出す雰囲気がとても優しい。とても慈愛に満ちた環境で育ったのだろう。心が洗われるようだ」


「それはよかったです〜」


「ただ、優しいだけでなく、何か懐かしい感じもする。争いとは無縁のように見えるが、その一方で修羅場を潜ってきたような……」


「実はわたし、柔道を習っていて〜」


「あぁ、なるほど! 道場のそれか! 合点が入った、確かに剣道していた頃を思い出す。懐かしいな。そこまで昔の話でもないんだが。ということは、東海林さんは優しいだけでなく強い精神も持ち合わせているのだな。芯のある強い優しさだ」


「そんなにすごくないですよ〜。鳴海先輩は剣道をしていたんですね」


「あぁ、そうだ……」




 枝美里も鏡華さんも来なかったが、微風さんが先輩と話せていて安心した。あの調子ならすぐ馴染めるだろう。置いていかれぬよう気をつけねば。






「タク、エミはどうした?」


「枝美……武田さんは今日は来れないそうです。鳳さんも」


「そうか、今日は居て欲しかったんだがな」


「何か用があったんですか?」


「うーむ、じきにわかるさ」




 なんとも言えない回答にモヤっとした瞬間、ノックの後に勢いよく部室の扉が開けられる。




「みんな、注目! 新入生を連れてきたわ!」




 部室に響く元気な声で入ってきたのは珠洲巴先輩だ。後ろには何人か控えている。全員が注目すると改めて珠洲巴先輩が口を開く。




「実は、新入生を確保するためにスカウトしてました! 協力者はこの方です」




 珠洲巴先輩に振られた女生徒はスラっとした手足、高めのポニーテール、端正な顔立ちで、はにかんでいる姿がかわいいよりもかっこいい感じだった。珠洲巴先輩と同じようにスポーツをやっていそうな活動的な感じだ。




「はじめましての人もいるね。磨屋初音まやはつねだ。今回は生徒会として協力したけど、かしけん所属でもある。よろしく」




 自己紹介中も自然な形でポーズを決める初音先輩。イケメンという言葉が浮かび上がってくるかのようだった。




「生徒会副会長の初音にスカウトの話をしたら、生徒会も帰宅部ゼロを目指していたから実態調査に協力する代わりとして紹介してもらったんだ」






 珠洲巴先輩が顔を出さなかったのはそれが理由か、すごい行動力だ。ささ、2人も自己紹介をと珠洲巴先輩は連れてきた新入生2人に自己紹介を促す。先手を取ったのは、小さく可愛らしい、サイドテールの女生徒だ。




「ボクは此花睦喜このはなむつき! 実験がすっごく好きなんだ! よろしくね!」




 胸を張って元気にあいさつをする。中学生……いや、小学生と言われても信じてしまうほどに小さな彼女がエッヘンとばかりに得意げな姿は授業参観で我が子を見守る親の気持ちを先行体験しているかのようだ。温かい気持ちで心が満たされる。




「彼女は理科研に仮入部していたが、指示に従わず道具を持ち込み薬品を持ち出そうとする爆発するなどの問題行動により入部禁止を言い渡されたんだ」




 初音先輩が淡々と話したその内容は聞き流せなかった。問題児じゃん! 先ほどの体験は授業参観の時だけ頑張る我が子を見守る複雑な気持ちに上書きされる。そんな体験したくないのに。というか、爆発ってなに?




