第4話 楽しいは『楽』じゃない

「あ、枝美里!ちょっと……」


 学校に向かおうと家を出ると、ちょうど枝美里も家を出るところだった。ぼくは昨日かしけんであったできごとを伝えようと声を掛けた。といっても新入生が増えたくらいしか話せる内容はないけど。噂流しの釘を刺しておきたいというのが主な目的だ。


「昨日は新入生が来たよ、お前から話を聞いたってさ」

「おお!成果が出た!!」

「……まぁ勧誘自体は助かるけど、考えなしに広めていくのはどうかと思うぞ」

「わかってる、昨日頑張ったからしばらく置いとくって」


 本当にわかっているのだろうか。まぁここで問い詰めてもしょうがない。


「枝美里は昨日どうだった?何部に行ったんだ?」

「なんか習字とかするとこ、私には合わなかったよ」

「聞くだけで厳格な感じがするもんな」

「私はもっと自由でいたいのよ」


 今でも割と自由だろと思ったが言わない。触らぬ神に祟りなし。


「これ以上自由になるとか周りはみんな勘弁してほしいと思うぜ」

「そんなことないわよ、ねぇ拓斗?」

「あ、うん……。おはよう田口」


 余計な一言はいつの間にやら後ろにいた田口のものだった。気を悪くしたのか枝美里はフラッと女子の方に駆けていく。やはり今でも十分自由だ。


「この時間に登校なんて珍しいね」

「まだ朝練始まってないから今だけさ。響の方はかしけんどうなんだ?」


 こいついくらなんでもかしけんについて心配しすぎじゃないか?思わず怪訝な顔をしてしまう。心配してくれているのに失礼かもしれないが、考えようによってはかしけんにも失礼なのでお互い様(?)だろう。そう自分を正当化する。


「あー、いや、その……噂でしか知らないから実情が気になって」

「今は枝美里が言ってたのと変わりないよ」

「じゃあ蒼井って先輩について知らないか?」

「蒼井先輩……?まだ会ってないかも。でもなんで?」

「ん、知らないならいいんだ!」


 そう言い残してそそくさと去って行く。いったい彼の心境に何の変化があったのだろうかと心配になる。しかし、蒼井先輩とはいったい……?

 

 



 喉に刺さった魚の小骨のように知らない先輩の名前がひっかかりながら過ごし、迎えた放課後。部室に向かう支度を整えていると、今日も枝美里が話しかけてくる。


「ごめん拓斗、今日も友達に付き合うから……。明日は行くって伝えといて!友達も連れてく!」

「ん、わかった」


 枝美里は友達を作るのが早いなぁ。そう思いつつ部室に向かう。部活動を通じて友達ができれば嬉しいけど、男友達は部活以外じゃないと厳しいよな……。

 


 部室に辿りつき、さっそくノックをする。返事を待つ間、だんだんと慣れてきたなとぼんやり考える。最初の頃の半分程度くらいしか緊張しない。さぁ、今日は扉を開けるとどんな感じなのかな。覚悟を決めたにもかかわらず、しばらくしても返事がない。これまで返事がないこと自体はなかった。誰も来ていないのかと思う一方で、何かを企んでいるのでは?と思わなくもない。とにかく開けてみるしかない!と扉に手を掛けるが、かしけんは女子がメインの部活。開けるにしても最低限のマナーとして声をかけるべきということを思い出し、一声かける。


「誰もいませんか?開けますよ~」


 変わらず返事はない。ならば自分が一番乗りなのであろう。そう思った拓斗は今度こそ扉を開ける。誰もいない部室は初めてだな・・・・・・などとのんびり考えていたら、そこには人がいた。しかも、今まさに着替え途中の女子。


「きゃあああ!」


 と叫び声が上がる。上げたのはぼく。恥ずかしいね。対する女子は黙々と着替えを進めている。こちらを気にする素振りが全くない。パニックになって固まってしまったが、どう考えても扉を閉めるべき。


「し、失礼しまし――」

「何事ですか!?」


 これまた恥ずかしい事に若干上ずった声を出しながら扉を閉めようとすると、いきなり手が伸びてきて妨げられてしまう。その手の主は友希江さんだった。走ってきたのであろう、息を切らしながら中を覗く。そこには着替えを終えようとしている女子。なんとなく事態を把握したであろう友希江はほっと胸をなでおろし、すっと部室に入っていく。こちらもぼくには無反応。つらすぎる。

 

 部室にいた女子はそのまま何事もなかったかのように畳で寝転がって就寝。友希江さんにはとりあえず事情を説明した。出会って2日で好感度が地の底まで落ちたが、何とか持ち直すことができた。現状では2人しかいない1年生、今後も仲良くできることを切に願う。


