第6話 刺激的な出会い
土日があっという間に過ぎ、月曜日になった。まだまだ不規則な時間割ではあるものの、授業の割合が増えてきて不安でいっぱいだ。だが、放課後のかしけんは楽しみに分類できるくらいぼくの中で育っている。さぁ、がんばるぞ!
意気込んで家を出たが、あの時の楽しみな気持ちに影を落とす出来事が早速起きてしまった。生徒たちの世間話の中にちらほらかしけんの話が混ざっていたのである。
体罰当たり前の部活などという事実無根の噂はともかく、お菓子食べるだけなのに部費もらっててズルいという話は否定しきれない。食べるだけではないことを先日教えてもらったが、側から見ればズルいと言われる気持ちはわかる。さらに、この噂が流れていると新入生が増えないかもという不安が生まれる。せっかく先輩が頑張ってくれているから新入生を増やす形でお手伝いがしたかったのに……。
「月曜の朝から暗いわね〜。シャキッとしなさいよ」
バンッ! と背中を叩いてきた枝美里。元は枝美里が活動内容を適当に言いふらしたから今回の件につながってるわけで、誰のせいで……とも思ってしまったが、悪気がないどころか助けられた部分もあるので枝美里のせいではないな……と頭の中でモヤモヤが加速する。
「何か忘れ物をしてしまったのですか?」
複雑な顔で枝美里を見つめて黙っていたぼくの態度をそう解釈したのは鏡華さんだ。
「いや、大丈夫……なはずです」
「では他に悩み事が?」
真剣な面持ちの鏡華さんと、それに釣られてか心配そうな枝美里。そこまで深刻な悩みでないのにふたりの気持ちまで暗くする必要はないだろう。軽く言って流してもらおう。
「大したことじゃないんです。まだかしけんに新入生って増えるかなって」
「この前は1、2……5。5人でしたね」
「まぁ心配になる気持ちはわかるけど、私たちがいるんだから安心しなよ」
「それって鏡華さんもかしけんに……?」
金曜日の反応では枝美里はともかく、鏡華さん微風さんは入るかどうか微妙な感じだった。枝美里もハッとした顔になる。ちゃんと確認もせずに『私たち』って言ったんかい。
「部長の人柄に魅かれるものがありましたから。前向きに検討しています」
「わたしもかしけんいいなって思いました〜」
鏡華さんだけでなく、いつの間にか会話に混ざっていた微風さんも賛同してくれた。なんだか嬉しい気持ちになる。
「仮入部は今週中だし、まだまだチャンスはあるっしょ!」
「確かに、そうだな。ありがとう」
ぼくが落胆してても仕方がない。3人はそれを教えてくれた。新入生がこれ以上こなくても関係ない。入ってくれたメンバーで楽しめばいいのだ。
「なんか友だち増えてんじゃん響。俺もかしけん入ろっかな」
「た、田口!?」
「冗談だよ、冗談。そんな驚くなよそんなに嫌か?」
「いや、あのサッカーバカが!? って」
「バカは余計じゃ」
自席に戻った枝美里たちと入れ替わりで田口が話かけてきた。別に田口が入るのが嫌なわけではない。いや、まぁ嫌な気持ちも少しはありました。
「なんか良い噂と悪い噂が混ざって変な感じにかしけんなってるから気をつけろよ」
「どういう立ち位置からのアドバイスなんだよ……」
「メジャー部活の余裕ってやつ?」
「嫌な立ち位置だなそれ」
田口と軽口を叩き合ったが、田口の心配は正直よくわからなかった。何に気をつけろというのか。この時はそう思ったが、後々田口のサッカーで鍛えられた勘を侮ってはいけないと後悔することになる。
授業が終わり、宿題が出始めて憂鬱になりながらもかしけんに向かった。枝美里が先に行っててというので1人だ。
今日の部室は特におかしなところもない。が、油断できないので全力ノック。まずは小手調だ。
「は〜い〜?」
なんだか気の抜けた返事が返ってくる。かしけんでは聞き覚えのない声だ。だが、どこかで聞いた覚えがあるような気もする。不思議な感覚に陥りながらゆっくり扉を開ける。
「失礼します」
「ひっ! ここはかしけんですけど!?」
悲鳴を上げ拒絶してくる女生徒。見覚えはない。先に部室に入っているならば上級生かもしれない。しかし、悲鳴はショックだなぁ……。
「あやちゃん、彼はかしけんの新入生よ」
「え、マジ?」
「あ、はい。マジです……」
