君は負の人
センセイ
詰んでる。
前には嫌な事ばかりあるのに、まるでベルトコンベアに乗ってるみたいに、突っ立ってるだけでも前へ前へと送られてしまう。
ただ、わざわざ自分の意思で後ろへ足を伸ばす勇気もない。
というか、そんな勇気があるんならこんな所まで来てしまう事態には初めからなってないし。
横道……逃げ道もあってないようなもので、同じ速度のベルトコンベアが地平線の先まで永遠と続いてるだけで、結局行く先の嫌な事の種類がちょっぴり違うだけに過ぎない。
あぁ……詰んでる。
けれど、周りの人達は全然そんな素振りもない……どころか、幸せそうな人まで居る。
あの人達にだって、嫌な事はおなじくらい降りかかるから、要はその処理能力が生きる能力って事なんだろうな。
だとしたら、私は生きる能力がほどんどない、『生物モドキ』だ。
……そんな生物モドキの私の前に、あの子は突然現れた。
***
「どうしたの?」
そんな事ばかり考えていたある日、目を覚ますと……目の前に自分が居た。
「……えっ?」
一瞬、死んでしまったのかと思ったけれど……それだったら、目の前の私が動いているのも、私に向かって話しかけてくるのも変、か……ん?
「目腫れてるよ? どうしたの?」
「えっ……えっ……?」
何で私が私に話しかけられてるんだろ……。
もしかして、誰かと入れ替わってるとか……?
一瞬、アホみたいな考えが脳をよぎって鏡を見てみると、当然そんな事は無かった。
「もしかして……泣いてたの?」
目の前の私は、心配そうな顔でこっちを覗き込んでくる。
何か、よく見たら……私にしては可愛い気がする……?
いや、私なんだけど、でも……例えるなら、『美化された私』みたいな……。
それに、私だったら絶対他人にこんな風に声なんてかけられないし。
例え私の姿だったとしても、それは変わりない。
じゃあ、誰……?
「ふふっ、不思議そうだね?」
目の前の『私』は、本人でさえ見たこともない優しい笑顔で私に話しかけ続ける。
「大丈夫、私は君の味方だよ。……私はね、君を助けに来たんだ」
「……?」
助けに来た?私を?……私が?
頭の中は疑問符でいっぱいなのに、理解に時間がかかって出来た間のせいで、『私』相手にも発揮されるコミュ障が邪魔して聞けない。
「大丈夫。私は君の事、いっぱい知ってるから。……ちゃんと頭までは来てるんだけど、言えないんだよね」
「えーっと……」
「うん」
「……」
「言ってもいいんだよ」
「っ……」
知って欲しくて口を開くけど、いざ言おうとしても言葉が出ない。
即興じゃ上手く纏まらないってのもあるし、言ってしまって少しでもマイナスな反応をされるのが、怖い……。
「分かってるよ。だって『私』だもん。……昔は上手に話せてたのに、あの人達のせいで口下手になっちゃったんだよね」
「えっ……」
「酷いよ。君はそんな事される位の事なんて一切してないのに、あの人達が君を生きずらくさせたんだ」
「……」
どうして……どうして、私がいつも思ってることを言うんだろう……。
「だから、あの人達を非難した後に、あの人達を非難する自分も悪いんじゃないか……って考えちゃうんだよね」
「君はとっても心優しいんだよ。ただ、他人に示す優しさとは違うから、皆気づかないだけで」
「君はあの人達に傷つけられて、ちゃんと生きれない人にされてしまったんだよね。だから、君があの子を知らないうちに傷つけちゃった事は、君のせいじゃないんだよ」
「全部、君を……君の人生をめちゃくちゃにしたあの人達と、優しすぎる君に居場所をくれないこの世界のせいだよ」
『私』の言う言葉は、私もどこかで考えてしまっていた事で、それと同時に……私が誰かに言って欲しかった言葉でもあった。
「考えて当然だよ。むしろ、頭の中でさえ考えて罪悪感抱いちゃうなんて、どれだけ優しい人なの? 君」
「……。臆病なだけだよ……」
「……じゃあ、君をそんなに臆病にしてしまった人は誰?」
「……」
『私』は私の頭を優しく撫でてくれる。