 畳で気持ちよさそうに寝ている謎の女子について、ぼくも友希江さんも知らない人なのでなんだか気まずかった。おそらく先輩……もしかするとこの人が蒼井先輩?まぁ少なくともかしけんの関係者ではあるだろう。関係者だよね?という1年生ズの不安をよそに穏やかな寝顔を見せる女子が憎らしくもあり羨ましくもありそして――可愛らしいという気持ちも若干ありで実にモヤモヤするのであった。


 体感では何時間も経ったような数分後、部長らが来てくれた。部室に漂う重苦しい空気に違和感を覚えた部長の顔から色々察した友希江さん事の顛末を説明してくれた。


「ハッハッハ!いや、お前が悲鳴上げるんかい!!」

「そこまで笑わなくても……」

「みーちゃんはこうなっちゃうと周りの事見えなくなっちゃうのよ」

「みーちゃん……?」

「ええ、黒岩美衣子。2年生よ」


 こうなっちゃうがどうなった状態なのかはよくわからないが、とりあえず先輩で良かった……。ほんと不審者でなくてよかった。ただ、蒼井先輩ではなかったのでますます蒼井先輩が気になってしまう。


「で、タク。どうだった?」


 満面の笑みでそう聞いてくる部長。なんとも憎らしい。みんなも呆れ顔である。


「さーちゃん、さすがにその質問はどうかと思うわ……」

「右に同じく」

「これからのためにも後輩に恥ずかしくない先輩でいてほしい」

「紗百合先輩、大人になりましょう」


 想像以上の集中砲火であるが、まぁ自業自得だろう。


「ちょ、ちょっとからかってみたかっただけじゃんか!……ごめんなさい」


 ちょっぴりうつむく部長をよそにこれからそういうことにも気を付けないとね~という話で盛り上がる4人。唯一の男子ゆえ、気を付けなければいけないことは多そうだ。申し訳なさと居心地の悪さからスッと立ち上がりお茶の準備を進める。今日も新入生が来るかな?それとも他の先輩も来たり?なんにせよ、にぎわってくれた方が先輩方も楽しそうなので新たな出会いに期待して多めに用意していると、勢いよく扉が開けられる。


「うぃ~~っす!」

「こんにちは~」


 軽い挨拶と共に見覚えのない女子2人が入ってきた。この感じはおそらく先輩だろう、新入生がノックもなしにこんな軽い挨拶で入ってくるとは思えない。


「おう、久しぶりだな!」


 部長の反応を見て先輩であることを確信する。すると、初めてかしけんに来たとき聞いたあと5人くらいの先輩が揃ったことになる。これが今のかしけんのフルメンバー、一癖も二癖もありそうだ。


「やっほ~君が響くん?かわいい顔してるじゃ~ん。私珠々巴、蒼井珠々巴。で、こっちが……」

「翠露世です、よろしくね」

「響拓斗です、よろしくお願いします」


 改めてみると二人ともめちゃくちゃ美人である。珠々巴先輩は細身の体形ながらも何かスポーツをしているのか頼りない印象はない。露世先輩はすごくセクシーで手足もスラっと長いモデル体型だ。

 朝から気になっていた名前が出たので珠々巴先輩を見つめるが、2人の美貌に圧倒されて言葉が出てこない。


「え~と……どこかであったことある?」

「あ、いや、そうではなくて……」


 自分をただ見つめる視線。珠々巴先輩はさぞ居心地が悪かっただろう。気まずそうに質問される。本当に申し訳ない。


「実は今朝、サッカー部の友達から蒼井先輩の名前を聞いて――」

「サッカー?なんでだろう……?」


 てっきりサッカーをやっているのだと思ったが違うようだ。どうして田口は先輩の名前を知っていたのだろう?


「すずちゃんサッカー部にスカウトされてたじゃない」

「あ~それでか!断ったんだけどなぁ」

「ずっと早く帰っていたからフリーだと思われてるんじゃないかしら」

「そっか~。じゃあ響くんさ、蒼井はかしけん一本ですって伝えといて!」

「わかりました」


 露世先輩のおかげで原因はわかった。まさか引き抜きだったとは。


「嬉しい事言ってくれるじゃんかスズ!」

「またよろしくね、部長。それでこれからのことなんだけど」

「ふわぁ~あ。よく寝た……おはよう」

「あら、おはようみーちゃん。メガネかけた方がいいわよ」


 部長らが話し合いを始めた傍らで美衣子先輩が目を覚ました。あんなことをしてしまったのだから無反応だったとはいえ謝っておかなければと近づいていくが、様子がおかしい。いや、変なことをしてるとかではなく、何か違和感……あっ、メガネかな。付けるだけで雰囲気まで違って見え――。