ショックで気付くのが遅れたが、露世先輩も来ていて説明してくれた。まだ疑われてる気もするが、誤解は解けたようだ。
「まぁ今の時代、男がお菓子ってところは何も思わないけどある意味で女の園に足を踏み入れる蛮行……勇気がすごいわね」
「響くんはたぶんそんな酷い人じゃないわよ。ほら自己紹介して」
「響拓斗です。よろしくお願いします」
初対面でズバッと言った挙句、自己紹介にはサラッと入らなかったので先手を打つ。露世先輩は響 くんに言ったんじゃないのよごめんねみたいな申し訳なさそうな表情で見つめてくる。美人の憂を帯びたその仕草、ドキッとした。
「水守綾です。『綾』と書いて『りょう』と読みます。よろしく」
先ほど『あや』と呼ばれていたのはニックネームだろうか。なんとややこしい。
「響くん?だっけ。響くんはゲームとかやるの?」
「ゲームですか?あんまりやらないですね」
「そっかー。今ロゼさんとBISの話してたからさ」
「あぁ、それならやらされ……やったことあります」
バトルアイランドサバイバル、通称BIS。巷で流行りのサバイバルシューティングゲームだ。枝美里に頭数のためやらされたことがある。難しいが面白いゲームだった。1人でやるのは勇気がいるタイプのゲームでもある。
「おぉ! いいね!うちめっちゃ好きなんよ!」
「響くんもやっていたなんて。今度一緒にやってみませんか?」
ふたりの好意的な反応、先ほどまでの距離感とのギャップや美人からのお誘いに思わず照れてしまう。そんなぼくを他所に、綾先輩の話は止まらない。
「FPSバトロワにサバイバル要素を掛け合わせたことで軍団対軍団の濃密な体験をお届け可能にした意欲作!オンリーワン(1位)になった時の気持ちよさは癖になる!」
「あやちゃんはとても上手いのよ」
「いやいや、ロゼさんの指揮あってこそですよぉ!」
「おふたりともそんなにお強いんですか?」
「すごいよ!」
綾先輩は力強く答え、露世先輩は大きく頷いた。
「じゃあ早速今夜……と言いたいところだけどまぁできそうな時に声かけるよ」
「なら連絡先でも交換しましょうか」
「お、いいね」
かしけんに来てはじめての連絡先交換。先輩方はあまりケータイに興味がなさそうで機会がなかったのだ。新入生のイベントらしいイベントの到来に胸が弾む。
「これでよし……と。フフッ。これからもよろしくね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる露世先輩。こちらはノックアウト寸前だ。前にお会いした時は珠洲巴先輩の印象が強かったが、こんなに優しい先輩なんだと感動した。そんな時にノックの音が聞こえる。どうぞ、と露世先輩が答える。
「失礼します……あっ、拓斗。新入生連れてきたわよ」
ノックしたのは枝美里で、後から鏡華さん微風さんと続く。ここまでは金曜日と同じメンツだ。そこから派手な金髪の子と黒髪をすごく編み込んだポニーテールの子が連れ立って入ってきた。
すごくオシャレを意識したふたりの登場に面を食らう。綾先輩の顔には緊張が走り、露世先輩も意外そうな顔をしている。
「いらっしゃい。それじゃあお茶を淹れる準備をしましょうか」
露世先輩はスッと立ち上がりお湯を沸かしに行く。そして、静かな時が続く。
「なんかめっちゃ広いッスねここ」
沈黙を破ったのは金髪の子。毛先をいじりながら呟いた。
「スペースがあっていいよね」
そう言いながら枝美里はちゃっかり席に座る。3回目にして慣れ親しんだ我が家のようだ。
「アタシら学校で暇潰せる場所探しててちょうど良いッスわ」
「ここはお菓子食べてまったりする部活なんですってね、最高ね」
今日来たばかりの2人も席に座りくつろぎ始める。間違いなく猛者だ。
「あ、これ。お菓子……」
「おっ!サンキュー。気が利くじゃん」
お菓子を差し出したのは綾先輩だ。先輩相手にも関わらず、金髪の子は友だち感覚で応対する。自己紹介がまだなので先輩だとわからなくても仕方がなくもあるが、それにしても……そう思ってしまう態度だ。
「2人はお菓子作りに興味があるんじゃなかったっけ」
枝美里がお菓子をつまみながら話しかける。ちゃっかりお菓子を食べてる。礼くらい言いなさいと思う。
「なんかできたら良い話題になるんじゃねーカナ? って」
「女子力? みたいなのが上がりそうじゃないですか。あと面白そう」