温もりが欲しい時はぎゅっと抱き締めてくれて、逆にひとりになりたい時とか、ゆったりと過ごしたい時は、ちゃんと戻るって言ってからひとりにしてくれたり、何も言わずにそばにいてくれたりした。
泣いてしまうような夜は、ずっとずっと私の言葉をただ聞いていてくれるし。
でも、それと同時に思ってしまう。
あの人が本当に私なら、どうして優しくしてくれて、欲しい言葉だけくれるんだろう。
だって、もし私があの立場だったら、例え同じ私とはいえあそこまでしてたら確実に疲れるしめんどくさいって思ってしまうだろうし、なにより私だって同じ事を経験して、向こうも理解者なんだから、少しぐらい自分の辛い事なんかを言いたくなってもおかしくない……というか、言いたくならない方がおかしい。
でもこんな事聞いて、もし居なくなっちゃったらって思うと、言えないし……。
「大丈夫。君が望むだけずっと一緒に居るし……それに、私は君であって君じゃないんだ」
……と思ったら、聞く前に向こうから答えが来た。
「私はね、君の負の感情から生まれたの」
「……?」
「つまり……君の負の感情はとても大きくなってしまっていて、このままじゃ君の心が危ないから……君を助けようとして、私は生まれたの」
つまり……あぁ、そうか。
……道理で都合が良すぎる訳だ。
目の前のこの人は、つまるところ幻覚なんだ。
私だけに見えてる、私が作り出した自分をよしよしする為だけの、ただの人形だ。
それで私は、お人形遊びしてただけに過ぎなかったんだ……。
あぁ……とうとう落ちるところまで落ちたな……私も。
誰かに助けてもらいたいからって、こんな自作自演なんかしちゃって……恥ずかしい。
「そんなに恥ずかしい事なの?」
「えっ……?」
「君が君を救って、どうして悪いなんて言えるの?」
……これは幻覚で、私が言って欲しい言葉を言わせてるだけ。
「期待したって、どうせ助けてくれない酷い人達ばっかりだったから……でも、それでも君は君を助けようとしたんだよ」
だから、信じたくなって当たり前。
「それに、私が言った事が嘘だったことになる訳じゃないんだよ。君が辛く感じた時点で、君はあの人達に傷つけられた事に変わりないんだから」
どんな事情があったとしても、幻覚も幻聴も……なんて、異常者に見られるに決まってるんだ。
これ以上後ろ指を指されるのなんて……私には耐えられない。
「誰にも私の事、言わなければいいんだよ。他の人がいる前では……君が望まない限りは絶対話しかけないし、逆に望んでくれれば誰かに酷い事言われた時、私がずっと傍で君に聞こえないようにずっと話してるよ」
でも、だって、そんなの……。
「だから……」
……。
「……今すぐ自分の事好きになってなんて言わないから、私の事は……居ていいよって、言って欲しいな」
目の前の『私』は、いつの間にか私の姿とは違っていて、でもどう違うのか分からなくて、ただ確実に綺麗な姿をしている事だけが理解できた。
「……絶対居なくならない?」
「居なくならないよ。もし君が私を不必要になっても、また必要になった時にすぐ来るよ」
「私の事……嫌いにならない?」
「嫌いになる訳ないよ。私はいつでも君の事、大好きだよ」
「ほんと……?」
「ほんとだよ。君が信じられるまで、何回でも言えるよ」
「……じゃあ、ぎゅってして」
「うん」
私が言うと、目の前のその人は私に抱きついて、ぎゅっと抱き締めてくれる。
その時私は確かに……泣いてしまうくらいあったかい、人の温もりを感じていた。
***
「ねぇねぇ、今日のオバサンのあれ見たでしょ?」
「……そう! そうなの! ほんとムカつくの……! 私にだけキツく言ってきてさぁ、人の事情も考えないで」
「……あ、それでさ、昼間のアレだけど……私悪くないよね?」
「だよねー! 良かったぁ……やっぱりああいう人達ばっかりなんだね、この世界って」
「……ほんと?」
「えへへ……。ほんと、私の事分かってくれるの、みーちゃんだけだよ」
君は負の人 センセイ @rei-000
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