「は、初めまして黒岩美衣子です!よよよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」


 ん?こんな感じの人だった?もっとまったりな人だと思っていた。深く考えようとして第一印象を思い出しそうになったので考えるのをやめた。あれは事故、事故だったんだ。でも、謝罪の気持ちはしっかり伝える。


「先ほどは大変失礼しました……」

「先ほど……?あぁ、こちらこそ……」


 顔を真っ赤にしてうつむく美衣子先輩。掘り返したのはまずかったか――。そう後悔していると神崎先輩がくすくす笑っている。穴があったら入りたい。


「ふふ、みーちゃんはね、疲れがたまるとネコになっちゃうのよ」

「え?」

「普段は真面目に頑張ってるけど限界が来ると勝手気ままなネコちゃんみたいになっちゃうのよ」

「そんなわけ……だったら納得できることもありますね」

「ほんとごめんなさい……」

「あ、いえこちらこそ……」


 消え入りそうな声で謝る美衣子先輩。どうりで動じないわけだ。いや、どうりでというほど納得できる理由ではないが現にそうなのだから受け入れるしかないだろう。目の前で羞恥に悶える先輩を見ていれば演技とかではないのがわかる。きっと色々難儀しているに違いない。


「はい、これみーちゃんの分」

「おー、いただきまぁす……うまぁ」


 先ほどの姿とはまた打って変わって幸せそうにお菓子をほおばる美衣子先輩。ケロっとした姿に驚きを隠せないが、窺い知れぬ苦労がありそうだ。


「さて、改めまして。副部長の蒼井です。これからのことについてお話があります」


 パンパンと手を鳴らし、注目を集めながら珠々巴先輩が全員に語りかける。部長との話し合いがまとまったようだ。あ、珠々巴先輩が副部長だったんだとぼんやりしているところにガツンと大きな声で宣言される。


「まず、今まで顔出さなくてごめんね!その分はこれから取り返す!」


 おお!と歓声が上がる……ような雰囲気になるがぼくや友希江さんの新入生組にはいまいち響かないのでどよ……とした感じになる。


「そのための秘策を実行すれば、盛り上がること間違いなし!楽しい高校生活をかしけんで!!」


 この力強い言葉には、ぼくたち新入生組も期待してしまう。今度こそおお!と歓声が上がる。


「それで、秘策というのはなんなのすーちゃん?」

「ないしょ~響くんのおかげでひらめいた名案とだけ」


 急に名前が出てびっくりするが覚えがない。


「来週には成果を出します!」


 珠々巴副部長は自信満々。部長もしたり顔なので、これ以上の言及はなかった。話を聞いていたであろう静穂先輩も止めないので変なことではなさそう。


「なので明日はまったりと新入生を待つことになります」

「あ、枝美――武田さんが明日は来るそうです。友達も連れて」

「お!いいね、賑やかになりそうだ」

「おかわり」


 部長が楽しみそうにしている中、美衣子先輩がマイペースにおかわりを所望する。さっと動こうとする静穂先輩。よりも先に動いた友希江さんがおかわりを淹れた。





 かしけんの今後について秘策があるということでいつにも増してわくわくな気分で下校する。やはり具体的な希望があるのは大きな違いだ。策のあることしか具体性がないけど今までよりはっきりしてることに違いないのだ。違いがあるんだかないんだかこんがらがってるところで真理先輩が楽しみそうにつぶやく。


「明日はさらに大人数になりそうね」

「まだ2年生も全員揃ってないし、声かけないとな」

「あれ?まだ先輩がいるんですか?前に5人くらいって……」

「ん、あれはその……」

「あれ部長、まだ伝えてないの?」

「だって伝えにくいし……」


 いつも胸を張って堂々としている部長がいつになく弱気だ。それに何か隠し事があるらしい。


「じゃあ副部長の私が言います!実は文化祭の時に――」

「や、ちょ、待って!あとで絶対言うから!!まだ心の準備が、ほら!」


 珍しく狼狽する部長。友希江さんは気にしないでくださいと声を掛ける。ぼくも何があったかは気になるが、ここまで嫌がることをわざわざ聞く必要はないと思う。機会ができたら話してくれるだろうとこの3日間で信頼できるくらいには楽しく過ごさせてもらってるし。

 ぼくからも大丈夫ですよ、と声をかけると部長が涙ぐみながらぼくと友希江さんを抱きかかえてくる。部長は3人の中で特に背が低いので半ば引き寄せられる形で苦しいっちゃ苦しいが温かさも伝わってくる。


「ありがとう、タク、ユキ!」


 ぼくの高校生活は始まったばかりだ、ゆっくりでいい。


「しかし、武田殿は納得しないでござろうな……」

「「あっ……」」


 感動的な雰囲気に呑まれることなくアリーシャ先輩がつぶやく言葉に部長と神崎先輩、ぼくの声が出てしまう。ゆっくりと過ごしていくには前途多難である。



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