どうやら2人は真剣にお菓子作りがしたいというよりは、本当に暇を潰す場所を探しているようだ。
「ここならメイク道具とか置いてけるしラッキーだワ」
「めっちゃくつろげて幸せ」
2人がくつろいでいるとノックの後に部長らが入ってくる。真理先輩とアリーシャ先輩、友希江さんだ。
「おう! また新入生来てんのか。こりゃスズの作戦なくても盛り上がりそうだな」
「わっ、ちっちゃい子かわい〜!」
「誰がチビじゃコラ!」
「失礼だわ! こう見えてもさーちゃんは部長なのよ!」
「こう見えても、は余計なんだが」
金髪の子は部長に対しても思ったことをそのまま言う豪胆さを発揮したが、部長と聞いてあれ? やっちゃった? みたいな顔になり黒髪の子を見つめる。しーらねとでも言いたげな表情で黒髪の子は応える。
「それじゃ、お茶でも飲みながら自己紹介しましょうか」
「翠先輩がお湯沸かしてくれてて……手伝います!」
「はい、手伝います」
「たーくん、ゆーちゃんありがとう、みんなコーヒー飲めるかしら?」
「アタシ、キャラメル○×(呪文)」
「セリは飲めまーす」
「わたしも飲めます」
「私は苦いのは……」
「わたしも苦手です〜……」
真理先輩の問いかけに三者三様の答えを返す。キャラメルなんちゃらは無理だろ! と誰も突っ込まず、彼女には苦いの苦手組同様にココアが振る舞われた。えー何こ……ウッマとご満悦だった。
一息ついてから部長、真理先輩、アリーシャ先輩の順で自己紹介していく。アリーシャ先輩が立ち上がると、なぜか金髪の子が身構える。そこからアリーシャ先輩がワタシ……と話始めたところで日本語だ! とさらに驚いていた。面白い反応するなぁと思った。それはぼくだけじゃないのがみんなの表情からわかる。
続いて、露世先輩が挨拶を終えたところで、黒髪の子が手を挙げ質問し始める。
「先輩ってもしかしなくてもRoseさんですか? 雑誌モデルの」
「ええ、モデルの仕事をしているわ」
「え、待って。めっちゃファンです……メイクとかマジ可愛くて」
「あら、ありがと。あなた可愛いからメイクしたくなっちゃうわ」
「!! 光栄です!」
めっちゃ盛り上がる2人。新入生でピンと来てないのはぼくだけだ。あまり雑誌に興味なさそうな枝美里でも驚くくらい有名らしい。
「ちょっと拓斗! なんでRoseさんがいるって教えてくれなかったのよ!!」
「いや、なんか見たことあるなぁとは思ったけどそこまで詳しくないし……」
「モデルというのは所作まで流麗なのですね、感服しました」
「セリち〜いいナァ」
「よし、次はうちの番!」
思い思いの驚きを表現する中、綾先輩が自己紹介を始める。
「うちは水守綾。『綾』と書いて『りょう』と読みます、ゲーム好きです、よろしく!」
主に枝美里たちの方を向いた自己紹介。早速、ゲームの言葉に反応した枝美里が質問する。
「何のゲームが好きなんですか?」
「いろんなゲームが好きでやっていますが、今はBISです」
「おお、BIS……いいですね。ちなみに家康の天下餅(戦略シミュレーション)はやったことありますか?」
「難しそうでスルーしてました……面白いですか?」
「それはもちろん!」
枝美里の力強い返答に合わせてアリーシャ先輩は赤べこ並に激しく首を縦に振る。
「じゃあ今度やってみるかな」
「BISも一緒にやりましょうよ!」
「では次は……たーくんから新入生に自己紹介してもらいましょうか」
ゲーム談義を遮って真理先輩は進行する。指名されたぼくから始まり、すでに仮入部経験のある新入生の自己紹介が一通り終わった。残るはストレートな物言いで金髪の子と露世先輩のファンの黒髪の子だ。
「うぃ〜。桐ヶ谷 恋ッス。海神あやや命ッス。よろしゃ〜ッス」
海神あやや?綾先輩がその名前を聞いてビクッとしていたが、一体何者なのだろうか。多分苗字と名前っぽいから人だとは思うが……。
「あやや面白いよね〜」
「おっ、わかってんじゃん枝美里ちゃん! えみちーって呼んでいい?」
「観たことありますよ、ゲームがお上手で」
「ええ、参考になります」
なんでも知ってる枝美里ちゃんは速攻で反応し、すぐに仲良くなっていく。恐ろしいやつだよ、と思ったが友希江さんや鏡華さんも知っていたようで。ひょっとしてぼくの世界が狭いだけ……?