「なんでも実験の他には菓子が好きらしくてな。ならいいかと呼んだんだ」


「糖分は大事だからな!」




 部長も淡々と話す。菓子が好きだけで通してしまうのは、正直自分も似たような感じでここにいるので文句が言えない。それに、かしけんなら派手な実験はできないだろうし安心––。




「おっ、なんか面白そうな物があるじゃないか!」


「はい、自己紹介が終わってからにしましょうね」




 目を輝かせて奥の物置きスペースに向かおうとする睦喜さん。それを真理先輩が優しい口調で、肩に手を置きやや強引に戻す。安心できるかわからなくなっちゃった。




「ウチの番でイイですか?」




 関西を彷彿とさせる特徴的なイントネーションで話し出したもう1人の女生徒。毛だるげでダランと立ち、長い髪で顔を覆うが目元はしっかりと出している。一部髪の毛が白くなっており、恋さん施璃威さんの時のような驚きがある。




「氷室伊利須ひむろいりすいいます、よろしく。ウチは帰宅部入ろ思っとったけど捕まってしもうたんだで来ました」


「逃げようとしたんで捕まえました!」




 ドヤ顔の珠洲巴先輩。サッカー部からスカウトされるレベルの運動神経から逃れるのは至難の業だろう。素直にかわいそう。




「べ、別に脅迫とかはしてないよ!?」




 


 かわいそうだと思ったのはぼくだけでなかったようで、みんなの顔がそれを物語っていたのだろう。珠洲巴先輩は慌てて弁明した。




「生徒会が話を聞いた結果ここにいるから安心してほしい」




 初音先輩が出した助け舟は脅迫を否定する物ではなく、微妙に助けきれてなかった。変な空気になってしまったが、それを壊したのは今日来たばかりの睦喜さんだった。




「もういいか?」


「そうね、自己紹介はこれくらいにして後は各々で親睦を深めましょう」




 




 真理先輩の仕切りで自由行動となった。ぼくは2人に自己紹介しようと思い、まずは睦喜さんに話しかけることにした。


 睦喜さんは早速物置を物色している。後ろでは静穂先輩が見守っている。




「ふむ、すごいお宝の山だ……これなら楽しく遊べそう!」


「園浦さんがガラクタを引き受けた時は何の役に立つのやらと思ったが、存外使い道があるな。今度会った時には謝ろう。しかし果たして話を聞いてくれるだろうか。いつも途中で逃げられてしまう……ふーむ。響くん、何かいい策はないかな?」




 独り言だと思っていたのに急に振られてびっくりする。園浦さんとはおそらく先輩なのだろうが、仲があまり良くないのかな、話の途中で逃げちゃうなんて。でも、話を最後まで聞けば相手もわかってくれるはずだ。




「きちんと心を込めて話せばわかってくれますよ、鳴海先輩が良い先輩なのがぼくにちゃんと伝わってるんですから」


「うん、ありがとう。なんだか、少し……照れるな」




 静穂先輩はお礼を言いながら目を逸らす。これが自信になってくれたらいいのだ。なんか恥ずかしいことを言っちゃった気もするが別にいいのだ。




「なぁ、そこの男。手伝ってくれないか?」




 睦喜さんに声をかけられ近づいてみると下の方にあるダンボールが取りたいようだった。これをジェンガみたいに抜くのは無理だろと思っていると、頑張って上の荷物をどかそうとしている。実験が好きなだけあって頭が良いみたい。いや、普通そうするよね、うん……。




「名前はなんて言うんだ?」


「ぼくは響拓斗です、1年です」


「そっか。タクト、ありがとう。これで色々できる!」




 静穂さんが心配そうにあたふたする中、睦喜さんと息を合わせての作業中にいきなり名前呼びでドキッとしてしまう乙女な自分。枝美里からも呼ばれているがそれとはまた違う。まぁ、睦喜さんは深い意味を持たせてないと思うけど。


 睦喜さんにはひとまず自己紹介できたので、次は伊利須さんのところに向かう。すると、施璃威さんとアリーシャ先輩と3人で盛り上がっていた。




「ほんと苦労するよね」


「めっちゃわかるわほんまつらい」


「日の本では外来語でござるからな……拙者はひとたび合間見えれば先方もはたと気づかれ申すが御二方はそうもいくまい」


「なんで名前だけでなく漢字まで欲張ったのかね……セリは嫌いじゃないけど」


「ウチはずっと引っ越しばっかで小坊ン時つらかったわ。せやけど、今はウチもそんな毛嫌いはしとらんね」


「なんのお話をしているんですか?」


「えっとね、名前の話」


「響殿は確か、TACTでござったな」


「なんやアンタもキラキラ仲間やったんか」




 なるほど、確かに『施璃威』に『伊利須』と日本人らしからぬ名前に漢字を当てはめた共通点がある。




「拓斗はいーじゃん、無理やり感薄いし」


「でも変ないじられ方しそうやわ、合唱祭で指揮者させられそ」


「あ、それ当たりです」


「拓斗かわいそお」




 吹奏楽部だったので名前だけで選ばれたわけではないが、ここは乗っておこう。




「ぼく、響拓斗っていいます。1年です。よろしく」


「タクトね、覚えてもうたわ。こちらこそよろしゅう」


「ねぇ、伊利須って関西出身なの?」


「せやね、まぁ関西っちゅうても転々転々してたからこの口調は関西弁と違うてるんやけどね」


「関西弁ってそんなに種類あるの?」


「関西弁は深いでぇ〜。例えば……」




 そこから伊利須さんの話が止まらない。これは実際流れてるかどうかはともかく関西の血のなす技であろう。自己紹介は無気力な感じだったのに打って変わってすごい熱量だ。








気が付けば陽が落ちる頃だった。




「それじゃ、そろそろ帰りましょっか」 




 またも真理先輩の仕切りで帰り支度が始まる。一向に支度をしない睦喜さんも真理先輩と静穂さんの圧でなんとか気持ちが切り替えられ、片づけが始まる。




「賑やかなのは嬉しいけど、この先大変そうね」


「あぁ、でも楽しければいいだろ」




 部長と真理先輩はやれやれといった感じだが、嬉しさが表情からこぼれてまんざらでもなさそう。ぼくもこれからのことを不安に思っていたが、困難も楽しんでしまえば関係ないという気持ちが芽生えつつあった。最も、心配性なところや不安に思う心がなくなるわけでもないが。ただ、帰り道でも賑やかなみんなの声に囲まれて歩いていると、どうにかできそうな気がしてくる。




「お、なんだか気合の入った顔になったねえ、響くん」


「!?」




 珠洲巴先輩が不意に至近距離で顔を覗き込んできてびっくりした。こちらを見つめる瞳が放つ純真さが綺麗だ、と思い、足が止まってしまう。




「いたっ! おい、タク! 急に止まるな」


「す、すみません」




 後ろを歩いていた部長は、ぼくが突然立ち止まることなど予想できるわけもなくぶつかってしまう。そんな様子を何事かとみんなが注目する。みんなの視線がこちらに向かっていることで、改めて大勢の女子の中にいることを認識する。良い縁に恵まれているという気持ちと、やっぱりこれから先やっていけるか不安だ……という気持ちが入り混じる。




「なにか悩み事があるならいつでも相談しろ」




 急に立ち止まった後に黙って歩き出すぼくを心配してくれたのだろう。部長はぼくの肩を軽く叩きながら優しい言葉をかけてくれた。部長の優しさがあるから、不安があってもかしけんに通えるんだと嬉しくなる。




「ありがとうございます、部長」


「お、おう」


「紗百合先輩の優しいところ、昔と変わりませんね」


「ま、まあな。一応部長だからな!」




 ぼくが満面の笑みで感謝の言葉を伝えると、部長はそこまで感謝されると思っていなかったのかたじろいでしまった。そんなぼくたちのやり取りを隣で見ていた友希江さんが微笑んでいる。






 頼りになる優しい部長。出会って数日だが、とてもいい人だと思う。かしけんはぼくの中で大切な居場所になりかけていた。また明日かしけんに行くのを楽しみにしながら眠りにつく。かしけんの設立にどんな悲劇があったかも知らずに––。


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