「おい、そのなんちゃらあややってのは夕飯なのか?」
良かった! 知らないのはぼくだけじゃない!! 部長が質問してくれて助かった。
「エッ、部長知らないンスカ? 今世紀最かわの最強美少女Vチューバーッスヨ?」
「Vチューバー?」
「電脳アイドルみたいなやつでぇ、動画サイトでゲームやってる様子を配信したりする人です」
黒髪の子の補足でもなんとなくピンと来ない部長。ぼくはVチューバーくらいなら知っている(枝美里から聞いたことがあるため)。すかさず真理先輩がスマホを取り出し実物を見せる。
「こうゆうのが好きなのか」
「めっちゃ好きッス」
「いやでも最強は言いすぎなんじゃないかなって……」
「ハァ?」
ボソッとつぶやいた綾先輩を恋さんは威圧する。なんでもない……と綾先輩は萎縮してしまった。にもかかわらず恋さんは追撃を始める。
「先輩も『あや』って名前なのになんでそんなことゆうんスカ?」
「え、いや、ホラ、親近感みたいな……」
「まぁあややは誰からも愛されるべくして愛される最カワVチューバーだから仕方ないとはいえ、おこがましいワァ……」
「だから言いす……マァソウデスネ」
恋さんの愛は深かった。そんなに海神あややは良いものなのかぁ。ちょっと見てみるか。
「あっ、やっとセリの番?星上施璃威。この子がおもろいから一緒に来ました」
スマホの裏にはヤンキーの当て字みたいな『施璃威』というステッカーが貼ってあり、それをご隠居の印籠のごとくかざしながら自己紹介をし終えた後で、チラッと恋さんの方を見る。恋さんはおもしろいだなんてそんな……てへっ、みたいな感じで照れてる。あからさまに照れている。
「でもRoseさんいたんで入部します。お金払ってもいいです」
実は絶大な影響力を持っていた露世先輩。何にも知らないぼくでも第一印象がモデルみたいと思うほどなのはよほどのことなのだろう。
「アタシも入部しまッス!」
「よし、これでまた部員が増えたな!」
部長は喜んでいるが、癖の強い人が増えたなぁと嬉しいような心配なような。
「ふわぁわ。おはようございます」
「おはようみーちゃん。そろそろ帰りましょうか」
「「えっ! いつの間に!?」」
恋さんと同時に叫んでしまった。びっくりした。まさか真理先輩の机の下から出てくるなんて。しかも口元にはお菓子のかけら。餌付け済み……。
この後、恋さんが帰り支度しながら美衣子先輩にぐいぐい近づき、あわわわわわと美衣子先輩がパニクっていた。そんな様子を見ると、恋さんは悪い人ではないのかもしれないと思えてきた。
なんだかんだこれからが楽しみになってきた帰り道。
「ところで、響ってなんでいんの?」
と突然恋さんに質問された。
「なんでってお菓子を作りたいからって……」
ちゃんと自己紹介の時にも言ったはずだ。まぁ男がいる違和感はわかる……真の意味ではわからないけどまぁ理解はできるつもり。なので少し申し訳なさを——。
「いや、調理部があるジャン。アタシはあの真面目加減がムリだったけど」
「でもお菓子以外を作りたいわけじゃ……」
そういえばあったな調理部。お菓子の3文字でかしけんしか見えてなかった。恋さんは素朴な疑問をぶつけただけのようだ。やっぱりストレートなだけで悪い人ではないんだ。そう思ったのも束の間。
「アタシはてっきり女の子に囲まれたいだけかと思ったワ、ハハ!」
「え〜、響くんてぇ、そんなムッツリなの?」
なんだか小馬鹿にしてきた恋さんと乗っかってきた施璃威さん。恋さんはまぁ悪気はないのだろうが、施璃威さんは悪意あるだろ!
「賑やかになってきたなぁ」
「ほんと、これからが楽しみね」
部長と真理先輩がニヤニヤしながらこちらを見ている。くっ、くやしい。これから先かしけんは、というかぼくがどうなってしまうのか。とてもハラハラする。ただ、このハラハラはむしろ心地が良いのだった。
そういえば、珠洲巴先輩はどうしているんだろう。何かアイデアがあったようだけど……。そんな疑問が寝る直前の頭で流れ去った。それは、翌日の出来事を暗示していたのだが、この時は知らず、夢の中へ−−。
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